*
「まあー、うめぇもんじゃないな。子供の飲みもんだ」
「一宮ちゃん、失礼でしょ、そんな言い方」
「変な忖度してうまいと言ったところで、誰かに何かいいことでもあるのか」
「まあた、ひねくれた言い方して」
わたしの目の前でそんなやりとりをしているのは、常連の小説家・我孫子一宮先生と、その知り合いの女性である栄さんである。栄さんもお店にしょっちゅう来る人で、年代で言うと我孫子先生と同年代、だいたい六十代くらいに見える。二人並んでカウンター席に座ることも多いけれど、別に結婚やら交際やらしているというわけでもないようだ。栄さんはスナックのママだそうで、我孫子先生はそのスナックの常連客でもあり、個人的な交友があるらしい。スナックというところがイマイチどういうところなのかわたしには想像できないけれど、やや口の悪い我孫子先生と、それをにこにこしながら転がす栄さん、という構図は微笑ましく見える。
今日は、栄さんが、懐かしい、と言ってクリームソーダを頼み、我孫子先生の分まで無理やり注文させていた。一緒に飲んで、子供の頃の思い出に浸りたかったそうだ。クリームソーダは栄さんが子供の頃からあるんですね、などとわたしが言うと、我孫子先生が半笑いで、百年以上前から日本で飲まれている、と教えてくれた。そんなに歴史があるものだとは思っていなかったので、結構びっくりだ。栄さんや我孫子先生の中の昭和のクリームソーダもアイスクリームと缶詰のさくらんぼが載ったもので、『サンセット・オレンジロード』のスタイルそのままだったようだ。ただ、栄さんの時代は緑のクリームソーダしかなくて、「スペクトル・クリームソーダ」のように他の色はなかった。栄さんは珍しがって、「一宮ちゃんは黄色が好きでしょ」などと言って、強制的に黄色いクリームソーダを注文していた。
「ねえ、そっちのクリームソーダは何味なの?」
「こんなもんに何味もないんだよ」
「そんなことないでしょう」
栄さんは自分のストローを我孫子先生の前の黄色いクリームソーダにすぽんと差し込んで、一口吸い上げた。さわやかレモン味、と笑って、でもやっぱりメロンソーダがいいわね、とストローを元に戻した。
「これがレモン味? バカ言うな」
「だって、ちょっと酸味があってレモンの味するじゃない」
「おい、店長、なんか言ってやれ」
半笑いの我孫子先生に振られた店長は、何も言わずにじっと栄さんを見る。栄さんの表情がだんだん曇って来て、え? ん? と首を傾げだした。緑と黄色のクリームソーダを交互に指さして、メロン味とレモン味じゃないの? と店長に向かって言うと、店長は、うーん、と少しとぼけた後、「同じかな」と答えた。
「えー、ほんとに? 嘘よぉ」
「だいたいな、あんたは先入観でものを見るから騙されるんだ」
「一宮ちゃんは、人を騙すプロだものね」
「詐欺師みたいに言うな、人聞きの悪い。人を騙すのはミステリを書くときだけだ」
咲良さんが、ウチも騙してるわけじゃないですよー、と、ちくりと釘を刺した。
そう。騙しているわけではない。
実際、メニューには色によって味が変わるなどと書いていないし、どの色が何味とも書いていない。店長は赤っぽいの、黄色っぽいの、青っぽいのという三種類の色がついたシロップと色のついていない透明なシロップの四種類を組み合わせて色を作っていて、注文が入るとそのシロップを混ぜ合わせてベースを作り、そこに炭酸水を注いで色を作っている。メニューのカラーチャートに書かれている色名それぞれ、四種類のシロップを何ミリリットルずつ入れるか、ということを全部記憶しているらしい。ベースのシロップは店長が作っていて、フランス製の透明なシロップをベースに、香草やスパイス、果物の皮や香料、そして着色料を組み合わせている、という話だった。なので、色違いでもすべて味は同じだ。
実は、わたしも最初、一番人気のクリームソーダがどんな味なのかと思って、仕事終わりに飲んでいったことがあるのだけれど、緑のベーシックなクリームソーダを飲んで、そのソーダ部分が「メロンソーダ」だと思って疑わなかった。後になって、メロンはおろか、メロンの香料も一切使っていないのでメロン味など一つもするはずがないということを知って驚愕することになったのだけれど。確かにメロンソーダの味がしたんですけど、と首をひねるわたしに、店長は「クロスモーダルだな」と笑っていた。なんのことやらわからない。
