完璧な夫の不貞の事実が発覚! 別れる前に叩きのめしてやると心に誓った妻は、『妻が夫を完全犯罪で殺す方法』という小説を執筆し始める。一方、IT社長の夫は妻の書いた小説を見つけ、部下が開発したAIとともに完全犯罪を計画するのだった。

 夫婦喧嘩×完全犯罪×AIミステリーによる、どんでん返しは絶対予測不可能!

「小説推理」2025年3月号に掲載された書評家・末國善己さんのレビューで『妻が夫を完全犯罪で殺す方法(あるいはその逆)』の読みどころをご紹介します。

 

妻が夫を完全犯罪で殺す方法(あるいはその逆)

 

妻が夫を完全犯罪で殺す方法(あるいはその逆)

 

■妻が夫を完全犯罪で殺す方法(あるいはその逆)』上田未来  /末國善己 [評]

 

浮気した夫を完全犯罪で殺そうと考える妻。AIの力を借りて完璧な方法で妻の殺害を計画する夫。二人の戦いの先に待ち受ける驚愕の結末は、2025年最初の収穫だ。

 

 タイトルそのままに、妻と夫がそれぞれに相手を完全犯罪で殺そうとし、それに人工知能(AI)がからむ本書は、主人公がパン屋になる世界と、窃盗団のボスになる世界に分岐する並行世界というSFの設定を導入した『ボス/ベイカー』を発表している上田未来らしい作品である。

 料理研究家の鷹内冴子は、探偵にIT企業の社長で子供の頃から女性に人気があった夫・射矢の浮気調査を依頼した。すると射矢が三桁を超える女性と不倫をしていると判明、激怒した冴子は〈妻が夫を完全犯罪で殺す方法〉という小説を書くことで、完全犯罪のシミュレーションを始める。一方、キッチンの抽斗から冴子の小説を発見した射矢は、不倫の露見を知り女性たちとの関係を清算していく。

 射矢の会社の天才プログラマーで幼馴染の丸尾が、昔の愛犬をアバターにし三郎と名付けたAIを開発した。AI自身が情報を集め学習するディープラーニングではなく、赤ちゃんのような状態から三郎を育てた丸尾は、射矢にメンター(教育係)になって欲しいと頼む。三郎と話をした射矢は、冴子が射矢の殺害を計画しているといわれる。

 射矢を殺す完全犯罪を考える冴子と、驚異的な情報収集能力と分析力を持つ三郎に助けられながら冴子の裏をかこうとする射矢の暗闘は、相互不信が息詰まる攻防戦に発展し、どちらが優勢かが見えてこないだけに圧倒的なスリルが楽しめる。既婚者や恋人がいる読者は、冴子と射矢が織り成す凄まじい愛憎劇に恐怖を感じるように思えた。

 中盤以降になると、脇役としか思えなかった何人もの人物が、意外な形で冴子と射矢の戦いにからむようになる。さらにディープフェイクが制作できたり、ダークウェブで汚れ仕事を引き受ける人物を探したりできる三郎の介入もあり、事態はより複雑になっていく。

 もつれた糸の中心にいるのは誰か? 何の目的で動いているのか? この謎がロジカルに解かれる展開は秀逸なミステリだが、この謎解きが人間とAIの関係に新たな光を当てていくのでSFファンも満足できるのではないか。

 夫婦の危機を完全犯罪で解消しようとしたところからスタートする本書は、アナログでもデジタルでも変わらないコミュニケーションの重要性、テクノロジー(AI)の発達が人間や社会をどう変えるのか、さらに炎上やブラックバイトなど身近なネットの“闇”にも言及しながら進むだけに、現代人が直面している最先端の問題を扱う社会派推理小説としての広がりも持っているのである。