小説でありながら、すぐそこに迫る未来を予測する「警告の書」でもある。少子化、技術革新、ボーダレス社会……。ビジネス小説のトップランナー・楡周平が「未来の日本の姿」を描いた小説『限界国家』を書評家・細谷正充氏が紹介する。
「小説推理」2023年8月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューで『限界国家』の読みどころをご紹介します。
■『限界国家』楡周平 /細谷正充[評]
日本のフィクサーからコンサルタントが依頼されたのは、この国の2、30年先を予想すること。楡周平が暴き出した日本の未来に、希望はあるのか。
現代日本の諸問題を、エンターテインメント・ノベルの形で語ってきた楡周平が、ついにこの国の未来に挑んだ。そこにあるのは希望か、それとも絶望なのか。
ロサンゼルス・コンサルティング・グループ(通称LAC)の日本支社社長・下条貴子は、「国士」「右翼」などと呼ばれているフィクサーの前嶋栄作から、ある依頼を受けた。日本の2、30年先の未来を予測してほしいというのだ。財界や政治の場を高齢者が占めていることに、危機感を覚えてのことである。
下条の命によりこの件を担当することになった、入社15年目の津山百合は、若手社員の神部恒昭と共に動き出す。ヤメキャリ(LACに転職してきた霞が関の元キャリア官僚)を始め、さまざまな人に当たり、インタビューをする百合たち。だが、そこから見えてきた日本の未来は、絶望的なものだった。
巻末に「本書は実際のデータやニュースをもとにしたフィクションです」と記されている。なるほど、だから書かれていることにリアリティがあるのか。ちょっと雲を掴むような前嶋の依頼に、百合は「人口動態統計」を使って、少子化の実態に切り込んでいく。それによれば2040年から50年の間に、日本の人口は1億人を割り込むという。ちなみに、内需依存の経済が成り立つためには1億人の人口が必要だ。まさに危機的状況は、眼前に迫っているのである。なお、中国や韓国の方が、少子化は深刻とのこと。これは知らなかった。いろいろな知識が得られるのが、本書の魅力のひとつだろう。
一方、技術革新による、職業のライフサイクルの短命化も、加速していくようだ。ファミレスの配膳ロボットなどを見れば、人間の職業が奪われていくことがよく分かる。つまり日本は、少子化問題と技術革新が悪魔合体した時代を迎えているのである。
では、未来には絶望しかないのか。後半の、ベンチャー企業の若き社長・根本誠哉の話から、希望が見えてくる。しかしそれは前嶋の望むようなものではない。インターネットを当たり前に使い、メタバースやNFT(非代替トークン)で稼ぐ根本に国境はなく、日本の言語も文化もどうでもいいと思っている。根本の認識に、老人の前嶋は怒りさえ抱く。でも、そこには確かな希望が感じられた。本書で予測された未来が、本当に来るのか。長生きして見届けたいものだ。