夜遅くまで降り続いた雨の日から一転、今日は空がからりと晴れていた。
海辺町唯一の駅、「海辺駅」は、海側と山側で風景が違う。海側はリゾートを意識して作られているのか、駅前は、ばーん、と視界が開けたロータリーで、そこから海の方まで高い建物はなく、開放感のある風景がずっと広がっている。たぶん、高い建物は建てちゃダメ、ってことになっているんだろう。街の一番の観光スポットである虹島海岸に向かう道は街路樹にヤシの木が植えられていて、道沿いにはサーフショップや洋風の住宅が並んでいる。中途半端ではあるものの、なんかおしゃれな街にしようとしていた、という名残が見える風景だ。
そのリゾートっぽい海側の反対側、駅と線路を挟んで山側の方は雰囲気ががらりと変わり、古い街が広がっている。駅前から真っすぐ続く道路沿いは、この辺りが「海辺町」という名前になる前からあった商店街で、駅ができてから商店街ができたのではなく、この辺が商店街だったから近くに駅を作ることになったらしい。アーケードがあるような商店街ではないけれど、駅前から続く通り沿いにいくつもお店が並んでいて、通りの入口には「海辺町商店街」と書かれたアーチがかかっている。
日本中で古い商店街がシャッターだらけの廃墟になってしまっている、なんて話はよく聞くけれど、海辺町商店街は、活気があるとはさすがに言い難いものの、営業しているお店が何軒もあるし、たまに新しいお店ができることもあるので、生きている感じがする。たぶん、わたしが生まれる前はもっと賑わっていて、その頃に比べたらお店はずいぶん減ってしまっているのだろうけれど、昔からある魚屋さんがまだあったり、婦人服屋さんやメガネ屋さん、喫茶店、美容室といったお店も一通りあって営業中だ。海高生御用達の『満腹亭』もこの商店街の端っこにあって、よく行列もできている。電車通学の海高の生徒たちの通学路になっているし、海辺町の近くには大きな商業施設もないので、今でも人が集まってくるのだろう。
今日は、野田さんが昔から知っているという洋菓子店に、咲良さんの車で連れてきてもらった。野田さんも一緒で、行きの車の中では、後部座席に座った野田さんが陽気にしゃべりっぱなしだった。咲良さんもまた、野田さんの話に終始笑いっぱなしで、車内は和やかな空気だった。
洋菓子屋さんの裏手の駐車場に車を置いて、わたしは二人に続いてお店の前まで歩いて行った。わたしの世代から見るといかにもレトロ、という店構えで、こういうレトロなお店を動画で紹介するときに定番のBGMが瞬時に頭の中で流れ出すような雰囲気だ。お店の中は、三人入るとちょっと窮屈、というくらいの広さで、年配のご夫婦が二人でやっていた。冷蔵ケースには、イチゴショートケーキとかシュークリームと並んで、「モンブラン」と書かれたケーキもある。まさしく、話に聞いていた黄色いモンブランで、おお、これかあ、と、ちょっと感動した。色は全体的に淡い黄色で、てっぺんにはひときわ鮮やかな黄色の剥き栗が載っている。これが、咲良さんが言っていた「栗の甘露煮」なのだろうか。まるで鳥の巣みたいに栗のペーストが渦巻き状に巻かれていて、見た目がとてもかわいらしいな、と思った。
咲良さんがモンブランを中心にいくつかケーキを買い、お店に戻って三人で試食をすることになった。わたしもこの中に参加させてもらえるのが少しうれしい。シラコみたいにやたら食べ物の知識があるわけではないし、わたしなんかが何か言って役に立てるのだろうか、と心配になるけれど、現役高校生という立場から言えることはあるかもしれない。
「昨日、びっくりしたよね」
帰り道、車に乗って少し走ると、咲良さんが運転しながら助手席のわたしに向かっておもむろにそう言った。何が、という主語がなくても、それだけで脳裏には昨日の異様な店長の姿が浮かんでくる。いやそんなことないです、と言うべきなのかとも思ったけれど、あれを見て、別に驚いてないですよ、と答える方がかえって不自然な気がして、素直に、びっくりしました、と答えた。
