生成AIの進化スピードが世界を揺るがす昨今。2044年の近未来を描いた新馬場新氏の小説『沈没船で眠りたい』は、まさにその激動の渦中で執筆された。「書いている間に世界が追いついちゃう」。著者が直面した現実とのリアルな追いかけっこと、作品の核にある「人間のアイデンティティ」崩壊に対する恐怖について、ChatGPTが一気に台頭した2023年の単行本発売時に行われた貴重なインタビューを特別再公開します。

撮影=武田敏将

 

多くのものが取り替えられていく社会で、私たちはどう生きていけばいいか。

 

──まずは、今回の作品を書こうと思った時期と、きっかけについて教えて頂けますか?

 

新馬場新(以下=新馬場):2021年の年末に原案を思いついて、年明けに企画書を送りました。書こうと思ったきっかけこそはっきり覚えていませんが、昔から思考実験の類いが好きだったので、『テセウスの船』を題材にした話を提案したのだと思います。

 

──2021年末から考えると、現在は人間と機械(AI)の関係性も大きく変わったように感じます。

 

新馬場:企画当時はまだ生成AIの発展も世間的には穏やかだったので、執筆中に急に騒がれ出して焦ったのを覚えています。「やばい。これ書いている間に世界が追いついちゃう」と。ちょうど2022年の末から2023年の初頭、改稿作業をしているときにChatGPTが一気に台頭して、想像以上の速度で世の中に普及していったので、いま描いている2044年が古く感じられてしまうと思い、改稿時にはかなりの量の修正をしたことを覚えています。

 

──ご執筆をされているその瞬間に進化する現実を作品に影響させるというのは、凄まじい労力がいることのように感じます。続いて、作品の大きなテーマと、一番描きたかったことについて教えて頂けますか。

 

新馬場:「どこまで取り替えられたら、それはそれでなくなるか」。つまり、同一性の問題がメインテーマです。

 そのテーマのなかで、「同一性を失うことの怖さ」を描こうと思っていました。この「同一性の喪失」はなにも個人に限った話でなく、家庭、街、国にも及びます。多くのものがどんどん取り替えられていく現代社会のなかで、それでも同一性を保つものはなにか。私たちはどのように生きていけばいいか。私自身、それが知りたくて、本作を書きました。

 

──それは急激に変化する社会に生きる現代人が抱く不安にも通じると思います。本作では実在する小説のタイトルなどがいくつか作中に登場しますが、今回の作品の執筆にあたり、特に影響を受けた作品や事柄などはありますか?

 

新馬場:一番影響を受けたのは、『祈りの海』(著:グレッグ・イーガン 訳:山岸真/ハヤカワ文庫SF)に収録されている「ぼくになることを」という短篇です。初めて読んだ時、ものすごい衝撃を受けたことを覚えています。本当に、すごい衝撃でした。作品を読んで頂いた方には、ぜひこちらも読んで頂きたいですね。

 あと影響を受けたことで言えば、社会の発展全般ですね。かつて祖母が地元の商店街を歩きながら、「この町も変わっちゃったよ」と呟いていたのですが、ぼくからすれば今も変わらず「同じ町」で、じゃあ「同じであること」ってなんなんだろうということを考えたことがあり、そうした経験が本作にも繋がっていると思います。

 

──2044年という近未来を舞台設定にした物語を描くにあたって、最も留意したこと、あるいは難儀したことはありますか?

 

新馬場:日進月歩の科学技術を相手に、どこまで現実と地続きの未来を描くことができるか、という点に尽きます。

 先ほどもお話しした通り、企画段階では生成AIもまだ静かでした。それがこの半年程度で一気に弾け、社会は大きく変容しました。執筆中に、未来が大きく更新されてしまったのです。

 もしかしたら明日にも、僕が想像している「20年後の日本」は古いものになっているかもしれない。そうした現実との追いかけっこを繰り広げつつ、社会構造から、日常の些細な行動まで、作中描写にリアリティを持たせるのには苦心しました。ギリギリまで粘った甲斐もあり、納得のいくものになりましたが、執筆中はひやひやしっぱなしでした。

 

(後編)に続きます

 

【あらすじ】
加速度的に発展するAIによって、人間の就く職が減少することを憂いた人々が機械の打ち壊し運動を起こす最中、首謀者と関わりを持つ一人の女子学生が機械を抱いて海に飛び込んだ。彼女はなぜ、機械と心中まがいの行動に至ったのか──? 絶えず変化していく世界を、その中に生きる人間を、変わらずに愛することが出来るかを問う、慟哭のシスターフッドSF!