「でもね、一宮ちゃん、あたしはやっぱり違う味に感じるんだけど」
栄さんが何度か自分と我孫子先生のクリームソーダを飲み比べて、やっぱりちがう、などと首を振った。
「目をつぶれ、目を」
「目を?」
「俺がどっちか飲ませてやるから、どっちか当ててみろよ」
「え、そんなの簡単よ」
我孫子先生の挑戦を受けて立つ、とばかりに目を閉じて口を開いた栄さんの口に、我孫子先生がストローを突っ込んで飲ませた。飲むなり、栄さんが、「むぇっ」と声を出した。どうやら、どっちだかわからなくなったらしい。味は同じだからそりゃそうなのだろうけど。ただ、栄さんはメロン! と答えて、緑のクリームソーダを当てた。
「ほら当たった」
「ヤマカンだろ。実際、メロンの味なんかしたか?」
「んー、よくわからなかったかも」
「そりゃ当たり前だ。メロンの味なんかしねえんだから。頭が、緑のソーダ見るとメロン味だって思うんだよ。ガキの頃からそう刷り込まれているからだ」
「えー、そんなことある?」
「かき氷のシロップだって同じだろう。色が違うだけで全部同じ味だ」
我孫子先生のいうことはどうやら正しいらしい。わたしたちの感覚は一つの感覚だけで何かを感じ取っているわけじゃなくて、ご飯を食べたとき、においが味に影響するとか、風鈴の音を聞くと少し涼しく感じるとか、一つの感覚に別の感覚が影響する。それが店長の言っていた「クロスモーダル」というものらしい。中でも、人間は視覚にものすごく影響を受けるようで、クリームソーダの色を見ると、たとえ味が同じでもその色に応じた味に感じてしまうそうだ。ソーダだけに。
「だったらさ、味は全部同じです、って書いとけばいいじゃないの」
「だって、もったいないでしょ、それ」
店長がそう答えると、栄さんがきょとんとした顔で「もったいない?」と聞き返した。わたしも店長の言っている意味がよくわからなくて、心の中で「もったいない?」と聞いた。
「だいたい、みんなこういう飲み物に思い出があるでしょ? 小さい頃に飲んだ、とか」
「まあ、確かにあたしもね、ちっちゃい頃に両親にパーラーに連れてってもらって、クリームソーダ飲んだ思い出があるのよ。お店の前のサンプルでときめいちゃって。こんなきれいな緑色の飲み物なんか普段飲ませてもらえないから、憧れだったわあ」
「何も言わなければ、みんな自分の中からそういう記憶を引っ張り出せるでしょ? だいたい幸せな記憶なんだ、そういうのは。でも、どの色も同じ味ですって言っちゃったら、たぶん思い出とリンクしなくなるんだ。自分の知らないものになっちゃうから。そしたら、同じ価格なのにおいしさも半減しちゃってもったいないんだよ」
「そういうものかしら」
「甘みと酸味の組み合わせで、メロンだと思えばメロンっぽくもあるし、レモンだと思えばレモン、イチゴだと思えばイチゴっぽい味になるようにしてあるからね」
「なんか、そう考えると、人間って適当よねえ」
「メロンが入ってなくてもメロンって思えたら得だし、嫌なことは忘れていいことだけ覚えてるのも、クリームソーダくらいの鍵でその思い出を引っ張り出してこれるのも、生きていくのにちょうどいいよ」
店長の言うことは、なんとなく理解できる。
人間は、適当で、細かいことがわからないほうが幸せだと思うこともある。クリームソーダの秘密がわかってしまうと、もうそれ以降は緑のソーダを飲んでもメロンを感じなくなってしまう。知らなくていいこともあるし、忘れたほうがいいこともある。必要なことだけを知って、必要じゃないことを忘れていけるなら、そういう人生の方がきっと幸せだ。
だからわたしは、早くあの中学校のときのトラウマを忘れたい。
自分に自信をつけて、何もできずに勝手に失恋した自分を忘れたい。
いらっしゃいませ、という咲良さんの声で、わたしはまたバイト中であるという自分のフィールドに戻ってきた。ああ、今日もこの時間か、と思う。夕方、太陽が海に沈んでいく時間に、ここのところ毎日、訪れるお客さんがいる。
きみさんだ。
