中国の長い歴史のなかでも「屈指の暴君」として知られる隋の二代皇帝・煬帝。巨大運河建設のために多くの人民を犠牲にし、在位中は戦争に明け暮れ、あげくのはてに裏切りの連鎖を招いて最後は処刑されたことは有名です。中華エンターテイメント小説で次々と新しい作品を生み出している千葉ともこさんの新刊は、まさにこの暴君を扱った一冊で、隋の煬帝と彼に仕えた美声を誇る美少年の物語。これまでにない煬帝像を提示した「ブロマンス」小説になっています。
今回は「小説推理」2026年8月号に掲載された書評家・大矢博子さんのレビューで『煬帝と少年』の読みどころをご紹介します。

■『煬帝と少年』千葉ともこ /大矢博子 [評]
暴君と呼ばれた皇帝と美少年の絆に滾る!
翼の形の痣を持つ楽人は、明君に仕えれば国家安寧をもたらす福神となり、暗君であればその君主を滅ぼす儺神となる──そんな伝説があった古代中国、隋の時代が舞台である。
類稀な美声と美貌に恵まれた痣持ちの少年・翼は、隋の皇帝となった楊広に召し抱えられた。ところが宮中で不審な死が相次ぐ。翼は背後で糸を引く者がいると考えて調べを進める。一方、楊広は大掛かりな土木事業や度重なる戦で人々を疲弊させていく。裏切る者も後を絶たず、暴君と呼ばれるようになり……。
古代中国史エンタメの旗手・千葉ともこが最新作のテーマに選んだのは暴君で知られる隋の煬帝だ。だがこれは難しい。大運河掘削という後世に残る事業を為した一方で、どうにも庇えないよね、というような言動も数多く残した人物なのだから。
そこを千葉ともこがどう描いたかが第一の読みどころ。まず、豪放磊落にして優れた知性を持つ楊広のキャラクターが実にいい! これは好きになる。その上で、なぜ庶民に無茶な労働をさせてまで事業を進めたのか、彼の行動の狙いはどこにあったのかを、説得力たっぷりに見せてくれるのだ。
特に注目すべきは「庇えない」言動の方だ。宮中で頻発する不審死を絡めて、謎解きの一環に含めたアイディアには唸った。黒幕の正体も二転三転して飽きさせず、ミステリとして極めて上質なのである。
とはいえ、やはり最大の魅力は主人公ふたりの絆だろう。周囲に誤解され追い詰められていく楊広を、必死で守ろうとする翼。暴君と美少年の強い絆に滾ること滾ること! 他にもかつてのライバルが盟友になったりヒーローが颯爽と現れたり、謀略ありロマンスあり女性の生き方ありと、読ませどころはたっぷりだ。
人間関係が主軸なので歴史に疎くてもまったく問題ないし、歴史好きなら煬帝の新たな解釈を楽しめるだけでなく細部に新研究が生かされていることに気づくはず。全方位に楽しめる歴史エンタメである。