「もらった花瓶」
現在二十五歳の早紀さんが専門学校に通っていた頃の話。同じクラスに春子という女の子がいた。春子はどちらかというと地味なほう。明るい話題を振ることも、笑顔を見せることもあまりなかった。
そんな春子になぜか気に入られたらしく、早紀さんだけはよく話しかけられた。
「私、最近、料理にハマってるの」
あるとき春子はそう言った。
「へぇー、そうなんだ。私も料理上手になりたいんだよね」
「それなら今度うちに来ない? 一緒に何か作ろうよ」
ほんの調子合わせで行った言葉が春子の心に火をつけたようだった。断ることができず、早紀さんは日曜に春子が一人暮らしをしている部屋へ行くことになった。
クリームシチューを作ることになり、共に材料を買って春子の部屋に向かう。
ワンルームだった。キッチンは一口のコンロと狭いシンク、そのあいだにわずかな調理スペースがある。
「それじゃあ始めようか」
春子はまな板を出し、野菜を切りはじめる。そのときになって早紀さんは、妙なものに気づいた。
狭い調理スペースに、陶製の花瓶が置いてあるのだ。薄汚れた茶色。ひびが入っていて、骨董品屋の片隅で眠っていそうな代物だ。どう見ても、若い女性の一人暮らしの部屋には似つかわしくない。
花瓶には、枯れた花が一本刺さっていた。ドライフラワーなどではなく、葉も茎もからからに干からびた、花の残骸──。
「これ、向こうに持っていくね」
早紀さんがその花瓶をつかんだ瞬間、
「触らないで!」
春子がキッと先を睨みつけた。あまりに大きな声だったので手をひっこめた。
「ごめんね……大事な友だちからもらった物なの」
そしてまた黙々と野菜を切りはじめる。早紀さんは何も言えず、その様子を見守るだけだ。するとしばらくして春子が口を開いた。
「その友だち、自殺しちゃったんだ」
「ああ……」
早紀さんはなんと答えていいかわからなかった。
「でも、キッチンに置くことはないんじゃない? その……作業の邪魔だし」
「ここじゃなきゃダメなの」
それ以上は何も質さなかった。シチューを作って食べて片付けをするあいだ、ただ気味が悪くてしょうがなかった。
それからしばらくして春子は休みがちになり、ついに学校を辞めた。早紀さんはその理由を知らされなかったが、人づてに変な噂を聞いた。
学校をやめる少し前、休みがちになった娘を心配した春子のお母さんが、一人暮らしの部屋を訪ねたことがあった。その日、春子は大声をあげて暴れ、母親を追い出したらしい。
あの古びた花瓶が関係しているのだろうと、早紀さんは今でも思っている。
「独鈷」
先日、仕事で知り合ったHさんという四十代男性が、「中学校の頃、社会の先生に聞かせてもらった話なんですけど」と、教えてくれた。
仮にこの先生をミツオさんとする。
ミツオさんは海外旅行が好きで、世界各地の工芸品を買ってきては、アパートの一階の狭い部屋に並べて楽しんでいた。
あるとき、インドに行った友人Aからお土産として四十センチメートルくらいの独鈷をもらった。独鈷というのは、真ん中に握る部分があり、両端がナイフのようになった道具である。今では法具の一つとして認識されるが、もともとは古代インドの武器であり、ミツオさんがもらったそれも両端の尖った部分は触ると危なそうだった(日本に持ち込むときに銃刀法の対象にならなかったのか不思議だ)。
ミツオさんはそれがとても嬉しかったので、コレクションのいちばん目立つところに飾っておいた。ところが、その晩から嫌な夢を見るようになった。
独鈷を持った何者かに追いかけ回され、最終的に胸を刺されるのである。
何日も続いてその夢を見るので、やっぱりもらった独鈷に原因があるのだろうと、気味悪く感じられた。Aに連絡を取り、「あの独鈷、返すから引き取ってくれないか?」と言ったが、Aはなぜか、頑なに拒否した。これ以上部屋に置いておくのは嫌だ。だが捨てるのも気が引ける。
悩んだ挙句ミツオさんは、深夜誰も見ていない時間を見計らい、アパートの庭に独鈷を埋めた。
その晩から、ぴたりと悪夢を見なくなった。
(ああよかった、これで処理の方法は合っていたんだ)
安心したら、怖がっていた自分が滑稽に感じられてきた。それで、二週間ほど経って開かれた飲み会で、独鈷をくれたのとは別の友人Bに、一連のことを笑い話として話した。
「お前さあ」Bは呆れたように言った。「人からもらった土産物を土に埋めるなんて、どういう神経してんだよ」
そんなやつとは友人関係を解消する、というような勢いだったので、ミツオさんは反省し、独鈷を掘り返すことにした。
アパートに戻り、シャベルを持ちだし、二週間前に埋めた場所を掘る。
ところが、いくら掘っても独鈷は出てこなかった。目印になる植木との位置関係から、そこであるのは間違いない。おかしいなと思いはじめたとき、
(あれ……)
埋めた個所から、まるでモグラが移動したかのように、ちょっと土の盛り上がった道筋が二メートルほど続いている。その先端を掘り起こして見ると、独鈷が出てきた。明らかに自分が埋めた場所とは違う。まるで土の中を独鈷がひとりでに移動したような感じだ。
(どこに向かおうとしていたんだ?)
と、その道筋の先を見て、ゾッとした。
ミツオさんの住む、一階の部屋だったのだ。
ミツオさんがその独鈷をその後どうしたと話してくれたのか、Hさんは覚えていない。
『ソウルメイト 怪談青柳屋敷・離館』は全4回で連日公開予定