イキるくせに行動が伴わない男たち
なぜ行動に移さないのか
イキる――。なんだか今回は挑発的な言葉を使ってしまってすみません。これは「粋がる」や「いきり立つ」などのニュアンスを混ぜ合わせた造語で、強がる、調子こく、大口を叩く、強く見せる、見栄を張る……など、意味もイメージもあまり良いとはいえない言葉ですね。そこへさらに「くせに」「行動が伴わない」なんてネガティブな言葉をダブルで追加されたら、気分を害する人がほとんどだと思います。
ただ、こうとしか形容できないような男性たちの姿が数多く報告されていることもまた事実です。いくつか事例を紹介してみます。
・「会社を3年で辞めて起業する」と宣言した男友達がいつまでも会社を辞めない
・「俺になんでも言え」と語る先輩にセクハラ上司の話をしたが、何もしてくれない
・偉そうに仕事論を語る上司だが、顧客からクレームの電話がくるとスッと消える
・「あのやり方じゃ全然ダメ」と批判ばかりで自分からは代案を出さない同僚
・裏では散々悪口を言っているくせに、上司の前になると急にペコペコし始める先輩
……いかがでしょうか。そう言えば昔、缶コーヒーのCM(サントリー「ボス・セブン」/1998年)にもこんなものがありました。「日本は世界からナメられてる」と、居酒屋で政治家の弱腰外交を批判するサラリーマンの男性。「俺ならガツンと言っちゃうよ」とイキった直後、突然シーンが切り替わり、なぜか首脳会談のような場に放り込まれ、隣にはアメリカのクリントン大統領が。そして「テルミー、ガツン」と迫ってくるクリントン大統領を前に、男性はビビりながら缶コーヒーを飲む─。そんなCMでした。
当時大ヒットし、「ボス」をトップブランドに押し上げたCMとしても有名ですが、振り返りながら、私はとても複雑な気分になっています。第三者として眺めている分には、「あははは、情けないね〜」なんて滑稽な話として笑えます。しかし、「もしも自分がその立場になったら……」と想像すると、途端にその余裕は失われます。内容が違えど自分も同じようにイキったことがあるし、同じように日和ってしまったことがあるからです。
先の事例は仕事絡みの話ばかりでしたが、これは何も職場に限ったことではありません。女性たちが聞かせてくれた話の中には、例えば義理の両親に言いづらいことが発生し、「俺がおふくろに言っとくよ」と仲介役を引き受けてくれたものの、いつまで経っても伝えてくれた形跡が見えない夫や、飲食店で隣の席にいたうるさい団体が帰るや否や、「マジでキレる寸前だったわ」とやおらイキり始めた男友達など、プライベートのシーンにおける「イキるくせに行動が伴わない男たち」のエピソードも少なくありません。我々男性にとって「イキる」とは一体なんなのか……。
男たちはなぜわざわざイキるのか?
では、どこに問題があるのでしょうか。最初に言っておきたいのは、これは何も「日和るのは男らしくない」とか、「口だけ男は情けない」とか、「言ってることとやってることが矛盾しててダサい」とか、そういう類の話では決してないということです。また、「男は黙って行動するのが一番カッコイイ」という価値観を推奨するものでもありません。
じゃあ、なんなのか。女性たちの話から浮かび上がってきた最大の疑問、それは「なぜわざわざイキるのか?」という問題です。
確かに、よく考えたら不思議ですよね。発言すればある種の責任が発生してしまうわけで、例えば「会社を3年で辞めて起業する」なんて宣言をしたら、本来なら持つ必要のない責任を背負ってしまうことになります。もちろん途中で気が変わったっていいですし、別に義務というわけでもないので、会社を辞めないでいるのは本人の自由であり、何も悪いことはありません。
しかし、宣言したのにやらないとなると、周囲からマイナスの印象を持たれかねないし、どのみち会社を辞めて起業するのだとしたら、最初に宣言して余計な責任を背負うのはリスクしかありません。百歩譲って「宣言することで自分にプレッシャーをかけている」という可能性もあるかもしれませんが、そこまでの覚悟が見えるなら、周囲はそれを「イキる」という言葉で形容しないでしょう。
だとしたら、なぜなのでしょうか。人はどうしてイキってしまうのか。それはおそらく、イキることが〝快感〟だからです。
「手軽に快感をゲットできる」というワナ
イキるという行為のメカニズムを考えてみると、その根底に気持ち良さが潜んでいることが見えてきます。先に挙げた事例で言えば、これらの部分が「イキる」に該当するものだと思われますが、
