30年前、バブル崩壊とともに消えた、高級クラシックカーと最愛の恋人。60代になった今も、かつて愛した女を忘れられない円堂は、クラシックカーの目撃情報を頼りに彼女の幻影を追い求める──。

  大沢在昌さんの新刊『晩秋行』は、20億円の価値を持つクラシックカーをめぐり、追走劇を繰り広げるハードボイルドサスペンス。スリリングな探索行はもとより、大人の男の恋愛、過ぎ去りし日々への愛惜をも描き切った作品だ。男の情けなさ、未練がましさも正面から描いたこの小説について、大沢さんに語っていただいた。

(取材・文=野本由起 撮影=中 惠美子)

 

【あらすじ】
居酒屋店主の円堂のもとに、バブル時代、ともに荒稼ぎをした盟友の中村から電話が入る。当時、「地上げの神様」と呼ばれ、バブル崩壊後、姿を消した二見興産の社長の愛車で、20億円の価値があるクラシックカーの目撃情報が入ったという。20億円の車をめぐってバブルの亡霊たちが蠢き出す、大沢ハードボイルドの新境地。

 

──『晩秋行』は、円堂という60代の男性が主人公です。かつて「土地ころがしの神様」と呼ばれた二見のもとで働いていた円堂ですが、バブル崩壊とともに二見は多額の負債を抱えたまま行方知れずに。世界に数台しかないクラシックカーに乗って、しかも円堂の恋人とともに消えてしまいます。それから30年が過ぎ、二見のクラシックカーの目撃情報があり、老境に差し掛かった円堂はかつて愛した女を捜すことになります。はじめに『晩秋行』というタイトルに込めた思いをお聞かせください。

 

大沢在昌(以下、大沢):円堂は60歳を過ぎ、曲がり角を過ぎた男です。まだ冬とは言いたくないけれど、秋も終わりかけ。まさに晩秋を迎えた中年男性の悲哀を表しました。円堂は晩秋を迎えたことを認めながらも、抗いたい気持ちもある。そのうえ、この歳になっても30年前の恋愛感情を持て余しています。そういう男の情けなさを描きたかったんです。

 円堂のような男は、世の中にたくさんいるでしょう。「俺はもう枯れた」「あの女のことは忘れた」なんて言っても、腹の中では熾火がチロチロ燃えている。ところが、相手の女性はとっくに過去の男のことなんて忘れていますから(笑)。そんな男女の真実を書きました。

 

──銀座のママ・委津子との会話では、男と女の恋愛観の違いが浮き彫りにされています。

 

大沢:老境に差し掛かっても、女性はおいしいものを食べたり、旅行に出かけたりして恋愛ばかりにかまけているわけではありません。でも、男は定年になって家にいる時間が長くなると、奥さんにベタベタつきまとって“濡れ落葉”なんて言われてしまう。そういう男に対して「負けるなよ」と励ましたい気持ちもありました。

 だからと言って、奥さんを捨てて初恋の女のところに行かれても困りますが(笑)。そんなことしても、相手の女からは「誰よ、あんた」って言われるのが関の山だから。円堂だって、委津子からは「いなくなった相手なんか忘れて、次の相手に惚れればいい」「私たちは、思い出酒を飲ませて金を取るのよ」なんてズバリと言われてしまう。こういう会話は書いていて楽しかったし、ズバッと斬るのは快感でしたね。

 

──これまでの大沢さんだったら、いつまでも昔の恋愛を引きずる男の情けなさ、未練がましさは、描かなかったのではないでしょうか。

 

大沢:もっとロマンチックに書いていたと思います。でも、自分も歳を取ったから、男のだらしなさを素直に認められるようになったんでしょうね。現実に向き合って、「目を覚ませ。お前のことなんか、向こうはこれっぽっちも覚えてないぞ」と自戒を込めて書きました。同年代の男性が読んだら、胸がかきむしられるんじゃないかな(笑)。

 

──委津子だけでなく、かつて円堂の恋人だった君香も印象深く描かれています。円堂にとって、君香はどのような存在だったのでしょう。

 

