社会の教科書にも出てくる「中華随一の暴君・煬帝」。遣隋使を派遣していた当時の日本とも関係が深かった中国の隋の二代皇帝にして最後の皇帝だ。酒色に耽り、気に入らない者はすぐに処刑する。運河の工事のために何万人もの労働者の命を奪った──など、後世に語り継がれる悪逆非道は限りない。そんな隋の煬帝を取り上げ、あらたな「煬帝像」を提示しつつ、「暴君×美少年」のブロマンス小説に仕上げたのが千葉ともこ著『煬帝と少年』だ。著者の千葉ともこさんにお話を聞いた。
──今回発売された『煬帝と少年』は、翼の形のあざを持った少年「翼」と、中国史において暴君として知られる隋の第二代皇帝「煬帝」の二人を中心とした物語です。翼がまだ皇帝になる前の「楊広」に仕え、当初は彼を憎んで陥れようとしていたものの、その本当の姿を知ることで関係性が変わっていく……というストーリーですが、まずは執筆のきっかけを教えてください。
千葉ともこ(以下=千葉):最初は、「悪役の役割を与えられた人」を書いてみたかったんです。正義の主人公ではなく、悪役側の物語をずっと書きたいと思っていました。中国史で暴君といえば、最初に頭に浮かぶのが煬帝(楊広)なので、まさにぴったりだなと。
──歴史の教科書でも、やはり暴君としてのイメージが強いですよね。
千葉:そうですよね。ただ、調べていくうちに「この人は面白い、小説という形でその生き様を追ってみたい」と思うようになりました。創作の世界では悪役として醜い容姿で描かれがちですが、歴史上の彼は実はかなりの美形だったという記述があって驚きました。さらに研究者の先生方の御著書などを読み解いていくと、歴代皇帝の中でもトップクラスに有能で、政治的なセンスや先見の明もあったという、持っていたイメージとは全く違う姿が見えてきたんです。それで、ぜひこの人物を書きたいと思いました。
──日本の歴史でも近年、かつての悪人だった人物の再評価が進む流れがありますが、煬帝もまさにそういうイメージでしょうか。
千葉:おそらくそうではないかと思います。ただ、煬帝の暴君イメージは強烈ですから、それを覆すのは難しいだろうなと思いつつ、そこが挑戦したかったところでもあります。
彼は隋が滅ぶ時の皇帝なので、「悪役」としての役割を押し付けられてしまっています。でも、本人は自分を悪役だなんて思っていなくて、「世の中を良くしたい、民を幸せにしたい」という強い志を持っていたはず。自分が貼られているレッテルと、本当にやりたいこととの矛盾が、物語の中でどう転がっていくのか。私自身も興味を持って執筆に臨みました。
「歴史小説」としてのリアリティと、読後感のバランス
──執筆時に、一番苦労されたのはどのような点ですか?
千葉:煬帝を扱う上で、読者を嫌な気持ちにさせないことです。暴君として多くの民を死なせてしまったという史実は動かせません。そこを変えてしまうと別のジャンルになってしまうので、歴史小説として最低限守るべきラインは意識しました。その上で、私が小説でやりたいのは人間賛歌ですので、読後感が良く、読んだ人に元気になってもらうためにはどうすればいいか、そのバランスがすごく難しかったですね。
──主人公である少年「翼」のキャラクターも、煬帝との対比になっていて魅力的ですね。
千葉:翼は「傾国の美少年」なんです。国を滅ぼすほどの美しさを持つ少年と、実際に国を滅ぼしてしまった皇帝。つまり「両方とも国を滅ぼす宿命にある二人」の組み合わせにしました。そんな宿命の二人が、実は「国を良くしたい」という志を持っていたり、世間から貼られたレッテルとは全く別の内面を持っている、というギャップを描きたかったんです。
──物語が進むにつれて変化していく、二人の関係性が見どころですね。
千葉:はい。読者の皆さんも最初は楊広に対して嫌な印象を持たれると思うのですが、翼の目を通じて、彼の一味違う素顔を一緒に見つけていっていただけたら嬉しいです。
──主人公たちの周りを固める登場人物も魅力的です。特に、翼と同じ楽団にいて、血は繋がっていないものの翼の姉ともいえる存在だった「護冬」が印象に残りました。
千葉:隋の時代の女性なので、きちんと「芯のある女性」として描くように意識していました。どうしても歴史物だと「男尊女卑の世界に生きる女性」というイメージを持たれがちですが、この時代には、楊広のお母さんに当たる皇后が夫である皇帝に他の女性に子どもを産ませないと誓わせたりと、芯の強い女性のエピソードが残っていますので。
──たしかにいろんな場面で護冬の芯の強さが見えてきます。
千葉:一番のお気に入りですね。本当に芯が強くて、私が頭で考えなくても、彼女が勝手にセリフを喋り、勝手に動いてくれるような感覚のキャラクターでした。
超朝型のルーティンと「中華エンタメ」への情熱
──普段の執筆スタイルについてもお聞きしたいのですが、どのようなスケジュールで書かれているのでしょうか。
千葉:以前は公務員をしながら執筆活動をしていました。当時は子どもがまだ小さかったので、夜10時に寝て、朝の2時に起きて6時まで4時間書くという生活だったんです。でも、さすがに体力が持たなくなってしまって(笑)。その後は朝4時に起きて2時間書くというルーティンに落ち着きました。現在は専業作家になりましたが、今でも朝早く起きて書くスタイルは変わっていません。資料の読み込みなどは、日中の隙間時間を活用しています。
──現在は執筆だけでなく「ケルンの会」や「中華エンタメ作家の会」などの活動もされていますよね。時間の使い方が本当に素晴らしいなと感じます。
千葉:楽しいことをしている時間って、自分の中で時間にカウントされていない感覚なんです(笑)。いつの間にか1日が24時間じゃなくて、28時間くらいに延びているような気持ちで活動しています。近々のイベントとしては、8月1日に「中華エンタメ作家の会」のメンバーが登壇するトークイベントが開催されます。中国の古い靴や食べ物に関するトークをはじめ、サイン会や懇親会なども予定しています。
──中国史は周辺国との繋がりや影響も見えて、とても面白いですよね。日本とも深い関係がありますし、それが分かるとより深く物語を楽しめる気がします。それでは最後に、読者の皆様へ本作の読みどころをお願いします。
千葉:稀代の暴君と、傾国の美少年。過酷な運命に立ち向かう二人の活躍を、ぜひ最後まで見届けていただけたら嬉しいです。