先日、アキラさんと一緒に『大網食堂』に行ったとき、大網さんからいろいろ話を聞いた。きみさんは「白里季美」という名前で、大網さんとは高校一年のときから付き合って、三年間ずっと恋人であったらしい。でも、大網さんは食堂を継ぐために地元に残り、季美さんは東京の大学に出ることになった。それで、二人は別れを決意したのだという。
季美さんはいつもお客さんの少ない時間帯に来て、テラスに出る窓の手前、外に一番近い席につく。わたしが水とペーパータオルを持っていくと、いすみちゃん、また来ちゃった、とはにかんだ。アルバイトに入る度に季美さんと顔を合わせているので、もうお互いに顔も認識して、名前も伝え合った。わたしはもっと早くから季美さんの顔も名前もわかっていたけれど。
「ご注文はお決まりですか?」
「そうだなあ。じゃあ、クリームソーダ」
「いつも通り、緑でいいですか?」
「うん。メロンソーダのやつで」
メロンソーダではないんです、とわたしは言うことなく、オーダーを取る。初日に友人たちと来ていたときは「炭酸が苦手」「すぐ冷える」と言っていた季美さんは、一人で来るようになってからは毎回クリームソーダを注文する。他に、軽くデザート類を頼むこともあるけれど、ドリンクは必ずクリームソーダで、色は緑だ。本当はこういうドリンクが好きなのかも、と思ったけれど、様子を見ているうちに、なんとなくだけど、それも違うのかなと思った。
一人で時間を過ごす季美さんは、たまにスマホをいじる以外は特に何もせず、ぼんやりと外を見ていた。八月に入ってからはほとんど雨が降っていなくて、毎日夕焼け空が見える。海に落ちていく夕日を、季美さんは何を考えながら眺めているのだろう。東京で美容系の仕事をしているはずだけど、今はお休みなのだろうか。お休みだとしたら、毎日ここでこうして時間を使うのはもったいないんじゃないだろうか。いろんなことを考えてしまうけれど、わたしは季美さんに聞くことはできなかった。
窓辺で頬杖を突き、外を眺める季美さんは、とても絵になる。
でも、その絵はなんだか寂しげな絵だった。
*
もー、いや!
廊下から母の金切り声が聞こえて、リビングにびりりと緊張が走った。床に寝転がってテレビを観ていた父が起き上がり、ソファの端に座って携帯ゲームをやっていた弟の岬がわたしに視線を送る。スマホで動画を見ていたわたしも、立ち上がって少し室内をうろうろした。そこに母がどすどすと足音を立ててやってきて、リビングに入るなり、全員出ていけ! と大きな声を出した。
うちはいまどき珍しい専業主婦家庭で、基本的に家事は母の担当になっている。父は建築系の技術職で、普段は仕事が忙しくてなかなか家にいないので家事はあまりやらない。ただ、ここ数日はお盆休みで家にいて、わりと一日中ゴロゴロしている気がする。わたしと岬も夏休みだけれど、暑くて外出する気にもならなくて、岬は一日中携帯ゲーム機で友達と通信対戦しているし、わたしもアルバイトの日以外は家にいる。それが、母のストレスとなって積み上がり、ついに爆発したらしい。
「お昼なんて作らないから! 外で食べてきて! 邪魔! 掃除の邪魔!」
家を追い出されても、カンカン照りの太陽の下を歩いていきたいところなど何もない。父はスロット打ちに行く、と車に乗って出ていってしまい、岬は同級生の家に避難することにしたようだ。わたしは、唯一、急に誘える相手であるシラコに連絡を入れたものの、あいにくシラコは家族旅行中だった。行き場を失ったわたしに残された行き先はたった一ヵ所である。
学校の図書室だ。
酷暑の中、あえぎあえぎ自転車で学校まで行き、夏休み期間中も開放されている図書室へ向かう。サウナのような校内で唯一冷房が効いた図書室では、受験生の先輩たちが夏休みもお盆もなく勉強していた。成田先輩の姿もあったが、真剣な顔で勉強しているところを邪魔もできず、図書室の端っこの方で縮こまりながらわたしは本を読むことにした。
読書は好きだ。子供の頃から童話や小説を読むことが好きだった。本を読んでいる時間は、自分から逃避できるからだと思う。現実世界でのわたしには制約がたくさんあって、思い通りにはならないものだということを、わりと小さい頃から感じていたのかもしれない。束の間、静かに落ち着いた時間を過ごしながら、自分の意識を違う世界に飛ばすのが大好きだ。