・友達に「会社を3年で辞めて起業する」と語る
・後輩に「俺になんでも言え」と語る
・経験の浅い部下たちに仕事論を偉そうに語る
・「あのやり方じゃ全然ダメ」と批判する
・裏で上司の悪口を言う
……どうでしょう? めっちゃ気持ち良さそうじゃないですか? これらは言わば、どれも「俺はすごい」というアピールのバリエーションです。俺はこんな会社にいる器の人間じゃないから、いずれ自分の会社を立ち上げる。俺にはうまく行く方法が見えているのに、バカな上司は何もわかってない。そんな自己像をアピールすることには強烈な快感が付随するだろうし、頼れる先輩としての自分や、経験から導き出した持論を、女性や若輩者に対して顕示することもやはり気持ちが良さそうです。
しかもこれらのほとんどは「言う」「語る」のみで達成できてしまうため、端的に言ってコスパがいい(=労力よりリターンが勝る)。そうやって考えていくと、イキることの背景には「手軽に快感をゲットできる」という動機が存在していることが見えてきます。
ただし、先述したように発言には責任が伴ってしまうわけで、実際は単にコスパがいい行為というものでもありません。無闇に自己イメージを高めてしまえば、それに見合う行動を期待されてしまうのが道理です。ここで厄介なのは、「期待されはするものの、必ずしも義務というわけではない」という点です。だからイキる側も発言に責任が発生していることに気づきにくいし、周囲も「言ったからにはやれよ!」と強く迫れるわけでもない─。これが「イキるくせに行動が伴わない男たち」が量産されるメカニズムではないかと考えられます。
ペナルティとして信用が目減りしていく
では、「イキるくせに行動が伴わない男たち」の何が問題なのでしょうか。誰しも快感に惹かれてついイキってしまう危険性は大いにあるし、明確な責任が発生するわけでもないとなると、この構造から抜け出すのは困難なようにも思えてきます。また、自分に対する見積りと、現実の自分との間に乖離があり、その差額を埋めるためにイキってしまう、という側面もあるかもしれません。しかし、イキることの代償は確実に存在しています。それは「信用を食いつぶす」という代償です。

イキるのは、クレジットカードで買い物することにも似ています。後払い方式で欲しいものを先にゲットする。担保になっているのは「信用」です。行動が伴わないというのは、先に使ったお金を払わないことに相当します。そして、そのペナルティとして信用が目減りしていく……。そう考えると、ちょっと恐ろしいことのように思えてきませんか?
相手は自分のことを思いのほか細かく観察しているし、信用がなくなってくると、最悪の場合、関係を断たれてしまうことにもつながりかねない。
例えば以前、精神的に不安定な彼氏に悩む女性の話を聞きました。その彼は自分のことを「メンヘラ」と称しており、自己否定するようなことを言ったり、自死を予感させるようなことを言ったりして彼女を縛りつけようとしていました。そんな彼があるとき、彼女の前で自暴自棄な気持ちになって取り乱し、枕を叩きつけるなど暴れ始めました。そして「俺なんか死ねばいいんだ!」と叫びながら思いっきり壁を殴りつけようとしたその瞬間……彼女は決定的な瞬間を見てしまいました。なんと彼は、拳が壁に当たる寸前でパンチの威力を弱めたのです。
これを機に彼女は別れを決心しました。情けないとか、どうせなら骨折するくらい思いっきり殴れよとか思ったからではありません。「本当は大丈夫な人なんだ」と思ったから別れる決心がついたそうです。
ここで彼が失ったのが信用です。彼はおそらく、彼女の前で情緒不安定になったり自暴自棄になることで、「甘え」という快感を得ていたはずです。それを支えていたのは、彼女の中にある「彼のそばにいないと本当に危ないかも」という不安感でした。しかし、壁の寸前でパンチをゆるめた瞬間を目撃し、それは崩れました。もちろん壁にパンチなんてしないほうがいいし、ケガをせずに済んだのはよかったことですが、彼はある意味で信用を失ってしまった。「イキるくせに行動が伴わない男たち」と少し話がズレてしまいましたが、相手は思いのほか自分のことを観察していて、信用を失うと関係性すら終わりかねないことを示す事例として紹介させていただきました。
我々は信用を担保にイキることの快感を味わっている。地味な結論ではありますが……このことだけでも頭に入れておいていただけると幸いです。

この続きは、書籍にてお楽しみください