『絡操り心中』(小学館文庫)で第11回小学館文庫小説賞を受賞してデビューし、『木挽町のあだ討ち』(新潮社)で直木賞と山本周五郎賞をダブル受賞した永井紗耶子さん。今最も注目を集める著者がこのたび新たに挑むのは、明治時代を舞台に繰り広げられる霊異譚『めぐる糸 明治浪漫霊異譚』だ。
母譲りの体質で、幼い頃から霊が視える斎木啓吾は、自身の特性を持て余していた。「視えたとしても、見えぬふりをなさい」と躾けられてきた啓吾であったが、好奇心旺盛な名家の子息、連翹寺正周と出会ったことで、平穏な日常が一変する。
啓吾と正周、性格も生まれも正反対のバディが不可思議な霊異に向き合う時、私たちが日頃「見えない」ふりをしている現実までもが浮き彫りとなる。本書執筆のきっかけ、思い入れの深い人物、霊異を通して描きたかった思いについてうかがった。
取材・文=碧月はる、撮影=後藤利江

霊異をロジカルではなく感覚で捉える。佛教大学での研究を通して得られた学び
――本書執筆のきっかけ、経緯を教えてください。
永井紗耶子(以下=永井):実はデビュー前に、霊異に関する物語を書いてみたいと思っていたんです。でも、ありがたいことにその前にデビューできてしまって。企画を提出する際、リアルなお話を求められることが多く、ずっとお蔵入りしていました。いつかこの不思議な世界を描いてみたいと思っていたところ、双葉社さんでご縁をいただき、ようやく作品として発表することができて、大変嬉しく思っています。
――霊異に興味を抱くようになったのはいつ頃からでしょうか。
永井:怪談話はもともと好きだったのですが、社会人になって入学した佛教大学で、日本最古の説話集、『日本霊異記(日本国現報善悪霊異記)』の研究をした体験が大きく影響しています。はじめは霊異というものをロジカルに捉えようとしていたのですが、大学院の先生に「感覚を大切に」と教えていただき、不可思議な現象をありのままに受けとめられるようになりました。
当時、ご指導いただいた先生のお一人が、呪詛についての研究をなさっていたのですが、ご著書やお話を伺うと、深い歴史もあり、扱いに気を付けなければならないことなのだと真剣に思いました。ドラマなどで使われる時には、真似をしても呪いにならないように気を付けられているとか。
――本書に登場する易者の占部峯斎も、不思議な言霊を唱えていますよね。
永井:峯斎が唱えているのは祈りの文言ですので、問題ないと思います。呪いの言葉は書かないようにしております。安心してお読み下さい。大学院では、こちらが思いもよらない学びや提案を多く得られて、とても刺激的でした。ご指導いただいた池見澄隆先生には、最初、「天狗の研究をしてみない?」と提案されて。色々とご相談した結果、『日本霊異記』の研究をすることになりました。一人ではなかなか学べないことを教えていただきました。

耐えていいことなんか何もない。人を頼り、助けを求められる人が増えてほしい
――本書の中で、永井さんにとって思い入れの深い人物は誰でしょうか。
永井:動かしやすかったのは正周ですが、書いていて楽しかったのは薫子ですね。松木原薫子は正周に夢中で、自ら「許嫁」と言い張る役どころです。物怖じしない天真爛漫な性格で、新しい時代の女性像みたいな感じ。薫子に関しては、「好きなように生きなさい」と思いながら書いていました。
――きっぱり自己主張できる薫子に対して、学友の雉尾昭子は控えめで引っ込み思案な性格です。二人の性格、物言いが対照的でしたが、永井さんはどちらのほうがより自分に近いと思われますか。
永井:昔は昭子だったけど、今は薫子です。学生時代の友達には、「あんたはずっと薫子だよ」と言われるかもしれませんが、若い頃はブレーキを踏みながらアクセルを踏む生き方をしていた自覚があって。それが年を重ねるうちに、どこかのタイミングでパーンと切り替わりました。今はもう、ブレーキを踏むのをやめたんです。
現代も、女性は昭子に似たタイプのほうが多い気がします。だって、お母さんが言うから、お父さんが言うから、社会が言うから……というように、周囲の目線を気にして、言いたいことを飲み込んで生きている。もっと薫子だらけになればいいのに、とよく思います。
――啓吾が昭子に対して、「胸の内のお悩みは何方かにお話しになった方がよろしいかと」と諭す場面があります。また、第二章「祈り猫」では、正周がある少年に「もしもこれからも困ったことがあった時には、私たちや、父上、母上や、色んな人に頼っていいのだからね」と声をかけるシーンがありました。先程のお話とあわせて、「SOSを出そう」「一人で抱え込まないで」というメッセージが作中から伝わってきます。
永井:かくいう自分も若い頃は、「助けてほしい」と言えないほうでした。でも、結果として我慢すればするほど、物事が良くないほうに向かってしまうと気づいたんです。耐え忍ぶ文化が美徳かのように言われているけれど、耐えていいことなんか何もない。弱い自分、戸惑っている自分、立ち止まっている自分を「恥」だと思っているから、耐え忍んでしまう。それって、美徳じゃなくて、自分をかばっているだけなんですよね。
――『木挽町のあだ討ち』に登場する菊之助も、物語の最後にこう語っていますよね。「何もかも背負う覚悟は勇ましいが、それでは何一つ為せないのだと気付かされた」。
永井:私自身、かつてはフリーランスのライターをやっていて、今は小説家で、いずれにしろ個人事業主なわけです。生き延びるためには、容赦なく人に頼らなきゃやっていけない場面がくる。そういう時、頼り上手のほうがうまくいくと思っているんですね。時々、事件の犯人の親族が、「『人様に迷惑だけはかけちゃいけない』と教えてきたんですけど」と言うのを聞くたび、それは違う、と感じます。迷惑はかけたっていい。かけた分だけ、ちゃんと礼を尽くして恩返しすればいいんです。

〈後編〉に続きます。
【あらすじ】
時は明治三十九年。帝大生の斎木啓吾には誰にも言えない秘密があった。
それは、この世ならざる霊が視えること。心霊研究に心酔する子爵家の次男坊である連翹寺正周にその体質を知られてしまい、以降、正周の「目」として帝都で起きる、奇っ怪な事件に巻き込まれていく。調査するうちに見えてくるのは、霊異の裏に潜む、ままならない人生を懸命に生きた人々の想いだった。家族、友人、愛する人へ――この世に未練を残し彷徨う魂に、二人が託された願いとは。霊が視える帝大生と、視えない心霊学者が紡ぐ、人情味あふれる明治霊異譚。