亡くなった曾祖母の鏡台から、作者不明の短歌の歌集を見つけた高校生の雅美。一緒に隠されていた手紙は、自分宛てのものだった。なぜ曾祖母は手紙と歌集を残したのだろうか? 柊サナカさんが「短歌」をテーマに描く、切なく優しい記憶の物語です。
「小説推理」2026年7月号に掲載された書評家・大矢博子さんのレビューで『彼の空のユンカース』の読みどころをご紹介します。

■『彼の空のユンカース』柊サナカ /大矢博子 [評]
初めての 短歌が彼女を 変えていく55ページの 最後の3行
読み終わった今、むしょうに「私も短歌を詠んでみたい!」という思いにかられている。これまでも評判の歌集を読む度に私も! と奮い立ってはセンスのなさに挫折するの繰り返しだったのだが、本書『彼の空のユンカース』はそれら歌集ともまた違って、短歌を「詠む」「味わう」という行為そのものの魅力と奥深さをストレートに私に伝えてきたのだ。
本書は2篇からなる中編集である。
表題作は、曽祖母の遺品にあった手書きの歌集から物語が始まる。高校生の雅美はその作者を探す過程で思いがけず昔のできごとや曽祖母の青春に触れることになる。ミステリとしての興味もさることながら、会ったこともない人の、行ったこともない場所の、はるか80年も前の思いが31文字にまとめられ、今の高校生たちに届く様子に胸が震えた。それを彼女たちが自分の持てる精一杯の想像力と心で受け止め、咀嚼しようとする様子がまた素晴らしいのだ。
もうひとつの「ベッドひとつぶんの私たち」は、低置胎盤で入院することになった主人公が、ひょんなことから同室の妊婦たちと歌会をすることになるという話だ。他者が作った歌を味わい、こういう意味かなと想像することで自分の世界も広がる。その解釈が違っていても、そこには「そう受け止めた自分」がいるという、自己の輪郭が浮かび上がるのだ。(それとは別に、真理さんの一件には目頭が熱くなり、最後の羽日四ちゃんには快哉を叫んだぞ。最高だ!)
短歌とは、言葉とは、どこまでも自由でしなやかで何ものにも縛られないものなのだと改めて感じる。ベッドで寝たきりでも、戦地でも、頭と心さえあれば言葉の海の中で人は自由に泳げるのだ。日常の小さなことに目を向け、それを慈しみ、表現するために心を砕く。詠むたびに、読むたびに、風景の、できごとの、解像度が上がっていくような感覚が本書にはある。
小説としての面白さと短歌の魅力が互いを支えながら融合している。著者のあとがきも含め必読の一冊。