小学生の頃に天才子役として名を馳せた小宮透は、ある出来事がきっかけで表舞台から姿を消し、知り合いのいない遠方の高校に入学した。だがそこで透は、彼の子役時代を知る少女・沢本遥と出会う。
遥はかつて透が朗読コンクールを連覇した有名人だったことも知っており、自分が所属する朗読部に執拗に透を誘ってきた。だが透は頑なにそれを拒んだ。なぜなら透は朗読にトラウマがあり、大勢の前だと声が出なくなる心因性の失声症を患っていたのだ。しかし強引な遥に引きずられ、透はもう一度、朗読と向き合うことになる──。
第一回双葉文庫ルーキー大賞を受賞した大橋崇行の『遥かに届くきみの聲』は、「朗読」をモチーフにした青春小説である。
まず「朗読」がコンクールも開催されるような競技(という言葉が適切であるかどうかわからないが)であることに驚かされた。課題書となる文芸作品を分析し、どのように感情を込めるか、どのように演出するかを考え、技術点と芸術点で審査されるのだという。こんな世界があったなんて、まったく知らなかった!
本書では高校の朗読部を舞台に、朗読に向いた作品を選ぶところから始まり、発声などのフィジカルトレーニングあり、実在の作品を数多く出しての具体的な分析あり、そして実際の朗読の様子あり、他者の朗読を聞いて差別化するための作戦ありと、「朗読」というひとつの作品が出来上がっていく様子をリアルに味わえるようになっている。ここ十年ほど、文化系部活小説は数多く書かれているが、まだこんな鉱脈があったのかとわくわくした。有名な文芸作品がたくさん出てきて、「聞かせどころはここ!」と言わんばかりの紹介をされるわけだからたまらない。本好きならわくわくすること請け合いである。梶井基次郎の『檸檬』やあまんきみこの『ちいちゃんのかげおくり』、宮沢賢治の『オツベルと象』など、彼らの分析や演出を読んだ後、すぐにでも再読したくなったくらいだ。
気弱な少年と積極的な少女という定番設定や、透と遥の関係が深まっていく過程に見られる強引さなど、課題がないわけではない。だが、透のトラウマの真相(思わず膝を打った)や、朗読という音声のパフォーマンスをテキストで表現する筆力など、細かい欠点を補って余りあるセンスの良さが感じられた。なるほど納得の受賞である。将来性に満ちた期待のルーキーの登場だ。