「まあでも、心配しないで。たまにああなっちゃうのよね」
心配しないでって言われてもなあ、と思ったのが体から滲み出してしまったのか、咲良さんは前を向いたまま、うーん、と少し間をおいて、またすぐに口を開いた。
「店長って、なんていうか、すごい記憶力いいでしょ? 言わなくてもみんななんとなくわかっちゃうかなって思うんだけど」
「ああ、はい。なんかちょっとすごすぎるなって思うときがあります」
「その、記憶力がいい、っていうのが、ほんとにちょっと桁違いというか、ほんっとにすごいのよね。昔起きたことも、今この瞬間に起きたことみたいに記憶してる。だから、たまに、自分の目の前で今起きてることなのか、過去に起きたことの記憶を思い出しているのかがわかんなくなっちゃって、それで頭がパンクしちゃうみたい」
「そんなことが……」
「人間、いらない記憶は寝てる間に消していって、ざっくり覚えてるだけになっていくはずなんだけど、店長はたぶん、ちょっと脳の構造が人と違ってて、ディティールも含めて全部記憶しっぱなしなんだ。だから、情報量が多すぎて、普通の人が単純に、思い出す、っていうだけのことに、脳がものすごくエネルギーを使っちゃう。そのせいで、頭がエネルギーを使い切ってフリーズしちゃうっていうか。そうなったら、急いで糖分を取らせてあげないといけなくって」
頭の中に、シロップをがぶ飲みする店長と、母親に、あんたが勉強したくらいでたいして糖分なんか使わない、と言われたことが同時に思い出された。わたしがやる程度の勉強がたいしたことないということに反論はしにくいけれど、それでも、二時間くらい頑張って机に向かうと、なんか甘いものが食べたいな、という気持ちにはなることはある。漠然とした感覚だったけれど、少し大人になってから、本で、脳のエネルギーは糖分で、脳を使うとエネルギーが不足して求めるから甘いものが食べたくなるんだ、という理屈を知ってから、ああなるほどそうなんだ、と納得した。ただ、その感覚がわかるようになったとはいえ、脳がエネルギーを使い切って、あの甘いシロップをがぶがぶ飲まないとやってられないくらい消耗する状態は想像つかない。少なくとも、わたしが全力で何時間も集中して勉強したとしても、そんな状態にはならないだろう。
「めったにあんなことにはならないんだけど、もし、私がいないときに店長がああなっちゃったら、なんでもいいからお砂糖をあげてほしいんだ。シロップでもいいし、コーラでもいいんだけど。あ、コーラはカロリーゼロじゃないほうね。アイスとかチョコも甘いんだけど、脂肪分が多いから糖質の吸収効率が悪くてダメ。純粋な糖に近いものがよくって」
「わかりました。その、もしああいうことになったら、シロップ探します」
と、言っては見たものの、あの状況で自分が冷静に対処できる気はしない。でも、放っておいたら本当にあのまま死んでしまうんじゃないかと思うくらい店長の顔からは生気がなくなっていたし、わたしがちゃんとシロップを渡さないと大変なことになるのではないかという予感はした。涙を零している表情は、まるで絶望の中にどんどん沈んでいっているかのようで、見ているのが怖かった。咲良さんが言うように、昔の記憶を今起きているように感じているというなら、あのとき店長はどんな過去を見ていたのだろう。いつも飄々としていて掴みどころのない店長の姿と、絶望の表情で涙を零す店長の姿がまだ重なり合わないまま、わたしの中で違うもののように存在していた。
野田さんも店長の記憶力のことは知っているようで、あれだけよくしゃべっていたのに、その話をしている間は口を止めて、わたしと咲良さんの会話の中には入ってこなかった。会話が一段落したと見るや、「で、さあ、話変わるんだけど」と言いつつ話題を変えてくれたので、わたしはそれでなんとなく救われた。
*
「え、シラコ、知ってんの? 黄色いモンブラン」
「当たり前。元祖のお店が東京にあるし」
