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 最初に判明したのは、写真が撮影された場所であった。

 決して鮮明とは言えない写真だったが、おそらく公園で撮影されたのであろうということは初羽馬にも判断できた。しかし写っている人工物は街灯と公衆トイレくらいで、女性が横たえられている地面にもこれという特徴はない。さすがに特定は不可能であるように――少なくとも初羽馬には――思われた。

[この公園ぽいな。角度が違うけど、トイレの外壁と街灯の位置関係は完全一致]

 全国の公園を北から南、しらみ潰しに調査して場所を特定したと考えるのはあまりに非現実的だった。どこかの誰かがたまたま見知った公園との共通点を発見できたのだろう。いずれにしても、ほんの些細な情報から公園の場所が見事に特定された。投稿者はGoogleのストリートビューのキャプチャを添付し、二つの写真が同じ場所を示していることを証明してみせる。確かに初羽馬の目から見ても、投稿者の提示する公園が撮影場所であると断言できそうであった。しかし場所が明らかになると、また別の種類の驚きが初羽馬を包み込んだ。

万葉町まん よう ちよう……って、すぐそこじゃん」

「だから言ってんだよ。めっちゃ近くだって」

 徒歩圏内であるとは言いがたい。しかし初羽馬のいるキャンパスから四、五十分も歩けば到達できる公園であった。地方都市なので高級住宅街と呼べるかは怪しいところであったが、万葉町が県内有数の住宅街であることは間違いなかった。立派な門に、広い庭、高級車がずらりと並んでいる光景が初羽馬にも容易にイメージできる。

 ネットの向こう側、言うなれば遠い世界で発見された殺人事件が急に馴染み深い輪郭線を獲得したことに、初羽馬は震えた。唇をむと凍ったように冷えている。一度スマートフォンの画面から距離をとり、部室の暖房が正常に稼働しているかを確認する。

 続いて特定班は「たいすけ@taisuke0701」の勤務先を明らかにしてみせた。

 証拠となったのは[自慢のゴルフバッグ]というコメントとともに投稿された、十年前の写真であった。ゴルフバッグについているキーホルダーに「大帝だい ていハウス:五十周年記念コンペ」という文言が小さく確認できることを、誰かが目ざとく発見した。五十周年記念コンペのキーホルダーを持っているということは、外部の人間とは考えにくい。アカウントの持ち主は大帝ハウスの社員なのではないだろうか。そうでなくとも、大帝ハウスと取引のある企業に勤務している可能性は極めて高い。

 こうなると半ば自動的に、現場である万葉町の公園から最も近い場所に位置する大帝ハウスの拠点に調査の手が伸びる。するとまもなく公園からほんの数キロの地点に大帝ハウス大善だい ぜん支社が存在することがわかり、ホームページに記載されていた情報から大善支社営業部長の下の名前が「たいすけ」であるという事実が瞬く間に判明する。

 営業部長、山縣泰介。

 ホームページにはフルネームと顔写真、そして簡単な挨拶の文言が記されていた。

 我々は地域住民の皆様に密着した家づくりを目指しています。衣食住という言葉がありますが、この中でもとりわけ住が大切であります。皆様の夢を叶えるのが大帝ハウスの使命ですので、何でもご相談を――月並みだが温かみのある言葉を並べた山縣泰介は、挨拶を以下のような言葉で締めくくっていた。

 私自身も大善市万葉町に住んでおります。趣味のゴルフにも行きやすく、心の底から大好きな町です。理想の家、一緒に造りましょう。

 今回の一連の騒動をいったん置いてフラットな目で見れば、山縣泰介は実にハンサムな男性であった。誰もが知っている大手ハウスメーカーの営業マンらしく、短く整えられた頭髪は清々しい。顔の造形も端正だった。理想形とも思える面長で、瞳には往年の名優を思わせる力がある。着用しているスーツも体に綺麗にフィットしており、ネクタイの柄も品がいい。記載されている入社年から概算すると五十代半ばであることが窺えたが、写真を見る限り実に若々しく体形に崩れもない。浮かべている笑みも誠実そうでありながら、しかし伝えるべきことはしっかりと伝えてくれそうな芯の強さを感じさせ、仮に自分が家を建てようと思ったのなら、なるほど、彼に任せてみてもいいのではないかと思える雰囲気を持っていた。

 大帝ハウス、大善市万葉町、ゴルフ、そして名前が「たいすけ」。

 かなり濃厚には思われたが、まだ確定とは言えないのではないか。そんな慎重派も、「たいすけ@taisuke0701」が過去に[庭に花が咲きました]というコメントとともに投稿した写真の庭と、ストリートビューで見つかった「山縣」の表札がかかった万葉町の庭が一致していることを知ると、確信せざるを得なかった。

 例のアカウント、「たいすけ@taisuke0701」の持ち主は、山縣泰介だ。

 こんにちは山縣泰介さん、逮捕確定ですね! 山縣泰介さん人生終了、記念リプ失礼します。どうして人殺し自慢をしてバレないと思ったんですか? きっちり死刑になってくださいね。

 大量のリプライが寄せられた「たいすけ@taisuke0701」はしかし、いかなる応答をすることもなく、そのまま逃げるようにアカウントを削除した。Twitter社の規制によって強制的に削除されたのではなく、自らの意思でアカウントを消したのではないかというのが大勢の見解で、個人情報が晒されたことによって焦って逃亡を図ったあたりがまた事件の信憑性を一段階上へと押し上げた。もちろんアカウントを削除したところで情報が幻のように消えてしまうことはない。周到な誰かがキャプチャをとっており、アカウントの情報は細大漏らさず複写されていた。もう誰も、「たいすけ@taisuke0701」のことは、忘れてくれない。確実に、永遠に。

