日本のみならず海外でも人気を誇るミステリー作家・雨穴さんの『変な地図』が発売された。大学生・栗原が空き家で発見した一枚の古地図。7体の妖怪が描かれたその奇妙な地図が、彼を謎解きと冒険の旅へと誘っていく──。大ヒットを記録した『変な家』『変な家2』『変な絵』に続く「変な」シリーズ最新刊は“地図ミステリー”。シリーズで探偵役を務めてきた栗原の過去が明かされる、ファン注目の長編について雨穴さんにうかがった。
取材・文=朝宮運河 撮影=川口宗道
小学生に人生には希望があると伝えたい
──前作『変な家2』から約2年、待望の「変な」シリーズ最新作である『変な地図』がついに発売されました。今作の狙いやコンセプトについて、まずは教えていただけますか。
雨穴:これまで不動産の間取り図、絵とビジュアル的な題材を扱ってきたので、これに並ぶものとして地図が面白いんじゃないかな、と思ったのがひとつです。それと鉄道が好きなので、鉄道を絡めたミステリーをやってみたかったんです。以前一人旅をしていて、電車でものすごく長い単線のトンネルを通過したことがあって、この中に取り残されたら怖いだろうなと想像しました。その時のイメージを作品に取り入れています。
──海沿いを走る私鉄の路線図が出てきますし、確かに“テツ”の要素が多い作品ですね。
雨穴:最初の原稿ではもっとマニアックな鉄道用語が出ていたんですが、分かりにくくなるのでカットしました。あくまで地図がメインで、鉄道はサブの要素なので。
──物語の主人公を務めるのは大学生の栗原文宣。シリーズ既刊に“栗原さん”として登場し、名探偵ばりの謎解きを披露していた印象的なキャラクターです。今回彼の学生時代を書こうと思ったのはなぜだったのですか。
雨穴:「変な」シリーズが大きく展開していく中で、栗原というキャラクターが誤解を受けることが時々あったんです。ただの理屈屋として受け止められたり、意地悪な人間として扱われたり。自分が生み出したキャラクターなので、彼がそういう人間じゃないことはよく分かっているんですが、それが伝わらないこともあるんだなと痛感しました。それで「栗原も普通の人間なんだよ」と分かってもらうためのエピソードを書いておくべきと思ったんです。
──学生時代の栗原は就職活動に悩む、少し不器用な青年という感じですね。その彼が空き家になっていた祖母の家で、妖怪の絵が描かれた一枚の古地図を発見する。亡き母と祖母の因縁が染みついた地図の研究に、栗原は没頭していきます。
雨穴:作家になってずっとテーマにしているのが、デビュー作『変な家』へのリベンジなんです。『変な家』は人生を変えてくれた大切な作品なのですが、あれはもともと長編として構想していたわけではなく、ネットでバズッた記事を第1章に置いて、その続きを書籍化にあたって書き足したものなんです。当時はまだ本を書いた経験のないアマチュアだったので、風呂敷を広げるだけ広げて、畳むのに苦労したという思い出があります。それで2冊目の『変な絵』では最終的に伏線が回収される、きちんとしたミステリーを書くことを意識しました。『変な家2』では間取り図を使ったミステリーを結末まで書き切るというリベンジを果たして、これですっきりしたかなと一瞬思ったんですが、よく考えたら長編小説を書くというリベンジを終えていませんでした。
──なるほど。『変な絵』も『変な家2』も短編が集まってひとつの物語になるという連作形式ですものね。
雨穴:それで『変な地図』では最後のリベンジをやろうと思いました。『変な家』で気になっているのは、因習村的な要素を安易に使ってしまったことです。当時はホラーっぽい記事や動画をよく出していて、それが結構受けていたので、「雨穴が小説を書くなら因習系を入れたほうがいいかな」と意識してしまった。作品本位じゃない決め方だったなと反省しています。それで今回は、因習村的な要素をきちんと扱おうと考えました。
──古地図に描かれていたのはR県の海沿いの集落。今は廃村になっているその土地を、栗原は目指します。その過程で帆石水あかりという女性警察官と知り合った彼は、あかりの両親が営む旅館に滞在し、調査を進めていく。ヒロインが登場し、栗原とバディの関係になるという展開は、これまでのシリーズにはないものですね。
