墓参りを終えた熊井と優太は、米沢宅で開かれた卒業パーティに参加した。美羽の父が振舞う料理はどれも絶品だったし、優太がこの日のために用意していた謎解きゲームは大盛り上がりだった。美羽は『さすが謎解き名人!』と優太を絶賛した。なんでも、優太の通っていた小学校ではここ数年『謎解き』がブームで、高学年の子供たちはオリジナルの謎解きを作って遊ぶこともあったらしい。中でも優太の作る謎解きは、クオリティが高くて面白いと評判だったのだという。
熊井も挑戦したが、惨敗だった。もともと頭が固いうえ、年のせいでだいぶ脳の回転が悪くなっているのだと実感した。美羽の父親も難問を前に、しかめっ面で唸っていたが、結局自力で解くことはできなかった。
友達に褒められ、大人たちを打ち負かし、優太にとって最高の一日になるはずだった。しかし……。
午後九時過ぎに帰宅すると、優太は自分の部屋に入ったきり、出てこなくなってしまった。
熊井はリビングでビール缶を開ける。医者にきつく言われているが、今日だけは飲まなければ辛抱ならなかった。
優太は今夜のパーティを楽しみにしていたというのに。終始、心ここにあらずといった様子で、話を振られたときだけ、無理して明るく振舞っているように見えた。やはり、あの封筒のせいだろう。
熊井はビールを一気に飲み干した。
(武司さん……あんたは卑怯だよ。今になってあんなもの……。優太にとって小学校の卒業式は今日一度きりなんだ。優太を……生きてる人間を邪魔しないでくれ)
・・・
優太は勉強机の前に座り、はやる胸を落ち着けながら慎重に、封筒にハサミを入れた。
優太は父親・武司のことを覚えている。もちろん『ママ』……直美のことも。どれも遠い昔のおぼろげな記憶ではあるが、確実に、姿と声と匂いが残っていた。
しかし、そうした思い出の何十倍、いや、何百倍もの濃度で、優太の頭には二人の『イメージ』が焼き付いていた。それは、二人がいなくなったあとに見聞きした、テレビやネットの情報、あるいは偶然出会ってしまった立ち話によって作られたものだった。
今野直美は凶悪な殺人犯であり、その息子・武司は母親に逆らえず妻を見殺しにした惨めなマザコン。彼らの名前を調べるたびに、世間が二人に与えた評価を目の当たりにした。誰もが匿名で、二人を蔑み、否定し、嘲笑い、そしてそのことに少しの罪悪感も抱いていないようだった。
世間は直美と武司を人間扱いしないことに決めたのだ。優太はそう感じた。当然、愉快な気分ではなかった。しかし優太には、世間の評価を否定することができなかった。あまりにも、二人のことを知らなさすぎた。
自分が二人に対して抱いていたいくつもの感情は思い出せる。だが、それはいずれも言葉にすることができないものだった。
たとえ自分が、世界中に声を届けられる巨大なメガホンを持っていたとしても「今野武司と今野直美は、本当はこういう人物なのです」と語ることはできないだろう……そんなもどかしさが、ずっとあった。
この封筒を開けることで、少しでも、知ることができるのではないだろうか。優太はそんな期待を胸に、緊張に震える指で中身を取り出した。
入っていたのは、一枚の便せんだった。
優太へ
君ももう中学生ですね。
そんな君に伝えたいことがあります。下のコードの先にあります。
どうか謎を解き明かして、メッセージを受け取ってね。
今野武司
時を超えて息子に送るには、やや味気なさすぎるメッセージと二次元コード。優太は拍子抜けしつつも、スマートフォンを取り出して二次元コードを読み取った。
リンク先は、簡素なウェブサイトだった。
武司が生前『七篠レン 心の日記』というブログをやっていたことは知っている。武司がどういう人間だったかを知りたくて、優太は何十回、何百回とそれを繰り返し読んだ。今では、すべての日記を暗唱できるほどだ。
だが、リンク先はそれとは異なるものだった。
文章は書かれておらず、3枚の画像が無造作に貼られていた。それを見て、優太の胸は大きく脈打った。
手描きの絵を写した画像。この絵柄は……間違いない。優太の『お母さん』……由紀が描いたものだ。
優太はすでに『七篠レン 心の日記』で由紀の絵を何度も見ていた。5枚の人物画『未来予想図』……それらに仕組まれたメッセージが何であるかも知っていた。『今野由紀』と検索すると、それを考察する動画が山ほど出てくる。
配信者たちは『あの凶悪犯に殺された悲劇の美女が、死の直前に描いた謎の絵があります。その絵には恐ろしい真相が隠されていたんです……!』と、不気味な音楽をバックに語っていた。しかし、この3枚の絵は見たことがない。父のブログにも掲載されていなかった。これはいったい何なのだろう。そしてなぜ父は、息子が小学校を卒業したタイミングで、これを見せたかったのか。
この続きは、書籍にてお楽しみください