大学で教鞭をふるう傍ら、朗読部を舞台とした小説『遥かに届くきみの聲』で双葉文庫ルーキー大賞を受賞した大橋崇行氏。最新作の『週末は、おくのほそ道。』は、仕事や恋愛に疲弊した30歳の美穂が、高校時代にともに俳句甲子園に挑んだ旧友・空と、週末旅をするロードノベル。松尾芭蕉の『おくのほそ道』の名所を辿りながら、自分を見つめ直すなかで、彼女達は将来のために新しい選択をしていく──。大橋氏に、どのような思いを込めて本作を執筆したか、お話を伺った。

 

前編はこちら

 

10年以上闘病した父の死。「ままならない」出来事とどう向き合うか、読者と一緒に考えたい

 

──作中では主人公の美穂の高校教員としての頑張りや苦労がしみじみ伝わって来ますが、大橋さんも大学に勤務しながら執筆をされていますよね。

 

大橋崇行(以下=大橋):大学で教えるようになる前に9年間ほど高校生を教えていたので、どちらかというとそうした若いときの経験や、若い国語の先生方からお聞きした話を小説に取り込んでいます。ただ、今でも授業は毎年必ずやり方や内容を変えながら手探りで作っていくので、そのあたりは美穂と変わらないです。美穂よりは教員として働いている年数が長いので、そのぶん少しだけ余裕はあるのかもしれません。

 

──今回、作中にオリジナルの俳句も登場しますが、大橋さんが創作されたのでしょうか?

 

大橋:小説は学生時代から趣味で書いていましたし、ルーキー大賞を頂く前から何冊か出しているのですが、一方で詩や短歌、俳句の作品を作ることには、実はずっと苦手意識がありました。こうしたジャンルでは、短いぶんだけ言葉の密度を高めるというか、ひとつひとつの言葉が持っている情報量を多くしていく必要があるのだと思うのですが、そこで言葉が出なくなってしまうんですね。使いたい言葉と、表現したい内容とが合わなくなって考え込んでしまう。小説の前半で描いた美穂と同じような状態です。それなのに、『おくのほそ道』と俳句甲子園を題材にするという企画書を出したあとで、これって自分で俳句を作らないといけない!? ということにようやく気が付きました。

 

──あとから気が付いたんですね(笑)。

 

大橋:迂闊すぎます。それで、腹を括って自分で作ることにしました。ただ、本当にそこは素人なので、そのまま出すのはあまりに恐れ多くて、ゲラの段階で知り合いの女性の俳人の方にチェックして頂いています。自分が思っていたよりも評価して頂いたので、とても嬉しかったです。

 

──本作では、2011年の東日本大震災の「その後」についても描かれていますね。

 

大橋:『おくのほそ道』といえば東北の旅なので、どうしても東日本大震災の問題に向き合うことを避けて通れなかった作品でもあります。10年以上が経った今でも、震災の当事者の方でたいへんな苦労をされている方がたくさんおられます。そうした人たちに、当事者ではない私たちはどうあることができるのか、当事者ではない人間が出来事にどう関わり、どう語ることができるのかというのが、この小説のもう一つのテーマでもあります。もしかしたら、つらい出来事を忘却してしまうというのも一つの手段なのかもしれません。でも、10年以上ずっと闘病していた自分の父が一昨年、ちょうど今回の小説を書き始めた頃に亡くなって、それは違うなという思いもありました。そうした問題について、読んで頂いた方と一緒に考えていくことができればと願っています。

 

──今後書いてみたいテーマや舞台などはありますか?

 

大橋:2024年の1月上旬に初めての歴史小説の出版を予定しています。明治時代に活躍した、山川浦路という俳優の青春時代を描いたものです。古い映画が好きな方でしたら、上山草人の妻だった人と言ったほうが通じやすいでしょうか。

『遥かに届くきみの聲』や、今年の2月に出した落語を論じた本でもそうだったのですが、何かを表現することに携わっている人たちにずっと興味を持っています。歴史上の人物で他にも何人か書いてみたい人がいるので、いつか形になると良いですね。現代を舞台にしたものでは、そのように表現に携わっている人たちの中でのライバル関係から生じる人間ドラマをテーマにしたものを書いてみたいと思っています。それから、実は今回の小説で出身地である新潟を飛ばしてしまったのですが、実は新潟を舞台にしたものを書いていないので、さすがにいつか書かないといけないですね。

 

──最後に、これから読む読者さんへ、読みどころや楽しんでもらいところなどを教えてください。

 

大橋:新型コロナウイルスはまだ完全に収束したわけではないですが、日常がだいぶ戻ってきているので、美穂や空と一緒に旅をする気分で読んで頂ければと思っています。そして、作中で描いた『おくのほそ道』の旧跡に行ってみたいと思って頂けたら嬉しいです。また、二人の女性がままならない日常に一緒に向き合って、自分たちを取り戻しながら新しい生き方を模索するという物語なので、読んで頂いた方が、明日からの生活を活き活きと過ごしていくきっかけになればと思っています。

 

【あらすじ】
高校教員の美穂は30歳。仕事に追われ疲労困憊の日々、恋人ともうまくいっていない。そんなある日、高校時代ともに「俳句甲子園」に出場した友人・空と、SNSで再会する。美穂は俳句に親しんだ日々を懐かしみ、いつか行ってみたいと思っていた『おくのほそ道』をめぐる旅に空を誘う。週末ごとに松尾芭蕉たちが辿った地をふたりで旅しながら、日常を離れ心を休める美穂。同行してくれた空は、この旅路で「会いたい人」がいるようで──。古人の足跡を辿りながら「今」を生き直す女性たちの感動の物語。