考察系

 

 ──あーあー……。音入ってる? あ、大丈夫そうだな。そんじゃまあ、まずは一服ね……はあ。
 ──あー、配信中に吸うなって? うるっせえな、いいだろ別に。副流煙が画面の向こうに行くわけないんだし。本当に喫煙者には肩身の狭い世の中になったもんだよ。やだやだ……。
 ──何? 眠そうだって? そういや最近、あんまり眠れてないな。まあ、職業病みたいなもんだよ。
 こんなこと生業にしているとさ、動画のネタ以外にも色々な事を深く考えてしまうようになるわけだよ。だからこうして、定期的に息抜きの時間を作ってるってわけ。本業とは関係ない雑談する生配信の時間をさ。視聴者とコメント欄で触れ合えて一石二鳥になるだろ。ほんと、お前らのコメントにはいつも助けられているわ。感謝感謝。
 ──その割に視聴者に対する当たりキツくないかって? 当たり前だろ。こちとら頭の悪いお前らにもわかりやすいように、丁寧な動画作りに日々邁進してんだから。色々ストレスも溜まってるわけよ。
 ──ははは。またコメント欄に荒らしが湧きはじめているね。まあいいけどさ。生きてりゃ色々ある。特に、俺みたいに自分の頭で必死に考えて物作りをしている人間……すなわちクリエイターという人種には、そういうやっかみみたいな声や罵声、根も葉もない噂からの誹謗中傷が飛んでくるなんて、日常茶飯事だ。俺みたいに有名になってしまえば、特にね。
 そういうマイナスの声に引っ張られて、病んで活動停止したりする奴も珍しくないんだろうけどさ、俺にはまったく理解できないな。そんなの、適当にあしらいながら普段通りやっていけばいいんだよ。
 クリエイティブな仕事は冷静な心が必要で、淡々とした日々の積み重ねなんだよ。余計なノイズに惑わされず、日常を連続させていくことだけに気をつかえばいいんだ……。俺、今さ、めちゃくちゃ深いこと言ったね。ただの雑談配信でこんな本質を衝いた名言が出るなんて、やっぱ俺ってすごいわ。
 ──そんな大したこと言ってねえだろって? うるせえよ。
 とにかく俺はそう……。今日という日に決意したんだ。俺って男はどうにもこう、踏ん切りをつけるのが苦手というか……。何かをするって決めても、それを実行するのに、すごく時間がかかってしまうんだ。ほんと、情けねえよなあ……。
 でも、決めたんだ。今日、決行するって。どんなことがあってもやるって。その為に入念に準備をしてきたんだ。もう、後戻りできない。
 じゃあ、それを決行する前に……ああ、酒が無くなったわ。最後にもう一杯だけ飲ませてくれ。取りに行ってくるついでに用を足してくるわ。ちょっと、そのまま待っててくれな……。


 洒落た内装のオフィス。その一角に設けられた広い会議室のドアを開けると、三人の男女がそれぞれぎこちない距離をとりながら椅子に座っていた。
 おそらくは互いに初対面同士なのだろう。それぞれが手元の端末を見たりするなどして、積極的な交流をする雰囲気ではなかった。俺が入室しても、ちらりと見てきたのは髪の長い女一人だけで、あとの小柄なメガネの男と、金髪のボブカットの女は見向きもしてこなかった。
 俺は適当に空いている席に腰を下ろし、気まずい空気に身をまかせる。その内、バタバタという足音が近づいてくるのと同時に、勢いよく会議室のドアが開かれた。
「いやー、お待たせしてしまって申し訳ない!」
 よく通る声で、颯爽と入室してきたその男は、カツカツと靴を鳴らしながら、部屋の一番奥の壁に掛けられたスクリーンの前まで進んでいった。
「どうも、本日はお呼び立てしてしまい、誠に恐縮です。ゴーワン社長ことわんたけです」
 浅黒い顔に白く整った歯が浮かび上がった。
 仕立ての良いスーツに身を包んだその男は、身長190センチ。分厚い胸板とやたらと長い手脚に、日本人離れした彫りの深い濃い顔──。全身から溢れ出る自信と勝ち組のオーラに、俺を含めこの場にいたもののほとんどは圧倒されているようだった。
 湾田は40代半ばにして、複数のIT関連企業を経営している、現代の成功者の一人だ。恵まれない幼少期を過ごしたのち、苦学の末裸一貫で起業。自らを「成り上がり」と称して、数々の成功を収めてきた。
 本業以外にも、自ら顔を出すタイプの配信者としての活動を行っている。強く生きることをテーマに掲げ、男らしく生きることの素晴らしさを説きながら、人生論やビジネス論をわかりやすく熱い口調で語る配信は、主に男性からの支持が多い。現在の登録者は500万人を超える、人気配信者だ。
「早速ですが、本題に入らせてもらいましょう。今日みなさんにお集まりいただいたのは、他でもありません。みなさんに考察して欲しいのです。とある考察系配信者の、不審な死について──」


