どんな犯罪にも「起源」があり、殺人は人間にとって最大の禁忌だ。最初の事件の犯人は20万年前の原始人で、動機は怒りだった。信じていた仲間に失望し、棍棒で仲間を殺してしまう。太古の昔にどんな人間ドラマがあったのか──。「人類最初の犯罪」の顛末に国立歴史科学博物館の鵜飼半次郎さんが独自の理論と手法で迫る。
そのほか、「詐欺」「盗聴」「誘拐」「密室殺人」を収録した連作短編集。刊行時に話題を集めた衝撃のデビュー作が待望の文庫化!
「小説推理」2021年10月号に掲載された書評家・日下三蔵さんのレビューで『人類最初の殺人』の読みどころをご紹介します。
■『人類最初の殺人』上田未来 /日下三蔵 [評]
殺人、詐欺、盗聴、誘拐……。人類最初の犯罪はどうやって行われたのか? 小説推理新人賞作家が軽妙な筆致と無限の想像力を駆使して描く異色作品集!
2019年に「濡れ衣」で第41回小説推理新人賞を受賞した新鋭・上田未来の、初めての著書が刊行された。「人類最初の犯罪」をテーマにした連作短篇集で、2020年に「小説推理」に発表された3篇に、新作書下しの2篇を加えた内容になっている。
20万年前、ホモ・サピエンスの群れのナンバー2だったルランは、仲間のマーラーが一緒に狩りに出たハンハンを殺したのではないかと疑うが、捜査の結果、事態は意外な方向に展開していく……。(「人類最初の殺人」)
1万年前、非力なヤームは女だらけの群れに加わるために馬の死体にサーベルタイガーの牙を取り付けたユニコーンを作って献上し、洞窟に招き入れられることに成功するのだが……。(「人類最初の詐欺」)
1300年前、飛鳥時代の下級官吏・海老丸は、中臣鎌足から遷都の議で歌を詠むように命じられる。だが、どこに遷るかは秘密だという。占い師の老人に相談したところ、竹筒に糸をつないで中大兄皇子らの会話を聴けばいい、と助言されるが、そこで貴人の暗殺計画を聞いてしまい、とんでもない窮地に陥る。(「人類最初の盗聴」)
紀元前3071年、エジプトの少年盗賊団は、裕福な書記官を誘拐して、その家族から身代金をせしめるという画期的な犯罪を思いつく。だが、事態は二転三転して意外な結末に……。(「人類最初の誘拐」)
1800年前、弥生時代末期の日本。誰も入れぬ洞窟で裁きを行う山の巫女ヤソミコに疑いを抱いた化粧師のヒミコは、その殺人トリックを暴こうとするが……。(「人類最初の密室殺人」)
すべての作品が、人類の犯罪史を振り返る「ディスカバリー・クライム」というラジオ番組の体裁になっている。時代も場所もバラバラで、次にどんな話が出てくるか、まったく予想が出来ない。
語り手である犯罪史研究家の鵜飼半次郎氏が、三味線を弾いたりピラミッドの中で行方不明になったりと、毎回メチャクチャなことをしているのも面白いが、本編中で披露される蘊蓄の数々が、正しいものとまったくのデタラメが入り混じっているのが、さらに面白い。
絶妙な話芸を持ったホラ吹きおじさんの独演会という感じで、作家としての前途に洋々たるものを感じる。そんな著者の記念すべき第一作品集、いまのうちにチェックしておくことをお勧めしますよ。