大喜利漫才
人間としての大喜利の答え
『M‒1グランプリ2022』で、真空ジェシカが「大喜利漫才」と呼ばれました。ふたりとも高学歴コンビの霜降り明星が優勝して以降、M‒1では「大喜利漫才」が結果を残しているんです。
22年のM‒1で決勝に進出したメンバーも、ロングコートダディや男性ブランコ、キュウと、大喜利が強い芸人が多かった印象があります。カベポスターの永見くんなんて、素人時代に『着信御礼!ケータイ大喜利』(NHK総合)で活躍していたことで有名ですからね。作家としての能力も高いのでしょう。
真空ジェシカのように大学のお笑いサークルで実績を作ってプロになる芸人が増えていますが、彼らが作るネタはバカっぽく見えても、一つひとつのボケを拾ってみると知性や教養を感じさせます。
仮に『ハイスクールマンザイ』で天才しゃべくり漫才師が優勝してM‒1に挑戦したとしても、決勝に進むことは難しいでしょう。掛け合いはうまくても、「発想が面白いかどうか」の壁に当たってしまう。M‒1の予選を審査しているのは基本的に作家なので、同じ笑いの量なら「うまさ」より「発想力」を選ぶ可能性があると思います。
大喜利は誰でも遊ぶことができるところがいいんです。僕は、漫才もお笑い芸人だけのものじゃなく、誰もができる遊びになってほしい、と思ってます。野球やサッカーのように、一般の人もやればいいんですよ。
漫才は「掛け合いが難しい」というイメージがあるかもしれないけど、そこは「大喜利でいいんだよ」と。システムや設定を考えて、大喜利のようにボケてツッコめば誰でもできる。それが大喜利漫才だと思うんです。
真空ジェシカが22年のM‒1で披露した漫才もシルバー人材センターをお題にした大喜利だと思います。ただ、川北とガクくんの絡みがあるようでないので、そこが優勝に届かないのかなと。M‒1は、人間と人間のぶつかり合いが熱として会場にうねった芸人が優勝しているんです。そういう意味で、M‒1における大喜利漫才の究極系はミルクボーイなのかもしれません。
真空ジェシカの漫才は「別人格として」の漫才コントだから熱を生みにくい、というのはあると思います。素顔が個性的なアインシュタインや見取り図の漫才も、コントに入ると別人格になってしまうのがもったいない。アンタッチャブルさんやサンドウィッチマンさんのように人格をもっと残すことができれば、漫才コントでも掛け合いのように見えるんじゃないか、と思うんです。
ナイツの漫才は掛け合いを必要としない、ボケとツッコミのパーツを分けても成立するスタイルです。練習する時間が少なくてもいいので、時事ネタを更新していくためには、このスタイルが適してます。
爆笑問題さんがすごいのは、いまだに時間をかけてネタ合わせをしているじゃないですか。ラジオ(TBSラジオ『爆笑問題カーボーイ』)でもずっとそんな話をしてます。田中さんがツッコみながら進行して、太田さんがボケる、という掛け合うスタイルは練習が必要になります。ナイツはボケの僕が進行しているので、その違いは大きいんです。
いまの漫才師にとっての「大喜利」は、『笑点』(日本テレビ系)の大喜利ではなく、松本人志さんが『一人ごっつ』(フジテレビ系)などで披露していた「大喜利」だと思うんです。松本さんは『IPPONグランプリ』(フジテレビ系)で大喜利を競技化したコンテンツを作り上げました。大喜利の競技化としては『ダイナマイト関西』もありましたが、『IPPONグランプリ』はメディアと組んで視覚的な演出を取り入れた独自のフォーマットだと思います。
松本さんはえげつない数のフォーマットを作ってますよね。『すべらない話』や『ドキュメンタル』、遡ると『ガキの使いやあらへんで!』のフリートークも斬新なフォーマットだと思います。
松本さんと一緒に飲ませていただいたとき、「本当に笑ってはいけない企画をやりたい。絶対に面白いと思うから」とおっしゃっていて。当時、僕らは理解できていなかったのですが、結果的に『ドキュメンタル』として世界に通用するコンテンツになりました。まさに天才だと思います。
僕らがフォーマットから考えようとしても、松本さんの二番煎じのような企画になってしまうんです。僕はYouTubeチャンネルで新しいフォーマットを生み出したいと思っているけど、それができないジレンマに陥ってます。毎日仕事があって充実しているものの、心のどこかで「誰かが作ったフォーマットの上でやっているんだよな」と思っているんです。
フォーマットではないけど、ナイツにとっての「ヒット商品」は漫才協会の師匠をネタにしたこと。漫才協会に入るときは嫌で嫌でしょうがなかったけど、見方を変えたら宝の山でした。結果的に、新しい道を切り拓くことができたんです。ただ、いまは師匠たちもいなくなり、僕らも年をとってしまった。そうなると、僕らの武器ってないんですよ。
大喜利に話を戻すと、僕自身は大喜利が苦手なわけじゃないけど、時事ネタでイジるスタイルだと『IPPONグランプリ』で優勝することはできないと思います。かといって、自分の色を崩して大喜利をするのは違うじゃないですか。『IPPONグランプリ』でいえば、堀内健さんやロバート秋山さんは自分の色を崩さないで活躍してますよね。
僕には弟子が2人いるのですが、「自分の個性をネタにしたほうがいい」とアドバイスしています。それこそが「人間としての大喜利の答え」だと思うんです。
ウエストランドは、「井口が小さくて口が達者」という個性をどう生かすか、という大喜利の答えが合っていたからM‒1に優勝できたんです。「人間としての大喜利の答え」を見つけることが、M‒1優勝のカギなのかもしれません。
「笑辞苑」は全3回で連日公開予定