 会議室にいた者たちの間に、戸惑いのような空気が流れる。静まりかえった中、はじめに声を上げたのは銀縁の丸メガネを掛けた男だった。
「それって、もしかしてあれか? 半年前に死んだ『テラー寺沢てらさわ』のことか?」
「ええ、ご明察です。あなたはたしか……」
「俺か? 俺は『未解決・超常現象専門のダークQ』だ」
 銀縁メガネの男は、やたらと甲高い声でそう答えた。小柄で前歯の出たその相貌は、栄養失調気味のネズミを想起させる。
「いつも動画、拝見しております。意外な視点から切り込む鋭い考察には、いやはやいつも脱帽していますよ」
 ゴーワン社長は、低く深い声で言う。見た目と声から、まるで海外の俳優に声優がアテレコしているような錯覚を覚えそうになる。
「そりゃ、どうも」
 歯が浮くような白々さを感じ取ったのか、ダークQはふん、と鼻で笑った。
「今日ここにお集まりいただいたのは、みなさんいわゆる『考察系』の方ばかりです。私はみなさんに、彼──テラー寺沢氏の死の真相について考察を披露してほしいのです」
 考察系──。いわゆる過去に起きた未解決事件や、不可解な超常現象、それらを自分なりに考察し動画にする配信者のことを指す。メジャーとは言えないが、一定の需要はあるようで、それなりに人気のある考察系配信者も多い。
「なんでまた、アンタがそんなことを? 寺沢とアンタ、何か関係あるのか?」
 ダークQが訝しげに訊ねた。
「いえ、そうではなく……。ただ、私が気になったのです。猛烈に。実は私は元々彼のチャンネルの熱心な視聴者でしてね。出された動画はすべて目を通すくらいにはファンでした。彼の最期の生配信も、アーカイブで見ました。まさか、あんなことになるとは思いもよりませんでしたが……」
 湾田は深いため息をついてみせた。
「寺沢の死の真相を知りたい──そういうことか?」
「ええ。彼の死はあまりにも突然で、そして状況からみて不自然と言えるものでした」
「警察は自殺って断定したんだろう? じゃああんたはそうじゃなくて、寺沢は誰かに殺されたって言いたいのか?」
「いえ、そうとは言いません。もちろん、他殺の可能性もあり得るのかもしれませんが……。私が求めているのは『私が納得できる考察』なのです。どこを探しても真実を知る神はいない。私を含めてね。真相を知ることができないのなら、せめて納得できる考察を聞きたいんです。残念ながら、私には考察の才能がないようなのでね。自分でもあれこれ考えてみたんですが、どうにも自分自身を納得させられる答えを得ることはできなかった。そこで、みなさんを集めたのです。考察系を名乗る配信者の中でも、特に秀でていると思しきみなさんを!」
 大仰な口ぶりと芝居がかった身振りで、湾田は説明した。
「なるほど。それであんな怪しげなメールを送ってきたのか。具体的な話はご足労いただいた時に──って、詐欺かなんかだと思うだろ、普通」
 ダークQが鼻で笑う。
「でも、怪しいと思いながら、あなた含めみなさん集まってくださった」
「そりゃあ、配信者なら行くだろう。なんたってあの『ゴーワン社長』サマに直々にお呼び立ていただいたんだ。面白そうなことに巻き込まれるのなら、配信者としては本望だぜ」
「それは何よりです──」
 ゴーワン社長こと、湾田がダークQ以外の、俺たち配信者をすっと見回す。
「──今言った通り、みなさんには半年前に亡くなった考察系配信者・テラー寺沢氏の死の真相について、考察していただきます。できれば、私が聞いて納得するような答えを所望いたします。彼の死の状況など、考察に必要な情報などは、今からお配りする資料にまとめてあるので参考にしてください。そのほかに何か知りたい情報などありましたら、気兼ねなくご相談ください。私が調べられる範囲で調べてみます」
 ダークQが挙手する。
「それは、警察の内部資料とかも可能……ってこと?」
「いやはや、そこまでは流石に無理ですよ。あくまで私という、一市民が持ちうる情報網で得られるものに限ります」
「アンタが持つ情報網なんて、それこそヤバそうだ」
 湾田は特に否定せず、ははは、と低い声で笑った。
「期限は2週間。みなさんには2週間後にまたここに集まっていただき、そこで考察を披露していただきます。私が一番納得できる考察をした方には、ささやかながら私から賞金300万を差し上げます」
「ふーん、流石に太っ腹だな」
 ダークQがげつ類を彷彿とさせる前歯を見せ、ニヤついた。
「それと……私のチャンネルでみなさんのチャンネルを紹介させていただこうと思っております」
 ダークQと金髪の女は、息を呑んだように見えた。
 チャンネル登録者数500万という配信者の影響は、無視することなどできない。ざっと見てみた限り、ここに集められたのはまったくの新参者ではないが、湾田の登録者数と比べると足元にも及ばない者ばかりのはずだ。
 賞金も結構な額ではあるが、ゴーワン社長に紹介されるということの方が、遥かに価値があるように思えた。
「そりゃあ、なんとも魅力的な賞品……だなあ?」
 ダークQが、配信者たちを見渡す。俺の他に、彼と目を合わそうとする者はいなかった。
「それではみなさん……よろしいですかね?」
 配信者たちは各々何も言わず、微かに頷いた。