「今も? 食べたことある?」
「そこのはないけど、黄色いモンブランなんて別に普通にあるじゃん。渋皮入りのやつと両方置いてあるところも多いって」
「ほんとに? 普通にあるかな? わたし、あんまり見たことないんだけど」
「黄色いのをモンブランだって認識してねーからじゃね?」
「そういうこと?」
今日はアルバイトがお休みだけれど、わたしは学校帰り、シラコと一緒に『サンセット・オレンジロード』にやってきた。理由は、咲良さんが「黄金のモンブラン」の試作一号を作ったからシラコを連れて食べに来て、という連絡が来たからだった。どうやら、わたし一人よりも、シラコがいたほうが試食係としての戦力になると思われたっぽい。役立たずでごめんなさいと思いながら、わたしは厨房スペース前のカウンター席にシラコと並んで座った。
「なんかちょっと、黄金、って感じの色にはならなかったんだけど」
咲良さんが、ちょっと困ったような顔で持ってきたのは、前に作っていたモンブランとはまったく違う、黄色いモンブランだった。ただ、黄色いとは言っても、マロンクリームの色はやや白っぽいし、粉砂糖もかかっているので、黄色と言うよりかは「白いモンブラン」というイメージだ。ただ、頂上には黄金色と言ってもいい色の栗が載っていて、鮮やかできらきらしたその黄金色が目立つ。お店の名前には『サンセット』、つまり「日没」という言葉が使われているけれど、このモンブランは、雪山に朝日が昇ってきたような光景を連想させた。
「食べていいんですか?」
シラコが形ばかりの了解を取ろうとしたが、咲良さんが、どうぞ、と言うよりも早く、もうフォークをマロンペーストの山肌に突き刺していた。そのままごそっと四分の一近くを削り取り、躊躇することもなく口に入れて、味わうよりも早く「うまっ」という第一声を出していた。
先日、わたしは駅前の洋菓子店で買ってきたモンブランを咲良さんや野田さんと一緒に試食したわけだけれど、初めての黄色いモンブランの味はとても素朴で、咲良さんが「和菓子」と言ったのもわかる気がした。細く絞り出されたマロンクリームは、クリームというよりは「餡」と言ってもいいかな、という味で、そこまで強く栗が香るわけではなく、かなり濃厚な食感だ。昭和の頃は、甘さ控えめ、という価値観がなかったのか、砂糖の甘さがしっかり舌に残る。クリームとは逆に、マロングラッセではない「甘露煮」は、ねっとり濃厚というよりは、ほくほく食感で、口の中でペーストになっていくというよりは、甘い栗がほろほろと細かくほどけていくような感じがした。マロンクリームの下には生クリームじゃなくてカスタードクリームが入っていて、底の部分はスポンジケーキよりしっかりした食感のカステラだった。
全体的に、「黄色いモンブラン」はシンプルで素朴で甘くておいしかったのではあるけれど、咲良さんが最初に作っていたモンブランの鼻にふわっと抜けるような栗の香りや、上品でクリーミーな食感と比べると、別カテゴリの食べ物という気がした。カフェでコーヒーと一緒に食べるスイーツというよりは、子供が好きそうなとても分かりやすいケーキ、というのがわたしの印象だった。駅前の洋菓子店のようなところで販売して、家で食べる分にはいいのだけれど、我孫子先生が「黄金」と表現するほどの特別感はなかったし、カフェで出すことを考えると、わたしはやっぱり、最初のモンブランの方がお店には合うんじゃないかと思った。「黄金のモンブラン」というメニュー名の響きはいいけれど、我孫子先生の趣味嗜好とそのネーミングに引っ張られなくてもいいんじゃないかな、というのが正直な気持ちだ。
そんなことを考えてしまったということもあって、わたしはシラコとは違って少しフォークを入れるのに躊躇した。でも、咲良さんと野田さんが二人で、ああでもないこうでもない、と試行錯誤を繰り返したものだし、きっとおいしくできあがっているだろう、と信じて、淡い黄色のモンブランを口に含んだ。