雨穴:去年から今年にかけて、アニメ『クレヨンしんちゃん』の脚本を書いたり、自分がモチーフのプリクラを作ったり、生まれて初めての仕事を手がける機会がありました。これまではネット記事でも動画でも、自由なフォーマットで特殊なことをやってきました。でも国民的テレビアニメやゲームセンターに置かれるゲーム機という、不特定多数の人が触れるメディアでは、王道の面白さが求められると思ったんです。展開にはっきりした山場を作るとか、これまで意識してこなかった王道の作り方を学んだことで、個人の活動も少し変わったと思います。今回は「変な」シリーズの持ち味を残しつつ、王道のエンターテインメントとして楽しめるものを目指したつもりです。
──地図ミステリーだけあって、今回は測量の知識も盛り込まれています。
雨穴:測量については自分でも調べましたし、専門家の方にもご協力いただいています。思いついたトリックが、専門家の目で見ると成立しなかったり、エンタメと専門性を両立させる難しさはありました。エンタメなのでお勉強になってもいけないのですが、せっかく測量という学問分野を扱うからには、あまりいい加減なことは書かないように気をつけました。
──栗原の祖母が死んだ理由、廃集落に隠された秘密、そしてあかりの住む町で現在起こっている事件。これらの謎が古地図によって解き明かされていく展開は、まさに雨穴さんの独壇場ですね。地図にあんな意味が隠されていたとは……、驚きでした。
雨穴:作中の地図制作は、さまざまなホラーコンテンツを手がけている株式会社闇さんに協力してもらいました。闇の皆さんはホラーを深く知り尽くしたプロなので、会話をする中で新しいアイデアがひらめいたり、改善策が見つかったりということもありました。古地図の謎解きについては、闇さんに助けられた部分も少なくないと思います。
──事件全体は因習村ホラーのテイストが色濃いものです。しかし作品から受ける印象は、決してダークなだけではありません。むしろ希望を感じさせるものになっています。
雨穴:そこは意識した部分です。この本を書き始める少し前に、上條一輝さんの『深淵のテレパス』を読んだんです。不穏な話でありつつ、最後には成長や希望を見せてくれるホラー小説になっていて、その部分に感銘を受けたんです。自分の読者には小学生も多いと聞きますし、実際駅で小学生が自分の本を読んでいる姿を見たことがあります。自分はそれにふさわしい作品を書いてきただろうかと『深淵のテレパス』を読んで、反省したんです。これまでは頑張っても報われないとか、人生は絶望しかないという話を書いてきましたから。小学生に人生には希望があると伝えたい。それで今回は絶望も表現しつつ、希望も書くというテーマを課しました。
──謎解き、恐怖、冒険、青春。さまざまな要素が詰まった「変な」シリーズの新境地だと感じました。ところで雨穴さんの作品は、海外でも非常に人気があるそうですね。海外での受け止められ方については、どうお感じになっていますか。
雨穴:まったく実感がありませんし、信じられないですね。漏れ聞こえてくる声しか届いていないのですが、日本だと『変な家』が一番売れていますが、ヨーロッパでは『変な絵』の方が人気が高いそうです。文化の違いによって好みに差が出るのも、面白いことだなと思います。
──雨穴さんを一躍有名にしたネット記事「【不動産ミステリー】変な家」がネット上に公開されて、今年で5年になります。雨穴ワールドがここまで広がることは、当時予想していましたか。
雨穴:いえ、海外はおろか日本でも受けないだろうと思っていました。誰にも理解されなくても、好きなものをこつこつ一人で作り続けようと。その姿勢が逆に良かったのかもしれないですね。あれから5年経って景色は大きく変わりましたが、基本的なスタンスは変わっていません。『変な地図』はこの5年で学んだことを盛り込みつつ、自分の好きなものを詰め込んだ作品になので、楽しんでもらえると嬉しいです。