 2週間後。俺を含めた4人の考察系配信者が、再び湾田のオフィスに集まった。
「えー、みなさん。お集まりいただき、ありがとうございます。今日という日を心待ちにしておりました。どんな考察が聞けるのか、非常に楽しみです──」
 大きな窓から差し込んでくる陽光が、湾田のジェルで固めた黒髪を照らし出す。
「──それでは各々方の考察を披露していただく前に、私の方からテラー寺沢氏の死の状況について、改めて確認していこうかと思います──」
 死んだのは考察系配信者のテラー寺沢。32歳の男。彼は動画サイトで自身のチャンネル『テラー寺沢の超考察』を運営していた。活動内容としては過去に起きた未解決事件や超常現象を、視聴者にわかりやすく解説し、視聴者の共感を得られるような事件の真相の仮説を披露する──といった、他の考察系配信者の活動内容と大差ない。
 寺沢はいくつかの有名な未解決事件に、斬新な視点から真相を提示して、コツコツと登録者数を増やしていった。
 チャンネル登録者は考察系界隈としては珍しく、50万人を超えていたが、その数字を爆発的に増やしたのは、とある女性配信者との交際を発表したことがきっかけだった。
 そのお相手の配信者『まひぴー』は、同年代の女性から圧倒的な支持を受ける、人気インフルエンサーだ。彼女と付き合い始めてから、寺沢の活動内容は徐々に変わっていった。雑談が中心となり、以前のような手間と時間をかけた考察動画は少なくなっていった。そのことに不満の声を上げる古参の視聴者は少なくなかったが、寺沢はより人気が出る選択肢を選んだ。
 多くの視聴者が寺沢に望んでいたのは、未解決事件の考察ではなく、まひぴーとの話だった。
「──まひぴーと交際するうちに、彼の活動内容は大きく変わっていきました。彼の考察が好きだった私のようなファンは残念がっていたように思えますが……。寺沢氏と彼女は傍目から見ても釣り合いがとれているとは思えなかったですし。奔放な彼女に、寺沢氏が振り回されているように見えて……。そういう風に見えていたのは、私だけではないと思います──」
 湾田の言うとおり、世間では寺沢とまひぴーの関係はそう見えていたはずだ。
 奔放で恋多き女であるまひぴーに、寺沢がいつ捨てられるのか──。そのことを期待していた視聴者は少なくなかっただろう。
「──寺沢氏は非常に頭の良い人物だったと思います。いつも斬新な発想で未解決事件の真相の仮説を提示してみせていました。その一方で、非常に繊細な心を持つ人物でした──」
 コメント欄に現れる、考察に対する重箱の隅をつつくような指摘に、寺沢は逐一反論していた。感情的になって反論することも多く、ファン以上に熱心なアンチも抱えていた。
「──常にストレスを抱えていたのだと思います。配信活動から離れることが、彼にとってはベストだったのかもしれません。そうすれば、ああいう結末にならなくても済んだようにも思えます──」
