■ビルマを舞台にした戦争小説は、視点人物によって全く違う作品に

 

──古処さんの文章は、そっけないというか、事実を淡々と書いているような感じがあります。戦闘場面などは、いくらでも盛り上げられるけど、そういうことはしない。

 

古処:バランスを取るのが難しいんですが、こうした世界観でドラマチックにすると白々しいと思います。昔の作品などは思い返すのも恥ずかしかったりしますし、文庫化作業では無駄な文章や描写の多さに嫌けが差したこともあります。双葉社でいえば『分岐点』などは200枚ぐらい削っているはずです。読むなら文庫の方が絶対にいいですよ。

 

──『ビルマに見た夢』が、文庫で228ページ。『敵前の森で』は、単行本で221ページ。昔の作品と比べて、どんどん短くなっているような(笑)。

 

古処:昔は4~500枚ぐらいが普通だったように思います。今はもう300枚とかですね。(『敵前の森で』は)これでも、想定よりは長くなって350枚くらいですけど、昔だったら5~600枚になるんじゃないでしょうか。

 

──英人大尉と主人公の北原が、互いにやりとりする部分が、すごく少ない。

 

古処:部屋の中でずっとやりとりしているわけだから、自ずと言葉の量は多くなりそうなもんなんですけど、台詞が大分抑えられていますね。長くなりすぎると、やはり白々しいというか、説明に頼りがちになってしまうというか。台詞自体が長いと、どうも不自然に思えてくるんです。

 

──私たちの普段の会話も、割と短いやりとりで意思疎通していますからね。

 

古処:何を前提としているか、お互い了解しているから、実際に交わす言葉自体はそんなに多くはならない。今の(作品の)形でまとまったのが、間違いなくベストですね。

 

──北原のキャラクターで感心したのが、見習士官で、しかも実戦経験が全くないところです。

 

古処:歩兵でもない。実戦経験もない。ビルマに入って間もない。だけど遠からず将校になる。ただでさえ学習を念頭に置いている人物です。創作としては魅力的ですし、ここで使うのは効果的だろうと思いました。

 

──実戦経験がないにしては、よくやっていると思います。でも部下の佐々塚たちから見ると不満だらけみたいな(笑)。あの感じが戦場のリアルですよね。本当の戦場を知っているワケじゃないですが。

 

古処:やはり見習士官が指揮官では、下の者は不安でしょう。そうした要素が加わって、ある程度(物語の)厚みになりました。

 

──つい、戦場のリアルと言ってしまいましたが、今、実際の戦場を知っている人はほとんどいないじゃないですか。だから、自分の頭の中にある戦場のリアルと、照らし合わせて読むような感じですね。戦争小説を書いているときの古処さんも、そんな感じでしょうか。

 

古処:もう20年以上書いているので、そのあたりは意識しなくなりました。最初の頃は一般的な戦争像を常に意識して、言い方悪いですけど、そちらに寄せるところがあったんですが、今は完全無視です。

 

──戦争関係の新資料が出てきて、執筆に困ったということはありますか

 

古処:幸いありません。虫の目に徹した創作スタイルなので影響を受けにくいと言えます。実際の戦争も、現場にいた人次第だと思うんです。よく学校を例に出すんですけど、学校が好きだという子供もいれば、嫌いだという子供もいますよね。同じ教室で学習していても、視点人物によって、景色や状況は変わって見えると思うんです。

 

──視点人物が変われば全く違う作品になる。

 

古処:それは間違いありません。ビルマばかり書いている理由の一つが、それでもあるんです。いろんな逸話があり、いろんな人物が存在していました。

 

──ビルマを舞台とした作品は、戦争の中期から後期を扱ったものが多いです。日本が劣勢になってからの方が、ドラマが生まれやすいということでしょうか。

 

古処:単純に資料の多くが、後期にウエイトを置いているというのが大きいと思います。戦争の全期間ビルマにいたという兵隊が、自分の足跡を辿る本を書く場合がありますけど、初期は駆け足で、苦しくなってから詳しくなります。私のネタ帳にもおのずと中後期に発想を得たものが多く書き留められ、初期を扱った作品は『いくさの底』と『ニンジアンエ』くらいでしょうか。昭和18年初頭と春が舞台ですからなんとか初期にくくれるかと。昭和17年になると短編がいくつかあるだけです。機会があれば是非。

 

──これからも、ずっと戦争小説を書いていこうと思っているのでしょうか?

 

古処:そうですね、仕事がある限りは。ネタが尽きませんし、今のスタイルは大事にしたいと思ってますし。

 

──初期の現代ミステリーも好きなので、また書いてくれないかなと。

 

古処:ミステリーの方がウケるとわかってはいるんです(笑)。次はミステリーにしますか。ただしビルマで(笑)。以前「戦場ミステリー」と評されたとき一番しっくりきましたし。

 

──戦争中って、現在とは社会も認識も違うわけじゃないですか。そうすると、今流行りの特殊設定ミステリーの戦場版にできるかも。

 

古処:きっと面白いと思います。特殊設定自体は取り込みも難しくありません。約束はできませんが努力します(笑)。

 

──最後にお聞きします。自分の戦争小説を、読者にどのように受け取ってもらいたいですか。

 

古処:自由に読んでもらいたいと思っています。変に構えず、普通にエンターテインメントに接するつもりで読んでもらえたらいいなと。

 

【あらすじ】
インパール作戦で敗軍収容任務についた北原は、終戦後まもなく戦争犯罪に関する呼び出しを受ける。捕虜の処刑と民間人に対する虐待容疑。現れた語学将校の英人大尉は、偽りを述べたら殺すと言い放ち、腹を探るような問いを続ける。尋問を通して北原は、戦時中には分からなかった敵の事情を知り、友軍将兵の秘めたる心理を知り、やがて英人大尉がただの語学将校でないことを知る。戦場の「真実」を炙り出してゆく傑作長編。毎日出版文化賞&日本推理作家協会賞受賞作家のさらなる高み。

 

古処誠二(こどころ・せいじ)プロフィール
1970年福岡県生まれ。2000年、メフィスト賞でデビュー。10年、第3回「(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞」受賞。17年『いくさの底』で第71回毎日出版文化賞、翌年、第71回日本推理作家協会賞を受賞。主な著書に『ルール』『分岐点』『死んでも負けない』『生き残り』『ビルマに見た夢』など。