この感覚を共有してくれる人はあまりいない。両親が本を読んでいる姿を見たことはないし、岬も興味を示さない。シラコも、活字は苦手、と笑うだけで、わたしの話を聞いてくれない。先日は、あの我孫子先生の若かりし頃の大ヒット小説を読んで、わたしはいたく感動した。ご本人が厳めしい感じなのでハードボイルドとか歴史系なのかと思ったら、意外にも純愛系で驚いた。文章がとても繊細で、まさかお店の常連さんがこんなに美しい小説を書く人だなんて思いもしなかったので、その感動を誰かに伝えたいのに、受け取ってくれる相手がいない。
中学生のとき、わたしは図書委員だった。図書委員会に入れば、きっと周りの人はみんな読書好きで、友達になれるのではないかと思って前のめりに立候補したのだけれど、現実はわたしの理想とは違った。委員会所属を決めるときに「なんか楽そうだから」という理由で入ってきていて、それほど読書が好きなわけじゃないとか、なんなら本など一切読まないという人が多かったのだ。
一年生で最初の委員会では、図書室の活用促進のための取り組みが話し合われて、わたしは「毎週、図書委員がおすすめ図書を紹介する掲示をしてみてはどうか」という意見を出した。担当の教師は大絶賛してくれて、さっそく「やろう」という話になったのだけれど、各々がおすすめを出したのも最初の一ヵ月だけで、だんだん誰もやらなくなっていった。わたしは、ただ空気が読めず、ウザいだけの一年生に見られていたかもしれない。
言い出した手前、わたしは毎週、おすすめの本三冊を掲示し続けたのだけれど、当然モチベーションも落ちる。もうやめてしまおうかな、と考えていた時に、ふと、貸出記録から、毎週必ずわたしがおすすめした三冊が借りられているということに気がついた。いったい誰が、と思っていた矢先、わたしが貸出担当をしている日に、目の前に三冊のおすすめ本を置いた人がいたのである。
それが、香取先輩だった。
わたしが、驚いて「これ、おすすめ本」と思わず言うと、香取先輩は少しはにかみながら、読書初心者でなに読んだらいいかわからないから、と笑った。先輩は国語の成績が伸び悩んでいて、国語の先生から本を読んだ方がいい、と言われたことをきっかけに、図書室で本を借りて読むことにした。でも、何から読んでいいかわからなくて、おすすめ本を借りる、ということにしたらしい。
いつもはずれがないから助かってるんだ。
先輩はそう言って、また来週もおすすめ楽しみにしてるね、と言ってくれた。たぶん、わたしの心に香取先輩が根を張ったのはその瞬間だったと思う。
香取先輩と図書室で顔を合わせるたびに会話をするようになって、あの本のここが面白かった、みたいな話をしてくれるようになった。もちろん、学年も違うし、会うのは図書室だけだったので、深い話ができたわけじゃない。でも、わたしの人生で、わたしが好きなものを人が好きだと言ってくれて、その感情を共有できたのは後にも先にもあれが初めてだった。
その幸福な瞬間は香取先輩の卒業と同時に終わりを告げ、残りの中学二年間、わたしは図書委員を続けるものの、香取先輩のような人は最後まで現れなかった。それはどこかぽっかりと穴の空いたような時間で、わたしの中学生活は結局あまり充実しなかった。
海辺高校への進学は、両親もそうすべきと思っていたようで、我が家では暗黙の了解だったけれど、心のどこかで、もっと都市部の高校に行きたいという思いもあった。その思いに引っ張られずに海高に進学したのは、香取先輩が海高に行ったということも影響したんだろうと思う。でも、高校生になってから図書委員にはならなかった。先輩がまだ読書を続けているかもわからないし、続けていたとしても、離れていた二年の間に香取先輩はわたしのことなど忘れているだろう。声をかけて、「誰だっけ?」という顔を少しでもされたら立ち直れなくなりそうだから、話しかけることもできずにいる。