 でも、それはできなかった。テラー寺沢にとって、配信とは単なる仕事である以前に、生きることそのものだったから。
「──テラー寺沢氏は10月9日の午後11時から配信を開始しました。配信内容としてはいつものように喫煙と飲酒しながらの雑談です。最近では動画を上げるよりもこういった生配信というかたちでの雑談が多く、事実上そちらがメインになっていました。いつものようにリアルタイムで流れるコメント欄と取り留めのない会話をしながら、30分ほど経過したところで、彼は酒を取りに行くついでに用を足してくると言って、配信のカメラをオンにしたまま部屋の外へ姿を消しました。それが、視聴者の前に姿を見せた最後になったのです。寺沢氏が画面上に再び姿を現すことはなく、そのままさらに30分ほど経過し、ちょうど日付が変わるときでした。何の前触れもなく突如、配信は終了してしまったのです──」
 30分も離れていたため、チャンネルから出ていった視聴者も多かったが、それでも物好きなのか、主がいない画面を見ていた視聴者たちは、一体何が起きているのか理解できなかったはずだ。多くの人は困惑し、何か異変が起きたと察した。
「──配信が突然終了するのを見て、異変に気づいた寺沢氏のチャンネルの男性スタッフは、寺沢氏へ電話をしたもののつながらず、慌てて氏の自宅へ向かったそうです。そのスタッフはチャンネル立ち上げ当初から携わっていた、寺沢氏の腹心とも言える人物でした。スタッフの自宅から寺沢氏の自宅までは車でおよそ30分ほどの距離だったそうです。車に乗りしばらく道を進むと、スタッフは街の異変に気がつきました──」
 ある一帯に入ると、街の明かりが忽然と消えたのだ。送電線のトラブルによる停電だった。
「──停電は寺沢氏の自宅を含む周辺の、ごく一部の地域のみで起こったそうです。スタッフの自宅周辺は停電にはなっておらず、気づかないのも当然でした。どうやら突然配信が切れたのは停電のせいらしいと、スタッフは考えたそうです──」
 しかし、トイレに用を足しにいったまま30分も戻らなかったことが、妙に気がかりだった。もしかしたら具合が悪くなっているのかもしれない──。そう考えたスタッフはそのまま信号機の消えた暗がりの道路を慎重に進んで行った。スタッフが寺沢の自宅に着いたのは、10月10日の午前1時過ぎだった。寺沢が配信スタジオ兼住宅として使用しているのは、S市北西部にある住宅街に買った中古の一軒家だ。
「──普段から動画の制作で行き来する都合上、合鍵は持っていたそうです。スタッフは玄関から声を掛けたが返事はなく、合鍵を使って自宅へ入った……。そこで──」
 そこで、スタッフは発見してしまったのだ。
 一階のリビングに仰向けで寝そべっていた寺沢は、呼びかけても反応を示さず、すでに意識はなかった。すぐに救急車を呼び病院へと搬送されたものの、時すでに遅しだった。治療の甲斐なく、テラー寺沢は亡くなった。

 

(つづく)