少子高齢化、年金制度の崩壊、巨額の財政赤字……。日本社会を蝕む病巣はあまりにも根深い。なぜ、こんな国になってしまったのか――。そして、今後、日本はどうなるのか? 小説でありながら、リアルな未来を活写していると評判の『限界国家』。著者であり経済小説、企業小説のトップランナーである楡周平氏に話を聞いた。
取材・文=工藤晋 撮影=弦巻勝
「時代は、先を読めない者にとっては悲劇。先が読める者にとっては喜劇」
──大手企業がプロフェッショナルにこだわったがゆえに、足元をすくわれた、というお話でしたが、こだわることは悪いことではないようにも思います。
楡周平(以下=楡):プロフェッショナルとしていい仕事をすれば、次はそれがベースになって、さらに上を追い求める。もちろん、それって、いいことなんですけど、それが積み重なっていくうちに、些細なこと、極端に言ってしまうと、ユーザー視点では気にならない、どうでもいいことにまでこだわるようになって、どんどん難しい方、どんどん手のかかる方に目が向いていってしまうじゃないですか。
──重箱の隅をつつくような?
楡:そう、そう。ゴルフをやる人ならわかってもらえると思うけど、初めてのコースって、わりと簡単なんですよ。何も知らないから、とにかく真ん中に打てばいいだろうと思い、その通りに打つ。
でも、コースがわかってくると、2打目を打ちやすくするためには、1打目はあそこに落とさなきゃいけないとか余計なことを考えて、自分でポイントを狭めてしまう。自分で自分を苦しめてしまうんです。仕事もそれと同じです。プロフェッショナルにこだわりすぎると、そこで罠に嵌ってしまうんです。
──大企業ほど、その罠に陥りやすい?
楡:ビジネスモデルが確立された大企業は、です。余計なことが頭の中に蓄積されているから、シンプルにものを考えられなくなるんです。
──楡さんが会社をおやめになったのは、それが原因ですか?
楡:それもあります。僕の目には先がはっきりと見えていましたから。それと、自分だけが楽しむために書いた最初の小説『Cの福音』が宝島社から出版されることになり、それが、たまたま売れてという……そのタイミングが重なったというか、いろんなことの巡り合わせですよね。
──宝島社の文芸は、『Cの福音』から始まっています。
楡:その後、『宝島文庫』ができて、「このミステリーがすごい!」大賞なんかが生まれて……それがなかったら、もしかすると、この賞から誕生した作家さんたちも出てこなかったかもしれない……そうやって考えると、巡り合わせというのは、本当に不思議だなぁと思います。
──その巡り合わせの不思議さが、“もはや絶望しかない”という日本の将来に、明るい希望を灯すということは?
楡:そうであって欲しいと思います。ほかにも、生活していくために必要不可欠な一次産業にも光はあるし、日本独自の文化を基盤に考えると、そこに新しいビジネスチャンスだってあります。自分の力で未来を切り拓いていこうとする若い力も育ってきています。
20年後、30年後、日本という国には何が起こるのか。どういう姿になっているのか。現実に目を背けることなく、それでも、未来に光を感じることができるのか。たとえそれが、微かな光だとしても、です。みなさん、それぞれが考え、何かを感じてもらえたら……と思います。
──個人的には、作中にある『時代は、先を読めない者にとっては悲劇。先が読める者にとっては喜劇』という言葉が、すごく印象に残りました。
楡:あれは、開高健さんの言葉を少し変えたんですが、書いてみて、本当にその通りだよなと思えることがたくさんあって。
ロシアによるウクライナ侵略もそのひとつです。ロシア国民がそれを望んでいるわけじゃなくて、あれはひとにぎりの指導者による暴挙です。それなのに、戦場に駆り出されるのは若い人ばかりで。虚しさしか残らない悲劇であり、喜劇ですよ。
──最後に、『限界国家』を上梓された今、これから新たに書いてみたい作品というのはあったら教えてください。
楡:いっぱいあって、今、ここで、これ! と、ひとつだけ挙げるわけにはいきませんが、でも……。
──でも?
楡:また、犯罪小説を書いてみたいというのは、あります。
──楡さんの犯罪小説!? それは、読みたいです!
楡:楽しみにしていてください(笑)。
【あらすじ】
政財界のフィクサーと言われる前嶋は、「20年、30年先の日本がどうなるか」を、世界有数のコンサルティング会社に調査依頼した。命を受けたコンサルの津山は、部下とともに調査を始めるが……。少子高齢化、AIの進化による職業寿命の短命化、地方の過疎化、優秀な若者の海外流出――。明るい材料が何ひとつないなか、津山が出した結論とは!? すべての政財界人、若者必読の警告の書!
楡周平(にれ・しゅうへい)プロフィール
1957年岩手県生まれ。慶應義塾大学大学院修了。米国企業在職中の1996年に発表した国際謀略小説『Cの福音』がベストセラーになる。翌年、小説執筆に専念するため米国企業を退社。「朝倉恭介」シリーズや『無限連鎖』に代表されるミステリー小説など幅広い作風で人気を集める。05年の『再生巨流』以降は経済小説を精力的に執筆。近著に『終の盟約』『食王』『ヘルメースの審判』『黄金の刻 小説 服部金太郎』『日本ゲートウェイ』などがある。