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 事務所も持たない一匹狼。傘も持たず、雨の日はコートのえりを立てている。仕事のない時は、住居としているホテルのバーにとぐろを巻いているという。腕も確かだが、料金の方もとびきり高い。確か、調査の成否にかかわらず着手金は百万、そんな話を聞いたことがある。
「こういっては何ですが、その人物は大変高額の報酬をとることで知られているそうですな」
 二課長がゆっくりと口をきった。小島はうろたえたように、僕から課長に視線を移し、小さく頷いた。
「するとおたくのプロダクションではこの少年にタレントとして相当の期待をかけているわけですか」
「……だんひとりならばとにかく、一応トリオとして売り出す以上、万一弾が不祥事に巻きこまれますと、後のふたりも大きなダメージを受けてしまうわけでして。それは既にトリオで撮ったキャンディのCFコマーシヤルフイルムを来月からオン・エアする企画が決定されているのです。万一のことがあれば、クライアントの方のお怒りも買うわけでして……」
「万一、とおっしゃると?」
 小島は途方に暮れたようにうつむいた。大の男が泣き出さんばかりの風情に見えた。
 同情は感じなかった。
「それはわからないのですが……」
 課長が話題を変えた。
「で、その調査の方はどうだったのですか。佐久間君も無駄を省くためにいておきたいだろう」
「彼と僕とは、やり方がちがうでしょうが興味はありますね」
 小島はすわり直した。
「その男、岡江というのですが、岡江に弾の行方を捜すよう依頼したのが五日前でございます。私がじかに岡江に会い、着手金も払いました」
 失踪の二日後――通常の失踪人調査の依頼時期である。普通の若者ならこの時期、警察への届けも出される。無論、小島がそれをしたとは思えない。
 岡江は依頼を簡単に承諾した。小島も岡江に会うのは初めてだったようだ。
 連絡を待て、といわれ三日がたった。三日目に電話があり、四日目、即ち昨日、岡江は小島を呼び出した。
「着手金を返すというのです。どういうことだ、とたずねますと、今回の件には関わりたくない、と」
「脅えている様子でしたか」
「それはなかったと思います。ただだんの行方などわかっているが、連れ戻しても意味がない、というようなことを……」
「意味がない?」
「いや、はっきりそうとは――。確か、そっとしておけ、とか何とかいいまして」
「着手金を返すというには、余程の理由があるのでしょうね」
「それにつきましては何とも……」
 練りゴムのような話し方をする男だ。語尾が必ず途切れる。小学校時代、教科書の朗読をよほど逃げ回ったにちがいない。
「ただそっとしておけといっただけですか? 弾和道君の行方については?」
「教えてはくれませんでした。しつこく訊くと殴りかかりかねない勢いで追い払うのです」
 小犬のようにこの男が逃げ出すさまが想像できた。
「会ってみましょう。岡江という男に」
 僕がいうと、課長はまゆをひそめ、小島はすくわれたような表情を浮かべた。
「単に捜し出す自信がなくて降りたのかもしれん」
「だったらそういうでしょう。興味があるんです。そっとしておけ、という言葉にね」
「やっていただけますか」
 僕がうなずくと、小島は味方を得たような口調になった。
「ひょっとしたら課長様のおっしゃるように、捜し出せないのをすためにああいったかもしれませんよ」
「僕が聞いていたような男なら、そんな場合にでも着手金は返さないはずです。返したのは本当に理由があってのことだと思いますね」
 冷たく僕はいった。小島は、もう一度途方に暮れたような表情を浮かべた。

 

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