 では、万葉町の公園はどうなっているのか。肝心の死体は今どこにあるのか。あるいは死体はフェイクなのか。

 それを調査するべく現地に向かうことを決めた、よくも悪くも暇で行動力のあるYouTuberが数組報告されており、すでに何人かの一般人がアカウントのことを警察に通報したという報告も上がっている。また呟きの中にあった『からにえなくさ』という謎の言葉の真意を探る考察が繰り広げられている――というのが、現在の炎上騒動の経過であった。

 数時間分の遅れを取り戻した初羽馬は、買ってきたパスタサラダの封を切るのも忘れてしばし呆然とした。自己顕示欲と好奇心からリツイートした[血の海地獄]のツイートであったが、ここにきてようやく手のひらに収まっていた一連の事件が刺激的なトピックではなく、現実に起こった悲劇であることに思いあたる。おそらくあれは合成写真ではない。となれば当然のことではあるが、事実としてどこかに殺されてしまった女性がいるのだ。不謹慎な興奮は、やがて山縣泰介という人間に対する不快感へと形を変えていく。

「まだ、逮捕はされてないんだろうな」初羽馬は独り言のように呟いた。

「すぐ逮捕されるでしょ。これだけ証拠があがってるんだから」と友人が返す。

「……ちょっと酷すぎるよな」

「酷いよ」

 部室の扉が開かれ、[血の海地獄]の呟きを初羽馬の直前である二十六番目にリツイートした友人が入室してくる。簡単に挨拶を交わしてすぐ、そういえばお前はどうやってあの呟きを発見したんだと尋ねると、友人はかじかんだ手をエアコンの暖気で温めながら答えた。

「フォローしてた雑学botがリツイートしたんだよ。フォロワーは全然少ないんだけど、フォロバ百パーのアカウントだったから、たまたまヤバい呟きが目に入って手動でリツイートしたんじゃないかな、よくわかんないけど」

 なるほどと納得したとき、すでに部室には六人のメンバーが全員揃っていることに気づく。彼らがランチセッションと呼んでいる昼の会議をスタートすることができたが、予定していた議題である「若者を軽視する選挙制度の問題点」については、別の機会に譲るべきではないかという考えが初羽馬の頭をよぎる。どうだろう、せっかくだから今日は別のテーマについて語り合わないか。リーダーである初羽馬の呼びかけに反論するメンバーは、一人もいなかった。

 高齢化するネットを活用した犯罪行為、残虐行為について。

 ホワイトボードに議題を記しながら、地面に横たえられた女性の姿を思い出す。彼女が生前どんな人間だったのか、どんな顔をしていたのか、現状では調べる術はなく、朧気おぼろ げに想像することすら難しい。それでもあの写真が山縣泰介による創作ではない本物であるとするならば、一人の若い女性の命が強引に絶たれたことはまぎれもない事実であった。縁もゆかりもないまったくの他人であるが、そこには確かな、重さのある喪失感があった。女性の青白い指先がフラッシュバックする。指は何かを掴み損ねたように、中途半端な形で固まっていた。彼女が土に汚れた指先で掴もうとしていたものは何だったのだろう。未来の可能性か、希望か、怒りか、命か。考えているうちに、初羽馬の胸の中にある怒りのコンロにぼっと炎がともる。

 せめて、ちゃんと罰を受けて欲しい。

 きちんと罪を償って欲しい。

 時計を見ると昼の十二時二十二分。今日は金曜日なので、多くの勤め人は仕事の真っ最中であるはずだった。山縣泰介は、いまどんな顔で働いているのだろう。新居を求める人々に笑顔で接客をしているのだろうか。自身の呟きが想像以上の広がりを見せてしまったことに対してさすがに動揺しているのだろうか。あるいはすでに警察に連行されているのだろうか。

 初羽馬はもう一度、スマートフォンで山縣泰介の顔を確認する。

 誠実そうな仮面の向こう側に潜む、凶暴さ、異常さ、残虐さが、ゆっくりと透けて見えてくる気がした。

 

 

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 12月16日12時23分 過去6時間で7112件のツイート

 

 

・【拡散希望】殺人をほのめかしているアカウントがあります。すでに身元も判明しているのですぐに捕まると思いますが近隣の人は注意してください。リンク先で顔も確認できるので、見かけたら通報推奨です。

 引用:【速報】死体写真投稿者の詳細判明! 本名山縣泰介、大帝ハウス勤務、大善市在住

みゆきママ☆育児奮闘中@miyumiyu_mom0615

 

 

・バレないとでも思ったんだろうか……。ネットの世界を舐めすぎててビビる。Twitterはバカな若者発見器だと思ってたけど、逆にある程度年食ってる人のほうがバカやらかす時代になったのか。

 引用:【速報】死体写真投稿者の詳細判明! 本名山縣泰介、大帝ハウス勤務、大善市在住

じっちゃー三世@jch_333

 

 

・今回はちょっとガチ臭いけど、賢いやつは静観。一応まとめだけ引用しておくけど、こういう問題には深く関わらないのが吉。

 引用:【速報】死体写真投稿者の詳細判明! 本名山縣泰介、大帝ハウス勤務、大善市在住

でじ@dejiiiin96

 

 

・ネット民「殺人事件です! 現場は万葉町第二公園です! 犯人は山縣泰介です! 大帝ハウスの社員です! 捕まえてください!」

 警察「……えーとね、ちょっと今から調べますねー」←無能

 つわみちゃんガチ恋丸@alalala_tsuwami

 

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