真昼の日差しは、ただ白くまぶしいだけなのに、どうして夜明けと日暮れは、何もかも黄金色に輝くのだろう。
木々も風も流れる川も、まるで空から金粉をまき散らしたようである。
「金の川みたいやな」
日の名残りの一閃に目を細めながら、弥太郎がつぶやくと、
「日が傾くべ。そのせいで、お天道さんのしずくが、こぼれるんでないかい」
留次は、中年らしく訳知り顔で、太陽に見立てた茶碗酒を傾けてみせ、おっとっと、としたたる酒をすすった。
砂金掘りの一日が、今日も暮れようとしていた。
北見国、枝幸港からウソタンナイ砂金地へ向かう山中で、弥太郎と留次は道連れになった。留次の本業は枝幸の漁師だという。いわば弥太郎と同じ、にわか砂金掘りだった。
エサシといっても、「江差の五月は江戸にもない」とかつて栄えた道南の港・江差とはまったく別の土地である。
北見枝幸は北海道の北の果て。海沿いこそ漁場でひらけたが、内陸は、明治の半ばを過ぎても、依然として未開拓の湿地が広がっていた。
ところが明治三十一年(一八九八年)の夏、北見枝幸の幌別川上流で、金田が見つかったのだ。
北海道は黄金の島だ、どこを掘っても金が出る。松前の殿様は、官軍に奪われるのが嫌さに黄金仕立ての牛を津軽の海に沈めたらしい、そんな伝説が、にわかに現実味を帯びてきた。
枝幸の海岸や幌別川の支流でも、川を浚えば砂金がいくらでも採れるのだ、という噂が広がると、日本全国から、一攫千金を夢見る有象無象が、どっと枝幸に押しかけた。
折しも不漁に喘いでいた枝幸の漁民も、海に見切りをつけ、大挙して山を目指した。留次もそんな漁民の一人だった。
「砂金が出たおかげで助かった。枝幸の民は、みんな年が越せただよ」
「そんなに採れましたか」
「そりゃもう、はじめは、たきぎでも拾うみたく、砂金を拾って歩いただよ。掘れば掘ったで、きりがねえくらい採れた」
「留次さんは漁師やさかい、山仕事はしんどくありませんか」
「なあに、要は採って採って採りまくる、魚も砂金もおんなじだ。どっちも水ん中だ。しょっぱいか、しょっぱくないかの違いだな」
そう言って、留次は歯の欠けた口をあけて、だらしなく笑った。
笹で屋根をふいた、急ごしらえの草小屋の中である。屋根の隙間から夕焼けが見えていた。弥太郎は、砂金掘りの現場で一日の仕事を終えると、いつもこうして同僚の留次と茶碗酒を酌み交わすのだった。
「だども、近頃は、やりにくくなったわ。今年の春に山さ入ってみたら、事務所はできる、巡査はうろうろする、まったく、やりにくくなったわ」
留次は眉をひそめた。弥太郎の父親くらいの年頃だろうか。日焼けした赤ら顔は、漁師のそれである。
「砂金も、一時よりは減ってきたしな。こんだけみんなして採りまくれば、底を突くのも無理ねえさ。それでも、浜で鰊に待ちぼうけくわされるより、雇われでもこっちのほうが、ずんと実入りはいいもな。おかげで酒も飲める」
「おらも、留次さんのおかげで助かりました」
「だっておめえ、山ん中でよ、迷子のガキみてえに、泣き出しそうなツラでぼーっと突っ立ってたべさ。とっても見過ごせなかったも、おらも、人がいいよ」
「すんません」
「相身互いよ。さ、やれ、兄ちゃん」
目尻の皺を深くして、留次は弥太郎の茶碗になみなみと酒を注いだ。
数年にわたって、ほぼ無法地帯であった砂金地に、この春以降、鉱区が張り巡らされるようになった。役所に出願して許可を受けた鉱主が、砂金地を管理するようになった。いわば、砂金地の地主である。
それまで砂金掘りたちは、好き放題に川を浚っていたのだ。ところが、それができなくなった。監察料や入地料を納めねばならず、勝手に砂金地に入りこむと、密採者として処罰される。事情を知らずに、夢に浮かされて乗りこんできた一旗組は、前金が払えなくて、すごすごと引き上げた。
弥太郎も似たようなものだった。山にさえ入ればなんとかなる、そう思い込んでいたが、いざとなると途方に暮れた。たまたま道連れになった留次が世話を焼いてくれなければ、仕事にありつくことなどできなかっただろう。
おかげで今は留次とともに、ウソタンナイ砂金地にある、鉱主抱えの親方の下で働いていた。三十人くらいの砂金掘りが手分けして採金作業にいそしむ、中規模の現場である。
留次は、自分の身の上話はしたが、弥太郎の素性をただすことはしなかった。いずれわけありと見抜いたのだろう。
確かに、おらはわけありや。
弥太郎は焼酎の酔いに身を任せ、ごろりと横になった。屋根の隙間から、薄墨色に暮れていく空が見えた。黄金の川は夢のように薄れ、宵が忍び寄ってきていた。
「小さい予言者」は全3回で連日公開予定