わたしはどうしたいんだろう、といつも思う。香取先輩に思いを伝えられなかったトラウマを払拭したいのか、香取先輩と付き合いたいのか、ただ垢抜けて陰キャを卒業し、モテ女になりたいのか。海高に進学して海辺町にとどまりたかったのか、本当は高校で海辺町を飛び出したかったのか、ゆくゆくは東京とか、大きな街の大学に行きたいのか。
季美さんは、どうして大網さんと別れて東京に出ていったんだろう。
海をぼんやりと眺めている季美さんの横顔を思い出すと、季美さんが海辺町を出ていったとき、どんなことを思っていたんだろう、と考えてしまう。わたしには、進路を決める、ということが難しすぎて、なんでみんな当たり前のように進路を選べるんだろうかと不思議でしょうがない。
図書室に来て、もう二時間も読書をしているのに、借りた本はまだ四分の一も読めていなかった。作品の中に入り込もうとしても、現実がわたしをひっぱり戻してしまってそれができない。思えば、高校受験を前にした中三くらいから読書量が減り始めて、自分の居場所のように思っていた図書室とも少し疎遠になった。高校で図書委員にならなかったのも、以前のように無邪気に「読書が好きだから」と言えなくなってしまったからだった。
しおりを挟んで本を置いて、少し固まった体をほぐそうと軽く伸びをすると、ちょっとごまかしがたい音量でお腹が鳴った。向かい側に座っていた先輩と思しき女子が目を丸くしてわたしを見て、笑うのを堪えているのか、口元をぷるぷるさせた。恥ずかしさのあまり顔が熱くなって、わたしは借りた本をかばんに突っ込み、逃げるように図書室から外に出た。
本を読みながら思考の沼に落ちて脳を酷使したせいか、体がエネルギー不足を起こしたのかもしれない。お腹が空いたな、と自覚すると、頭の中を「おなかすいた」が埋め尽くしていって、他のことは考えられなくなった。わたしはなんでこう単純で適当なのだろうと思うけれど、そうでなければいつまでもネガティブな思考にハマって抜け出せなくなってしまうのかもしれない。お腹が空くとご飯のことしか考えられなくなるとか、メロン味もしないのに緑色というだけでメロンの味を感じられるとか、神様というのは基本善意で人を作っているようで、人というのは幸せになれるようにできている。なのになあ、わたしときたらなあー、とぐちぐち言いながら、わたしはぐうぐうなるお腹を抱えて学校を後にした。
*
海辺町の中高生が、おなかすいた、と思ったとき、必ず選択肢に挙がるお店がある。それが、『満腹亭』だ。店の入口の上に掲げられた古めかしい看板には、『飯が山盛り・満腹亭』と書かれており、その謳い文句の通り、とにかく安くてボリュームのあるごはんが食べられる、腹減り学生の聖地のような場所だ。場所は、学校から歩いて十二、三分くらいのところにある海辺町唯一の電車の駅の近くで、お店はわたしのはるか上の先輩の時代からあるらしく、二世代、三世代できている人もいるくらいで、海辺町ではたぶん知らない人はいない。運動部の男子向けの大盛りごはんもあるけれど、普通盛もリーズナブルなので、女子でも結構通う人は多い。わたしも中学の頃は卓球部に入っていたので、よくお世話になった。お正月の三が日以外は無休で、学校の近くでお盆のど真ん中に開いている店は、チェーン店以外だと『満腹亭』しかない。
学校の図書室を出て、はよごはんをよこせ、と騒ぎ立てる胃袋を押さえて駅前に向かい、勝手知ったるお店に入る。『満腹亭』は、「海辺町の母」などと呼ばれる名物おかみさんがいることでも有名だ。わたしの年代から見ると、母というよりはおばあちゃんではあるけれど。明るくて気さくな人で、店に来る子供たちの名前をほぼ全員把握していたと思う。中学時代はわたしも普通に名前や顔を憶えられていて、よく声をかけてもらった。高校に入ってからは、部活にも入らず、ちょっと体形を気にしてダイエットなど始めてしまって『満腹亭』とは疎遠になったから、おかみさんもさすがにわたしのことを覚えてはいないだろうけれど、にしても、『サンセット・オレンジロード』の店長といい、飲食店をやっている人は特別記憶力がよくなるのだろうかと不思議でならない。
