紙でしかできない前代未聞のトリックが話題となり、8万部を超える大ヒットとなった『逆転美人』。その衝撃に再び襲われるのが『逆転泥棒』だ。空き巣に身を落としてしまった主人公に、思いも寄らないラストが待ち受ける。『逆転美人』で見事に騙された方は絶対読むべし! 単行本『あなたに会えて困った』を文庫化に際して改題。

「小説推理」2020年7月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューで『逆転泥棒』の読みどころをご紹介します。

 

ミステリー史上初のトリックで大ヒット 『逆転美人』双璧の衝撃作  今回の逆転は驚き&感涙!!

 

■『逆転泥棒』藤崎翔  /細谷正充 [評]

 

刑務所から出所したばかりの空き巣は、初恋の人と再会して、懐かしい過去を思い出す。そこから始まるストーリーは、いったいどこに向かうのだろうか。

 

 藤崎翔の最新刊『あなたに会えて困った』(文庫化に際し『逆転泥棒』に改題)の書評を依頼されて、どう書いたらいいのか困った。というのも物語の最大の魅力となる部分が、ミステリーのサプライズと密接な関係にあるので、詳しく述べるわけにいかないのだ。いやもう、本当に困った。だが愚痴をこぼしても始まらない。なんとか作品の魅力を伝えるべく頑張ってみよう。

 主人公の名は「善人」と書いてヨシトと読む。しかし彼は善人ではない。空き巣の罪で前科二犯。つい先ほど刑務所から出所したばかりの男である。空き巣の先輩であるスーさんを頼ったヨシト。スーさんから空き巣に最適の家があると教わり、さっそく忍び込む。だがそこは、彼の初恋の相手であるマリアの暮らす家のようだ。このことが気になったヨシトは、翌日も家の周りをうろつき、マリアと再会。マリアがヨシトの小学生時代の親友と結婚していることを知る。なぜかその後もヨシトと会いたがるマリアだが、どうやら夫との生活が上手くいっていないようだ。そして彼女の口から、不穏な言葉が漏れた……。

 という現代パートの合間に、彼らの小学5年生から高校3年生にかけての、過去の場面が挿入される。貧困家庭のヨッシーと、医者の息子のタケシ。ふたりは親友だが、微妙な関係でもある。そこに引っ越してきたマリアも加わり、3人で遊ぶようになった。さまざまな思春期のエピソードを経て、ヨッシーはマリアと恋人となり、医学部を目指す。だがそこに、家庭の事情が襲いかかるのだった。

 この過去のパートは、ノスタルジックである。1990年代後半の風俗やエンターテインメントが大量に取り上げられており、実に懐かしい。視聴者が光過敏性発作などの症状を引き起こした“ポケモンショック”事件などが、巧みにストーリーに組み込まれており、あの時代を知る人ならば、楽しく読むことができるだろう。また本書のタイトルは、小泉今日子の『あなたに会えてよかった』のもじりであり、この歌も効果的に使われている。

 一方、現代パートでは、しだいにマリアの置かれた不幸な境遇が見えてくる。それに従い、物語の不穏な空気が強まっていくのだ。はたしてマリアは、ヨシトの“運命の女”なのか。ドキドキしながら読んでいたら、まさかの展開が待ち構えていた。これにはビックリ仰天だ。そして本書が、どういう話であるか、深く理解したのである。ミステリーの仕掛けは上々、小説としての読み味も上々。この作品に会えてよかった。

 

※本書は2020年に刊行された『あなたに会えて困った』を改題、加筆修正し文庫化したものです。