「うまっ」
いろいろ面倒なことを考えたのに、結局口から出たのはシラコと同じ、なんのひねりもない言葉だった。少し粘度があってどしっとした食感の黄色いモンブランと違って、咲良さんのものはクリームが濃厚でありつつも、ふわっと軽くて口の中ですっと溶ける。内側は軽いホイップクリームで、ベースはカステラではなくスポンジケーキだ。本来、フランスのモンブランはメレンゲを使うそうだけれど、お店では持ち帰り販売もするので、時間が少し経ってもへたらないスポンジケーキを使っているそうだ。しっとりしたカステラよりもエアリーになって、軽やかな印象になっていた。
栗ペーストの山のてっぺんには、「黄金」という名にふさわしい鮮やかな色の甘露煮が鎮座している。ウチのお店には、『サンセット』、つまり「日没」という言葉がついているけれど、このモンブランは山に朝日が昇っているようなイメージだ。黄色は紅葉の黄色、粉砂糖は山頂の雪。栗の甘露煮は、この間食べたほくほくの栗よりも、大粒でねっとりとした食感でおいしい。聞けば、日本の栗の中でも最高級品とされるかなりいい栗を使ったものなんだそうだ。あの素朴な昭和の味わいのモンブランが、咲良さんと野田さんの手によって、おしゃれで現代的なモンブランに変わった。完全な手のひら返しだけれど、試作一号機の渋皮入りモンブランより、わたしはこっちのほうが食べやすくて好きかもしれない。
「これ、クリームって、栗だけですか?」
よほどおいしかったのか、シラコの目の前にはもうあと一口か二口分しかモンブランが残っていなかった。食への貪欲な探求心を持つシラコは、まるで当然のように材料や作り方を尋ねる。
「和栗のペーストだけだと滑らかにならないから、生クリームと白餡を入れてるのよね」
白餡かあ、などと、シラコが、ははーん、みたいなリアクションをするのを、白餡の存在を何も感じていなかったわたしは、じっとりと横目で見てしまう。
「咲良さん、白餡って何でできてるんですか?」
「白いんげん豆のペースト。昔のモンブランにも使ってたみたい。そこに生クリームも合わせて乳化させると、滑らかなペーストになるのよね」
でた、乳化、エマルション、と、わたしは初夏の運動会と成田先輩の顔を思い出した。
「前に食べた黄色いモンブランよりすごく軽い感じがします」
「ああ、そうなの。たぶんだけど、この前食べたモンブランは、生クリームじゃなくてバタークリームを使ってるんじゃないかなって思うのよね。昔は今より冷蔵技術も低かったから生クリームだとすぐ傷んじゃっただろうし、その名残ね、たぶん。バタークリームも濃厚でいいけどね」
「我孫子先生の黄金のモンブランは、どっちだったんですかね」
「それなんだけどさあ」
咲良さんは少し困ったように、はあ、とため息をついた。
「白餡と生クリームをあわせて乳化させると、黄金っていうか、白っぽくなっちゃうのよね。だから、たぶんこういうものじゃなかったんじゃないかなって」
横から、それまで自分の作業をしていた店長が、「ミーサンランが起こるからね」と、ぼそっとつぶやいた。なんだミーサンランって、と思って、こっそりスマホで「ヒューちゃん」に尋ねると、「ミー散乱」という言葉が返ってきた。説明されたのは、「光の波長と同程度かそれ以上の大きさを持つ微粒子によって光が散乱される現象」ということで、もちろんそのままではすっと呑み込めない。「小学生にでもわかるように解説して」と入力すると、人の目に見える光はいわゆる虹の七色にわけられるけれど、全部の光が反射されると白く見える。乳脂肪を含むと全部の色の光を均等に反射するので、牛乳とか乳製品は白く見える。それを「ミー散乱」というのだそうだ。ちなみに、昼の空が青く見えたり、夕焼け空が赤く見えるのはレイリー散乱によるもの、と「ヒューちゃん」は豆知識を付け加えてくれたけれど、わたしの頭は一回に二つのことを覚えられるほどキャパが大きくないので、「ミー散乱」だけなんとかインプットすることにした。
