毒親など家族問題の著作も多いノンフィクション作家の菅野久美子さんによる『孤独死大国 予備軍1000万人時代のリアル』が文庫化された。孤独死が起こった現場の特殊清掃に同行したルポや遺族への取材を通して見えてきた、現代社会の生き方とは──。他人事ではない「孤独死」問題について語ってもらった。
──特殊清掃の現場に初めて同行されたときのエピソードは壮絶でした。当時、感じられたことを改めて教えてください。
菅野久美子(以下=菅野):私が孤独死に興味を持つきっかけは、大島てるさんと事故物件の本を出すことになったからなんです。だから最初のうちは、心霊現象が起きたらどうしようとか、ドキドキしていましたね。
初めて現場に入ったのは、70代の男性が孤独死したワンルームのアパートでした。そこは、フロアや階段にまで死臭が蔓延していて、凄まじい現場でした。まず驚いたのは臭いです。いわゆる死臭なのですが、これまでの人生で嗅いだことのない強烈なものでした。
ドアを開けるとまず目に入ったのは、段ボールの山です。その段ボール箱の中には、子どもの写真が入っていた。男性は離婚後この部屋に引っ越して、身を持ち崩し社会から孤立していたみたいです。それが、孤独死について考えさせられるきっかけになりました。そして事故物件のほとんどが、こうした孤独死であることを知ったのです。
──孤独死・特殊清掃の取材で印象に残っている現場について教えてください。
菅野:私自身、実は元引きこもりです。まさに、孤独死予備軍ですね。だから自分と同じ境遇の人の現場は、印象に残ってますね。コロナ禍では、部屋中に目張りをしていた物件に遭遇しました。まさに外界との関係を閉ざしていたんですね。その時、これは自分の姿だったかもしれないと故人を重ね合わせました。
もう一件は、精神疾患を抱えていた女性の死ですね。その家は、郊外の一戸建てだったのですが、庭は草ボーボーでした。それは、生前から一家ごと地域から孤立していたことを表していました。そんな中、父親が亡くなり、母親が入院し、女性は一人取り残されて熱中症で命を落としてしまう。女性は亡くなる前に、寝室に「これからどうやって生きていったらいいのだろう」というメモを残していました。女性の心境を思うと、心が痛みました。
あとは生活保護を受給していた高齢の女性が、灼熱地獄の中、熱中症で亡くなったアパートです。清貧といった暮らしぶりで、切り詰めて生活していたのは明らかでした。そんな生活とは対照的に、窓の上にはピカピカのエアコンが輝いていました。女性がそのエアコンを使った形跡は全くありませんでした。本当に切なかったです。
──数多くの孤独死現場を見てきた菅野さんから見て、故人や家の共通点はありましたか?
菅野:どのケースも共通点として感じるのは、孤立ですね。離婚や失業など、何らかの原因で社会から孤立し、結果、自己放任と言われるセルフネグレクトに陥る。そして、不摂生になったり、ごみ屋敷化してしまい、長期間見つからないパターンです。
あと数年前までは、貧困が関わる現場が多かったのですが、最近ではいわゆる中間層や富裕層も孤独死が増えてきたと感じます。タワマンでの孤独死なども、今ではありふれています。遺産や不動産収入などでお金はあるが、人との繋がりが薄く、孤独死してしまうパターンです。
──見守りサービスへの意外な需要(老いた親のためというより使用者自身が自分のために登録する)に驚かされました。未婚率も増える一方で、今後このようなサービスも変化していくと思われますか?
菅野:そうですね。ただ、今問題になっているのは、自分を見守ってくれる相手がいるのかということです。行政は引き取り手のない遺骨に頭を悩ませているのですが、同じような問題をはらんでいます。見守りサービスは進化し続ける一方で、人との深い意味での関係性は希薄になっている。そんな時代の処方箋は何なのか。私は人と人との繋がりで、何とかそこを取り戻せないかと考える立場なのですが、時代は真逆の方に向かっていると感じています。ここまで孤立が進んだ日本にとっては、AIが探知して行政に通報し、粛々と遺体が処理されるといった未来のほうが、リアリティがあるような気がするんですね。
──単行本は2017年に発売されました。文庫化するにあたり、孤独死をとりまく問題でもっとも変化したと思われることは何でしょうか。
菅野:やはり、コロナ禍ですね。コロナ禍の初期では、特に遺体の発見期間がかなり延びたという実感がありました。ワンシーズン、遅れるようになったんです。人との繋がりを持つ人は、コロナ禍でも積極的にコミュニケーションを取っていた反面、繋がりを持たない人はさらに捨て置かれる世の中になった。その究極形態とも言えるのが、遺体が長期間発見されない、孤独死だったと思います。今もこの現状はあまり変わっていないんですよね。だからコロナ禍の流れの中で、内閣府に孤独・孤立対策担当室ができたのも、必然だったのかもしれません。
──菅野さんは孤独死だけでなく家族問題や性の問題など多岐にわたって取材をされています。今後追っていきたい事象やさらに深めていきたい問題はありますか?
菅野:日本社会を象徴する現象全般には、とても興味がありますね。例えば推し活や、婚活などは、興味があります。
「推し」は「現代の小さなカミサマ」のような気がして、そこに人々が入れ込む魅力って何なんだろう、と。最近では孤独死現場でも、大量の推し活グッズが見つかることも増えてきましたし。婚活については、ミスマッチはなぜ起きるのか、とか。結構ここは、根深い問題な気がするんです。もう一つは、今で言うセカンドパートナーでしょうか。昔不倫の取材はしていたのですが、水面下で起きている令和版の男女の新たな関係性については、いつか取材してみたいです。
あとは、私自身も悩まされてきた毒母問題ですかね。結果的に、これらのテーマは、根底でリンクしている気がします。
──これから本書を手に取る方へ、メッセージをお願いします。
菅野:誤解して欲しくないのが、一人で家で亡くなることは、悪いことではないということです。私も含めて、誰にでも起こりうることですから。ただ孤独死にはその背景に、本人が孤独を抱えて苦しんでいたり、行政的な支援が必要なケースが多々隠れています。
さらにマクロの世界では、日本社会の抱える歪な孤独、孤立の問題もある。死の現場は嘘をつかない。そういった意味で、今の日本の抱える複合的な問題をありのままに伝えているのだと思います。本書には、時にあまりにリアルで目を背けたくなるような描写もあるかと思いますが、ぜひ多くの人に手に取っていただきたいです。
【内容紹介】
『孤独死大国 予備軍1000万人時代のリアル』
ひとりで死に長期間誰にも発見されることのない、孤独死。その現場や遺族の心情を追ったルポとともに、生き方を探るノンフィクション。2017年に刊行された単行本を文庫化。
【目次】
第一章 孤独死予備軍1000万人の衝撃第二章 残された家族の苦悩
第三章 セルフ・ネグレクトと孤独死
第四章 支え合いマップで孤独死予備軍を防げ!
第五章 見守りサービスの手前にある孤独
第六章 「一人で生きること」と孤独死の間にある大きな溝
おわりに コミュニティに出会うということ
文庫あとがき コロナ禍を経て孤独死はどう変わったか