休日、どうやって回復していますか? 仕事でストレスをため、恋愛に振り回され、家事に追われる……。そんな日々の息継ぎとして、自分のエネルギーを回復させるのに主人公達が選んだのが「週末旅」。『遥かに届くきみの聲』で双葉文庫ルーキー大賞を受賞した大橋崇行氏の最新刊は、30歳の女性2人が『おくのほそ道』に登場する聖地を巡礼していく物語です。

「小説推理」2024年1月号に掲載された書評家・藤田香織さんのレビューで『週末は、おくのほそ道。』の読みどころをご紹介します。

 

高校時代、ともに俳句甲子園を目指した友人と30歳になってSNSで再会。 仕事のプレッシャー、恋の悩み、将来の不安 ストレスフルな平日を乗りこえていくために ねえ、女ふたりで週末旅しない?  日光、白河、松島、平泉、金沢、大垣・・・ 日常を離れ、すり減った心を労る再生の物語

 

「おくのほそ道」とは 江戸時代前期に活躍した俳諧師・松尾芭蕉が、弟子の曾良を連れて、 約150日かけて日本国内を旅した俳文集。

 

■『週末は、おくのほそ道。』大橋崇行  /藤田香織 [評]

 

結婚、夢、仕事、さまざまな期限に心揺れる30歳。疲弊した日常から逃避し、友人と週末ごとの女ふたり旅へ──くじけそうな人生という旅に寄り添う活力本!

 

 50代も半ばになった今、振り返ってみれば30歳前後は、かなりシンドイ年ごろだった。

 30までには結婚したい。できれば出産も終えたい。夢を追う区切りにもしたいし、安定した職にも就きたい──と思っていたから、ではない。むしろひと昔前に比べて、そうした物事の期限には、まだ多少の余裕があることが厄介だった。

 本書の主人公となる松尾美穂は30歳。地元である岐阜の県立高校で国語を教え、吹奏楽部の顧問を務めている。〈堅物で、真面目で、融通の利かないキャラ〉を演じていると自覚する美穂は、もう何年も学校で笑っていない。一人暮らしのマンションでは大学時代の同級生で国立大学の院へ進み、現在は複数の大学の非常勤講師を掛け持ちし研究を続けている類と同居しているが、結婚を前提に、という雰囲気とは程遠かった。

 そんなある日、高校1年生のとき、共に「俳句甲子園」の全国大会に出場した友人・川谷空とSNSで再会する。懐かしい、大切にしていた記憶の扉が開き、ふたりはかつて「おくのほそ道」を旅したいと話したことを思い出す。今なら、あの頃夢見た旅に出られるんじゃないか。かくして、美穂と空の週末おくのほそ道女ふたり旅、が始まる。

 岐阜に住む美穂に対して、空は仙台在住。共に仕事をもつ身ゆえ、松尾芭蕉の足跡をたどり歩くことはできない。深川、日光、白河、松島、平泉、金沢、そしてゴールの大垣と、飛行機や新幹線を使いしかるべきポイントで待ち合わせ、ゆかりの地を訪ねる観光旅行である。国語教師である美穂の史跡や俳句の解説は興味深く(芭蕉が詠んだとされてきた「松島やああ松島や松島や」についての解釈には驚いた!)、ふたりが足を運ぶ、実在する旅館や飲食店の描写はまさに垂涎で(赤間精肉店のタントロ定食、即検索→保存した!)各地への旅のとも本としても大いにおススメできる。しかし、本書のいちばんの読みどころは、また別にあるのだ。

 30歳。まだ動ける。まだ挑戦できる。そんなことは分かっている。けれど忙しなく続く毎日のなかで、何かを「変える」余裕を持つのはとてつもなく困難だ。でも、だけど。

 日常からの逃避でもあった旅をきっかけに、美穂と空が、自分の足元を見つめ直し、進むべき道を決めるまでの足掻きと気付きが読み手の心に響く。動き出すことを躊躇う人々に届いて欲しい一冊だ。