「でも、ならそれであってんじゃないです?」
「なにそれシラコ、どういう意味?」
「“モンブラン”って、フランス語で“白い山”って意味だし」
学校の成績はわたしと大差ないくせに、なぜ食に関することだけはそんなにいろんなことを知っているのだ、と、感心を通りこしてちょっと呆れる。
「でも、てっぺんの甘露煮は黄色いですよね?」
「うん。甘露煮はクチナシの色素で着色するのよね。でも、私、直接味に関係ないものをあれこれ入れたくない派だから、今回は使ってないんだ。天然色素だから体に悪いとかじゃないんだけどね。この甘露煮は市販品だから、きれいにクチナシの黄色が出てるし、昔ながらのモンブランのクリームはだいたいクチナシで着色してるみたい。そもそも栗が黄色くないわけだし、着色しないと黄金って見た目にはなりっこないんだけど」
「わたし、黄色いモンブランも見たことなかったですけど、白いモンブランも初めて見ました。ねえ、シラコもさすがに、白いモンブランは知らなくない?」
シラコは、何を言っているんだ、という顔をしながら、白いモンブランなんかいっぱいある、と言った。そもそも、茶褐色なのはフランスのモンブランで、イタリア版のモンブランである「モンテ・ビアンコ」は、基本、色が白いそうだ。思わず、マジ? と聞き返してしまった。咲良さんも、よく知ってるね、とシラコの知識量に驚いていた。
「昭和の頃に、咲良さんのこういうモンブランは絶対ないですよね」
「そうね。だと思う。でも、当時の作り方とか見ると、私が作っても素朴なケーキにしかならない気がするんだ。その味が、五十年も先生の記憶に残り続けるほど特別な味なのかって言われたら、うーん、ってなっちゃう」
「あれだけ思い入れがあるなら、何か特別な味なんですよね、きっと」
「だと思うんだけど、それがわからないから、できるだけ質を上げておいしいモンブランを作って、先生のおいしいモンブランの記憶を上書きしてやろう、って作戦で作ったのがこの白いモンブラン」
「このモンブランなら、先生もおいしい、って思うんじゃないですかね?」
「どうかなあ。なかなか手ごわいからね、先生」
「でも、我孫子先生の好みを全面的に取り入れて、お店で黄金のモンブランを出すんですか?」
「そのつもり」
「前の渋皮入りのモンブランもすごくおいしかったですけど」
「これはね、プライドの問題。絶対、こっちの方がおいしい、って言わせるようなモンブラン作ってやる、って、ちょっと意地になってるね、私」
咲良さんはそう言って、ころころと笑った。店長の記憶力がとてつもない、ということと同じように、一緒にいるうちにだんだん気づくのは、そのナチュラルな容姿のイメージとは裏腹に、咲良さんは結構負けず嫌いということだ。
「まあ、そのモンブランじゃ無理かな」
「なんでよ」
店長が自分の作業を終えて、また急に会話に割り込んでくる。開口一番、咲良さんに火をつけそうなことを真顔で言う。咲良さんがむっとした表情を浮かべたけれど、それはそれでかわいらしくて、美人はズルいな、と思った。
「まず、先生の呪いを解いてやらないと」
「呪い?」
「永遠のリアプレイザル」
*
店長が言った「リアプレイザル」とは「認知的再評価」のことで、身体反応から引き起こされた感情をどう捉えるかということを再評価すること、と、「ヒューちゃん」は答えた。なんのこっちゃ、と思うけれど、「猿にもわかるように説明してほしい」という注文をつけると、嫌な思いをした記憶を脳が都合よく解釈して、嫌な感情を忘れていい思い出に変えていくこと、と説明された。つまりは記憶を美化するということなんだろう。店長の言う「永遠のリアプレイザル」というのは、記憶を永遠に美化し続けて、失恋という過去の辛い記憶をなんとかかき消してしまおうとするってことだろうか。
