家康の天下取りを足軽の視点で描き、155万部を超える大ヒットとなっている「三河雑兵心得」シリーズの最新第17巻『関ケ原仁義(下)』が発売された。本作では、いよいよ天下分け目の戦いのクライマックスが描かれる。誰もが知る有名な戦いで、茂兵衛はどのような活躍を見せるのか。
書評家・細谷正充さんのレビューで、『三河雑兵心得 関ケ原仁義(下)』の読みどころをご紹介します。

■『三河雑兵心得 関ケ原仁義(下)』井原忠政 /細谷正充[評]
井原忠政の人気戦国小説「三河雑兵心得」シリーズが、本書で大きな節目を迎えた。ついに関ケ原の戦いに突入したのだ。もちろん戦いの結果は分かっているが、その渦中で主人公の植田茂兵衛がどのような活躍をするのか、夢中になって読み進めた。
といっても本書の冒頭は、関ケ原の戦い前夜である。強行軍で岐阜城に入った徳川家康と、ひさしぶりに対面した茂兵衛の会話は、もはや阿吽の呼吸。主従としての長き付き合いを考えれば当然か。
家康の最大の懸念は、戦いが長引くこと。そこで策を講じて、戦場が関ケ原になるようにコントロールした。また、他の策もいろいろあるらしい。しかし茂兵衛のやることは、昔から変わらない。戦の前の小競り合いに突っ込んでいった本多平八郎を止めるように家康から命じられ、無茶をする。元から破天荒だった平八郎だが、頑固ぶりに拍車がかかっているではないか。それを命懸けで宥める姿に、つい笑ってしまうのである。
そして始まった関ケ原の戦いだが、今度は井伊直政が我儘をいう。東軍の先鋒は福島正則だったが、直政が抜け駆けをしたというのは有名な話。そこに茂兵衛を、こういう形で絡ませるとは思わなかった。他にも、別の有名なエピソードに、茂兵衛と配下の鉄砲百人組が使われている。よく知っている関ケ原の戦いを、茂兵衛の視点で描くことで、新鮮な気持ちで読めるようになっているのである。
周知のように関ケ原の戦いは一日(実質、半日)で終わり、東軍の家康が勝者となる。だが戦いの最後に大きな波乱があった。西軍の島津義弘が、常識ではありえないような、敵中突破による退却を敢行したのである。いわゆる“島津の退き口”だ。作者はこれを、関ケ原の戦いとは別の独立した「退き口という物語」と、思っているとのこと。その物語を次の巻で描くそうだ。天下分け目の戦いが終わっても、茂兵衛たちの戦いは続く。だからシリーズの今後が、ますます楽しみなのである。