大沢:円堂は、好きな女にだけは優しいんですよね。再会した彼女は30年前の雰囲気を失っているけれど、それでもやっぱり円堂の内側からは抑えられない気持ちが込み上げてくる。それは、今まで書いたことがなかった感情でしたね。やっぱり、書いたことないものを書くのは楽しいんですよ。今回は、未練がましさを前面に押し出す男を描くのが初めてだったから、面白かった。今まではやせ我慢している男しか描いてきませんでしたから。

 

──円堂の未練がましさに比べると、女性陣のほうがハードボイルドな生き方をしていますよね。

 

大沢:そういう時代ですからね。再会はしないけど、『新宿鮫』の鮫島と晶がもし再会したとしてもこんな感じになるんじゃない? 晶は鮫島のことなんて忘れてるだろうからね。

 

──女性像を描くうえで、どのようなことを心がけましたか?

 

大沢:女性はわかりやすいんですよ。男が期待してることなんて、なにひとつ思っていない。そう言い聞かせて書けば、すべて真実になりますから(笑)。

 もしかしたら「もっと優しい女もいる」「昔の男のことを覚えている女だっているでしょう」という声もあるかもしれません。でも、僕の答えは「そんな女性はいない」。昔の男に縛られてる女の人はいないし、いてはダメでしょう。だから、女性に関してはすごくあっさり、冷たく描きました。いや、冷たいというか前向きなんだよね。男は後ろ向き、女は前向き。それに尽きると思います。

 

──作中では、30年前のバブル期についても語られます。当時の狂騒を振り返り、今どのように感じていますか?

 

大沢:面白い時代ではありました。当時は、土地が異常に値上がりしたでしょう? エリートがどう頑張っても、土地を転がす輩に勝てないという価値観の逆転があったんです。ただ、ひと皮めくればカネカネカネ。いやらしい時代だったとも思います。

 

──かつて円堂の雇い主だった二見は、バブルが弾けて全財産を失います。そんな中、20億円もするクラシックカーに乗り、円堂の恋人だった君香と逃げていく。そのクラシックカーも、処分すれば足がつくため売ることもできません。皮肉な話だなと思いましたが、大沢さんはこのクラシックカーを、どのような存在として描きましたか?

 

大沢:バブルの象徴ですよね。過去の亡霊のように現れては消え、現れては消える。それが、小説の材料として面白いと思いました。情けない男の未練心とクラシックカー。このふたつをセットにしたのが、『晩秋行』なんです。

 

──円堂は人生の晩秋を迎えていますが、彼と年齢の近い大沢さんご自身はまだまだ“晩秋”ではなく“盛夏”ですよね。

 

大沢:いや、普通に考えたら“晩秋”ですよ。

 

──今もバイタリティにあふれていますし、まったくそんな印象は受けません。

 

大沢:そんなことはないでしょう。小説家という仕事には定年がないので、世の中との接点は今もあるけれど、60歳を過ぎてひとつの角を曲がったなと思います。そんな中で、自分と同世代の主人公にほぼ初めて向き合ったわけです。小説を書く作業は自分の内側を覗き込むことだから、一体何が出てくるだろうと思ったら、男女の話が出てきた。それも面白かったですね。「ついに諦めの境地に達したのか。モテないことを認めるのか」と(笑)。

 ただ、65歳になって髪を染めるのをやめて髭を伸ばしたら、飲み屋の女の子たちの評判は良くなった(笑)。自分としては鏡を見るたびに「うわ、ジジイだな」と思うけれど、女の子たちは「ジジイじゃないわよ」なんて言ってくれるわけ。まぁ、話半分で受け止めつつ、これからも書いて稼いで遊べりゃそれでいいと思っています。

 

大沢在昌氏(撮影=中 惠美子)

 

●プロフィール
大沢在昌(おおさわ・ありまさ)
1956年、愛知県生まれ。79年「感傷の街角」で第1回小説推理新人賞を受賞しデビュー。91年『新宿鮫』で第12回吉川英治文学新人賞と第44回日本推理作家協会賞長編部門を受賞。94年、『無間人形 新宿鮫Ⅳ』で第110回直木賞を受賞。2004年『パンドラ・アイランド』で第17回柴田錬三郎賞、14年『海と月の迷路』で第48回吉川英治文学賞を受賞している。近著に『暗約領域 新宿鮫Ⅺ』『冬の狩人』『悪魔には悪魔を』『熱風団地』などがある。