人間、辛い記憶を持ち続けているといつまでも辛いだけだから、脳は自分のメンタルを守るためにいろいろなことをするそうだ。細かい情報を忘れてしまうとか、悪いことをいいことのように解釈して美化するとか。そうして、辛い記憶をずっと引きずらずに過去に変えていくことで、人は前に進めるようになる。でも、記憶の美化を止められなくなってしまったら、その美化しすぎた記憶を超える現実がなくなってしまう。あのおいしかったモンブランをまた食べたい、と思っても、美化しすぎた記憶の中のモンブランを超えるモンブランは現実にはない。だから、食べたいと思っても食べられない。現実にそんなモンブランがないから、よけいに記憶の中のモンブランを美化してしまう。美化すればするほど、記憶の中のモンブランは現実離れしていく。黄色い昭和の素朴な味わいのモンブランが、いつしか、唯一無二の「黄金のモンブラン」に変わっていって、何を食べても満足できなくなる。
たぶん、そういうことを、店長は「呪い」と言った。
『サンセット・オレンジロード』を出て、わたしは自転車を押しながら、家までちょっと遠回りになるけれど、シラコと一緒に駅まで並んで歩いていた。日中はぎらぎらに太陽が照って暑かったけれど、夕方からは少しだけ涼しい風が吹いてくるようになった。よく、秋の夜長、なんて言うけれど、確かに、夏休み前よりも日が落ちる時間が早くなってきたな、と思う。
シラコとの帰り道は、学校で一日過ごした疲れもあって、あまり会話はなかった。朝からずっと学校でも一緒にいて、放課後も一緒にカフェに行って、シラコとはもはや会話するべき話題は尽き果てているのだけれど、そんなときでも無言で間が持つから、シラコとは友達でいられている。こういう状況で気を遣って会話をしなきゃいけない人だと、わたしはきっと疲れてしまう。
「あんさあ」
しばらく続いた無言の時間を、唐突に破ったのはシラコだった。無言でも間が持つと思っていたのはわたしだけで、実はシラコはそうでもなかったのかな、などと思っていると、シラコは深いため息をついた後、もう一度「あのさ」と言い直し、しゃべり出した。
「あんたってさ、香取先輩のどこがそんなに好きなん?」
「ばっ、何言ってんの、ちょっと」
「まあ、生徒会長やるみたいな、ちょっと目立つ感じはあるけど、なんかそんな言うほどイケメンとかでもないわけじゃん?」
「それ、今このタイミングでぶっこんでくる話題じゃなくない?」
「いや、なんとなくさあ」
「なんとなくで踏み込んでくるとこにあるような話じゃないじゃん」
「じゃあ、いつする話なんだよ。修学旅行の夜とか? 来年じゃん」
「わかんないけど、少なくとも今じゃなくない?」
「あんたもさあ、いつまでも抱えこんでると、どっかの小説家先生みたいに一生独身になんじゃね?」
「やめてよ。そういうシラコだってさあ、どうなんよ」
「ずっと言ってんじゃん、オトコだの愛だの恋だの全然、一切、興味ない、って。恋人なんて煮ても焼いても食えないからね。一生独身上等だわ。もし、あんたがこっちの世界に来るなら、全力で歓迎するけど?」
「あ、いや、今の段階でまだ将来結婚して家庭を持つかも、っていう可能性を放棄したいとは思ってない」
「だったらさあ、いつまでぐじぐじ過去の失恋にしがみついてるわけ?」
そんなこと言われても、と思ったが、そう言えば、なんでわたしはリアプレイザルなどということができず、中一のときの失恋を甘酸っぱい思い出に美化することができないのだろう、と不思議になった。シラコに聞いたところで、知らんわ、と言われそうなので、また「ヒューちゃん」に音声入力で問いかけた。
あなたがリアプレイザルできないのは、その恋がまだ完了していないからです。
