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「芸名をだんかずみちと申します。まだ十七歳でH高校の二年生です。社長の家に下宿させていたのですが、一カ月前から無断外泊が多くなり一週間前に行方知れずになりました」
 写真は画一的なブロマイドだった。どこにでもある笑み、どこにもとけこめないしよう、そしていつからか他の同じような少年たちと見分けのつかなくなった似たような顔だち、だ。
 芸能界が嫌になったとは思えない。根っから陽気で悩むことがない性格、目立ちたがりで、女の子に騒がれることが何より好きだった。北九州の出身で、新人オーディションに自ら応募してこの世界に入った。来月、似たようなふたりの少年と組んで歌ったデビューシングルが出る。逃げ出したいほど過密なスケジュールではなかった。また、実家に帰りたくなるほど売れるメがない存在でもなかった。事実、実家には帰っていない。
 不良グループ、特に暴走族とのつきあいはない。ツッパリを恐がりこそすれ、あこがれてはいない。
 ようするに、目立ちたがりで、少し見てくれがよく、頭の中味が寒い、ありきたりの少年だった。
「ガールフレンドはどうです」
 僕はたずねた。小島は慌てて手を振った。
「とんでもない。今が一番大事な時期ですからね。つきあうことはおろか、学校でも女生徒にはなるべく話しかけないよう指導しているぐらいで……」
 指導とは凄い台詞せりふだ。こんな指導の結果、一体どんな若者が生まれるのか。
 暴力団とプロモーションの関係をくと、小島は初めてきっとなった。
「よそ様はいざ知らず、うちはレッキとした芸能プロです。怪し気なやからとのつきあいはございません」
「するとまったく心当たりがない? たとえばグループを組んでいたふたりの少年たちはどうなんです」
「日頃から事務所には隠し事をしないよう指導しております。ですが、今回のこの失踪には本当に心当たりがないようなのです」
 答えておいて、小島は煙草に火をつけた。まだいい残している事があるような仕草だった。僕は待った。
「――実は、実はでございますが、こちら様にお願いにあがる前に、別の人間に弾和道の行方を調査させました」
 バツの悪そうな顔になった。僕が気を悪くすると思ったようだ。
「御承知のこととは存じますが、この世界は大変に狭いところでして、外におられる方には色々と難しいしきたりややり方もございます。陰湿ともいわれる所以ゆえんでして……」
 この男の口から陰湿という言葉が出ると、妙におかしかった。当人は大真面目で、顔をしかめ灰をまき散らしながら熱弁をふるう。
「こういったケースは、うちに限らず、間々あることでございます。そういったときに、必ずといってよいほど名の挙がる人物がおりまして……」
「……?」
「マスコミに往々にして流れがちなこういった不祥事をさばくのが大変に上手だという評判の男なのです。うちもその噂を頼りに、その男に調査を依頼しました。いや、もちろんこちらさまの、その方面における御活躍はかねがね聞き及んでいたのでございますが……」
 男はいわゆる一匹狼で、事務所すら持たぬもめごと処理屋だった。男女間のいざこざから起きるトラブル、失踪、自殺未遂、または暴力団がらみの脅迫、売春、何でもござれのレパートリイを誇っているという。といって自ら芸能界に売りこむわけでもなく、むしろ依頼人が頼みこんで初めて、腰を上げるといった噂だった。
「前身は汚職でくびになった元警官ですとか、組が潰れたヤクザ、あるいは足を洗った総会屋といった、とかくに噂のある人物ですが、腕の方は信用に足るものがあるというので、だんの行方を捜してくれるよう依頼したわけです」
 同席していた調査二課長が知っているか、というように僕の顔をみた。僕は小さくうなずいた。噂は聞いている。

 

「漂泊の街角 〈新装版〉失踪人調査人・佐久間公 3」は全3回で連日公開予定