今日はおかみさんの姿はなく、わたしはちょうど空いていたテーブル席に案内された。さすがにお盆休みでいつもよりは空いているけれど、現場系のおじさんお兄さんと、運動部っぽい格好の中高生がちらほらいて、ちゃんとにぎわっている。先日訪れた『大網食堂』よりもさらにレトロ感満載の店内は、わたしにしてみれば不思議な空間だ。両親の話とか、映像でしか知らない昭和がそこにある。たぶん、都会で生まれ育った中高生よりは、海辺町で育った人間は昭和の残り香の中で育ってるんだろうけれど、わたしが行く場所の中で、その香りが一番濃いのがこのお店である気がする。
ほんとにこれ全部作れるのかな、と思うほどのメニューの数に毎度圧倒されながら、本日のランチを選ぶ。カツカレーや麻婆丼、オムライスにチャーハン、ナポリタンにチーズハンバーグと、ハイカロリーで心惹かれる背徳飯の数々を目で追いながら、自分のお腹をさする。これを食べてしまったら太りそう、という罪悪感に苛まれて自分の食欲に正直になれず、最終的に野菜タンメンを選んだ。「野菜」だけが、罪悪感を感じずに済むワードだったからだ。
アルバイトのお兄さんに注文をし、待っている間にほけっとしながら店内をぼんやり見ていると、少し離れた正面のテーブル席に若い女性のお客さんが一人いるのが目に入った。学生じゃない若い女の人は珍しいな、と思った瞬間、喉に心臓がぼこっとぶつかった気がする。それは間違いなく、あの季美さんだったのだ。
今日の季美さんは、いつもの都会的でおしゃれな季美さんとは雰囲気がまるで違う。服装はシンプルなTシャツとデニムのパンツで、ちらりと見えた靴はなんと長靴だ。髪の毛は雑に後ろに束ねていて、いつものゆるっとうねった大人ヘアではなかった。顔もほぼノーメイクで、顔立ちや肌のきれいさはさすがとしか言いようがないけれど、あの、ぱっと輝くような華はなく、『満腹亭』のガチャガチャした空気の中に溶け込んでいた。よく見れば、え、あの人めちゃくちゃ美人じゃない? とわかりそうなのだが、季美さん自身がそんな気配を出していないせいか、誰も季美さんの存在に目を向けていなかった。
しばらくすると、アルバイトの人が季美さんの前にチャーシューメンと半チャーハンと餃子、というギルティセットを運んできた。『満腹亭』のラーメン丼は洗面器サイズだし、半チャーハンが決して「半」じゃない。餃子も普通の餃子より大ぶりのものだ。あの華奢な季美さんがこんなに食べられるの? と、なぜかはらはらするわたしをよそに、季美さんは髪の毛を結び直してアップにし、割りばしを割って、まずはラーメンをすすった。それがなんというか、言葉を選ばずに言うなら、男らしい、というか、豪快というか、小気味いいほど、ずばん! という食べ方で、わたしがイメージする、「都会の女性が片手で髪の毛を押さえながらちゅるちゅるラーメンを食べる様子」とは対極の食べ方で驚いた。季美さんは眉間にしわを寄せて、これこれ、と言うように何度かうなずき、間髪をいれずにれんげでチャーハンを口に押し込んだ。ほっぺたを少し膨らませて、もくもくと口を動かす季美さんは、これまでの「都会的美人」というイメージを完全にぶっ壊してはいたものの、かわいらしいお姉さん、という新たな魅力が全開だった。
このシチュエーションで気づかれたらだいぶ気まずい、と思って、わたしは文庫本を広げ、顔を隠すように持った。気づかれたくないのに、わたしと季美さんの直線上のテーブル席が次々空いて、視線を遮蔽する人もいなくなってしまった。落ち着かなくて出ていきたかったけれど、もう注文もしてしまったのでそうもいかない。せめて季美さんに背中を向けるポジションの席に移動しようかとも思ったけれど、下手な動きをすると余計に気を引いてしまうのではないかと思ってそれもできなかった。
このまま季美さんが気づきませんように、と心の中で手を合わせているうちに、わたしの「野菜タンメン」が運ばれてきた。運んできたのは、さっきまで店に出ていなかったあの名物おかみさんである。どうやら裏で休憩していたらしい。
「あらやだ、いすみちゃんじゃない、元気だった?」
店内に、快活すぎるおかみさんの声が響き渡った。わたしのことを覚えてくれていたのはすごくうれしい。すごくうれしいのではあるけれど、おかみさんの横からちらりと見える季美さんは、大きな餃子を半分口に入れながら、目をまん丸にしてわたしを見ていた。