音声で答えた「ヒューちゃん」の回答に、わたしとシラコは顔を見合わせた。だとさ、と、シラコがわたしの背中を、ぽーん、と突き押すように叩いた。「ヒューちゃん」曰く、リアプレイザルというのは、ある完結した出来事の記憶に対して起こるようなことであって、恋なら恋で「終わった」と思ったところからがスタートになるようだった。わたしの場合、ごめんなさいとフラれて終わるとか、付き合ってはみたけどダメだったとか、そういう明確な終わりがなくて、ただ「気持ちを伝えられなかった」という後悔だけが残っている。そのせいで、恋が終わらないまま何年もわたしの中に残り続けているということだろうか。だとしたら、このまま香取先輩が高校を卒業していったらどうなるんだろう。過去に引っ張られたまま恋ができなくなって、そのままシラコの言う通りの一生独身という未来も冗談ではなくなってくる。
「ほら、ちゃんと清算しろってこと」
「不倫みたいに言わないでよ」
「不倫くらい粘着質じゃん」
「いやでも、ずっとこのままの気持ちってことないよ、たぶん。終わった、ってちゃんと思うだろうし」
「今は?」
「今は──、どうかな」
「どう見ても終わってないじゃん。どうやって完結させるつもり?」
「どうやって、って、どうやればいい?」
「恋愛放棄界隈の人間に聞くなって。でも、めちゃくちゃ簡単なことじゃん?」
「簡単かな」
「もっといいオトコ掴まえて付き合うか──」
「簡単じゃないじゃん……」
「今度こそちゃんと、好きです、って言いに行くか」
そう言われた瞬間、あのバレンタインの日の記憶が、わっ、と戻ってきて、いたたまれない気持ちになった。なんと表現していいかわからないけれど、胸の苦しさとか、焦燥感と喪失感、恥ずかしさと情けなさ、あのとき感じた負の感情の詰め合わせが頭の前のほうに戻ってきて、子供がおもちゃ箱をひっくり返して中身をぶちまけるように、それが頭の中いっぱいに広がったような気持ち。シラコと二人で並んで歩いている路上で、この感情をどう処理していいかわたしにはわからない。自転車を押しながら意味もなくぴょんぴょん跳んでみたけれど、それで頭から感情が振り落とせるわけではなかった。
もし、わたしが店長だったら、この押し寄せてくる負の感情詰め合わせはもっともっと鮮烈で強烈で容赦ないのかもしれない。先輩の後ろ姿を見送った後にそうしたように、わたしはトイレの個室に駆け込んで、声を押し殺して小一時間泣くことになるんだろう。そんなことが頻繁に起こる脳ではなかったことを感謝するばかりだ。
シラコの言うことは正論だ。きちんと告白すれば、OKであってもフラれても、そこで一つの完結になる。わたしもそれくらいわかっているのだけれど、わかっているからと言って行動に移せるわけじゃない。バレンタインチョコの入った袋を持って立ち尽くしていたときの、あの体の重さ、息苦しさを例えるなら、お腹いっぱいであとほんの一口がどうしても喉を通らないときとか、長距離走のゴールまであと五メートルというところで息が上がって走れなくなるとか、そういう、わかってるのにどうにもならない感覚だった。今、わたしが香取先輩の前に立ったとしても、たぶんあのときと同じことになるだけだ。むしろ、もっと悪化しているかもしれない。先輩が中学校を卒業してから、一度も面と向かって話をしていないし、覚えていてもらえているかすら怪しいのに、好きです、などと言い出せるわけがない。
「できるわけなくない?」
「できないならできなくてもいいんだけどさ」
恋愛放棄界隈にようこそー、と、シラコが両腕を広げてハグを求めてくる。いやだ、絶対同調しない、と、わたしは少し早歩きで先に進んだ。高校一年生の時点で、生涯恋愛を諦めます、と宣言するほど、わたしに未来なんか見えない。
「話は変わるんだけどさ、シラコ」
「あ、逃げた。まあいいけど。なに?」
「今日のあのモンブラン、我孫子先生は納得すると思う?」
「するわけないんじゃね? 黄金、とか言ってんでしょ? だいたいさあ、こだわり強いオッサンって、そういうの絶対認めなくない? 全部自分が正しいって思ってっから」
「うーん、まあ。でも、先生はその辺のオジサンとは違うからなあ」
「最初の試食のときになんて言ってた?」
「これはモンブランではない、って」
「絶対同じこと言うって。学食のパスタランチ賭けてもいい」