家康の天下取りへの歩みを足軽の視点で描いた「三河雑兵心得」シリーズ。戦国時代の三河を舞台に、村を飛び出した17歳の茂兵衛が松平家康の家臣に拾われ、足軽稼業に身を投じるところから始まる本シリーズは巻を追うごとにファンを増やし、ついに累計100万部を突破した。大ヒットを記念して、著者の井原忠政さんにお話を伺った。

 

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あ、出世しない人もいたんだ。……よほどアホだったのかなァ?

 

──先ほど、有名人は脇役という話をしましたが、逆に、実在しているがこれまであまり取り上げられてこなかった人物が重要なキャラクターとして登場します。どのようにして選んでいるのでしょうか。

 

井原忠政(以下=井原):資料を読む中で「おッ、この人、使えそうじゃん」と発見します。ほとんど偶然です。 花井庄右衛門は、伊賀越えの資料の中で発見しました。花井吉高という実在の旗本です。伊賀越えに同道していたほどの側近なのに、最後は330石の知行で終わる。「あ、出世しない人もいたんだ。……よほどアホだったのかなァ?」みたいなね。

 

──『三河物語』を書いた大久保忠教や、長篠の戦いの英雄・鳥居強右衛門の場合はどうでしょう。

 

井原:彦左(忠教)は、もう狙っていましたね。大久保家と茂兵衛の繋がりは、かなり初期から考えていました。彦左と忠佐と茂兵衛は大親友です。忠世の嫡男(忠隣)は能天気な好人物に描いております。つまり脇が甘い。そして当主の忠世と茂兵衛は御存知のようにバチバチです。この大久保家、忠世の死後に改易されるんですね。茂兵衛の大久保党に対する感情には、アンビバレンツなものがあります。茂兵衛を大久保騒動に一丁噛みさせ――。う~ん、乞う御期待です(笑)。

 鳥居強右衛門については、色々とあります。強右衛門は「磔刑死」だそうですが、私としては納得がいきませんでした。武田勢の前で急に「援軍は来る!」と叫んだんでしょ。その場で、斬り殺されてこその「見せ場」じゃないですか? 改めての磔では迂遠です。だから、「援軍が来ると叫ぶ」→「裏切ったな! と武田勢に殺される」→「遺体は崖から蹴り落とされ、途中の松にひっかかる」→「磔のような体勢で死亡」とした次第です。これ、結構気に入っております。

 

──なるほど! 意外に、この通りだったのかもしれませんね。ところで、「三河雑兵心得」といえば、臨場感のある合戦シーンも魅力のひとつです。采配を振るう側ではなく突撃する側なので、実際の動きや戦法を描かなくてはなりません。大変な苦労があるのではないでしょうか。

 

井原:これは想像力&妄想力を全開にして書いております。可能な限り資料は調べるし、自分なりの合理性をもって書いてはいますが、実際の戦国武者が拙作を読まれたら「こんなのねェわ! テキトーに書くな!」と叱られるかも。

 

──甲冑のつけ方や行軍の様子、槍での戦い方、鉄砲の撃ち方などディテールも細かいです。個人的には兜や面頬の重要性を知ってから、映画やマンガで顔を晒しているキャラクターにシラけてしまうようになってしまいました(笑)。

 

井原:映像作品だと鎧武者が刀でバッタバッタと斬り殺されますよね。通常、刀で鎧は斬れません。ただ、事情もあるようです。槍武者同士の殺陣だと、引きの映像にならざるをえず、迫力がなくなるみたいです。刀同士だと接近戦になるので、役者さんの顔もよく分かると。ちなみに面頬をつけないのは、もちろんイケメン俳優さんの顔が見えなくなるからです(笑)。

 

家康と茂兵衛は、もう少し理解し合う、友情を育むような気もします

 

──家康三大危機のひとつ「伊賀越え」の新ルート解釈や、謎とされる家老・石川数正の出奔の真相などの物語への活かし方が見事でした。そういった着想はどこから生まれるのでしょうか。

 

井原:やはり文芸なので、事実としての正確さよりも、小説としての効果を優先させます。歴史的な出来事にまつわる幾つかの学説があったとして、一番劇的な説を選び、そこに肉付けをして作品に仕上げます。ただ、荒唐無稽に走ると読者をシラけさせてしまう。そこが難しい。嘘のつき方が一番難しいんです。近松門左衛門は「虚実皮膜の間(あわい)」との言葉を残していますが、その「間は、何処にありや」を模索しながら日々執筆を続けております。

 

──家康の天下取りへの歩みを描く「三河雑兵心得」なので、ラストはやはり関ヶ原ですか? それとも大坂夏の陣? 茂兵衛はどこまで出世するのでしょうか。

 

井原:どうしましょうか。困りましたね。本当は、まだ決めてない部分も多いのです。ただ一点だけ、家康と茂兵衛は、もう少し理解し合う、友情を育むような気もします。天下を手中に収めた家康は、たぶん「この人の本質に戻っていく」と思うのですよ。穏やかで少し皮肉屋の面白い爺様です。となると、家康薨去までは三河雑兵シリーズも続くのかな? 「茂兵衛に家康を看取らせたいよなァ」とか。ふふふ。どうなることやら(笑)。

 

──最後に、読者へのメッセージをお願いします。

 

井原:ずっと考えていることがあります。物語の大団円に掲げる茂兵衛の辞世の句です。野人・茂兵衛の辞世の句、上手過ぎてはいけません。格好つけるのも「らしくない」です。茂兵衛の人生を俯瞰し、できれば読者の方々をジワッと泣かせたい。技巧的なのは趣味じゃない。新古今じゃなく万葉風かな? いや、井原風かもしれません(笑)。

 

 

執筆への喜びが横溢する井原忠政さんでした。
汗だく血だらけ泥まみれになりながらもしぶとく生き残り、
出世への階段を一歩ずつ上っていく茂兵衛の活躍を
ぜひ書籍にてお楽しみください。

 

【あらすじ】
戦国時代の三河。喧嘩のはずみで人を殺し、村を出奔した十七歳の茂兵衛は、松平家康の家来に拾われ、足軽稼業に身を投じることに。初陣での籠城、兜武者との一騎討ち、決死の撤退戦、恋、奇襲……。茂兵衛は戦乱の世を生き抜きながら武士として成長していく。汗だく血だらけ泥まみれ、でもしぶとく生き残る。痛快! 戦国足軽出世物語。

 

井原忠政(いはら・ただまさ)プロフィール
2000年に、脚本「連弾」が第25回城戸賞に入選し、経塚丸雄名義で脚本家デビュー。主な作品に『鴨川ホルモー』『THE LAST-NARUTO THE MOVIE-』などがある。2016 年『旗本金融道(一) 銭が情けの新次郎』で時代小説デビューし(経塚丸雄名義)、翌年、同作で第6回歴史時代作家クラブ新人賞を受賞した。2020年、ペンネームを井原忠政に変えて歴史時代小説「三河雑兵心得」シリーズの刊行を開始。同シリーズで『この時代小説がすごい! 2022年版』文庫書き下ろしランキング 第1位を獲得する。他の著書に『うつけ屋敷の旗本大家』『人撃ち稼業』『人撃ち稼業 殿様行列』『北近江合戦心得 姉川忠義』『北近江合戦心得 長島忠義』がある。神奈川県鎌倉市在住。