捕虜の処刑および民間人に対する虐待──。そんな戦犯容疑が、インパール作戦時に指揮官を務めた日本軍将兵にかけられた。英人大尉との息詰まる尋問の果てに浮かび上がった、声なき真実。ビルマを舞台に戦争小説を描き続けている古処誠二氏が、執筆スタイルへのこだわりを語る。

(取材=細谷正充)

 

■史実を踏まえても、何かを訴えるといった意識は持たない

 

──なぜ戦争小説を書き始めたのでしょう。

 

古処誠二(以下=古処):創作である以上は、他人が手を付けていない題材で書きたいと思いました。自分が書けるものとなると、ちょっと他には思い付きませんでした。

 

──最初の戦争小説は2002年刊行の『ルール』でした。以前から、戦争には興味があったのでしょうか。

 

古処:20代半ばから、戦記を読んでいました。

 

──古処さんの戦争小説は、ビルマを題材にした作品が多いですね。

 

古処:すっかりビルマばかりになってしまいました。ビルマは戦場となった期間が長く、面積も広く、自然が多彩で、いろんな民族がいる。さらには敵軍も、いろんな人種がいる。とにかく話にバリエーションがあります。一つ書くと、別の話も書きたいと、そういう感じで繋がっていってます。

 

──2月に文庫になった『ビルマに見た夢』は、戦争小説であり、異文化衝突の物語だと思っています。

 

古処:双葉社から、人の心的な部分を核にした連作短編をという依頼を受けて、あのような形になりました。文化の違いによるあれこれは、戦地を題材にした書物の常でもあります。(自分の作品で)そこを核にしたものはなかったので、ちょうどいい機会でした。

 

──『ビルマに見た夢』と『敵前の森で』は、主人公が直接的に戦闘する部隊ではないですよね。

 

古処:『ビルマに見た夢』は異文化という観点で、兵站の将兵を使うほうが適しています。『敵前の森で』は、歩兵に視点を置いて書くと、ノンフィクションもどきになりそうな予感がありました。あくまで創作であることを考えると、非戦闘部隊が戦闘に投げ込まれる設定が良いと思いました。

 

──『敵前の森で』は“戦犯”と“戦後”がテーマになっています。自然に二つのテーマを思い付いたのでしょうか。

 

古処:最初にあったのは、シチュエーションなんです。声の届く距離で敵とにらみ合い、何かしらの意思疎通があり、それが戦後に引きずられるというものです。実はビルマの西部が舞台になったのも、シチュエーションに合うからです。ビルマの戦犯に関しても、資料がいろいろあります。冤罪での死刑が指摘されている本もありますし、そうした物語もいつか書きたいとの思いがありました。構想を膨らませているうちに、要素が絡み合って、ああ、これでいけるなという感じになりました。あとは書きながらです。

 

──書いているうちに出来上がっていった。

 

古処:私、大概そうなんですよ。書きながら構想しているという方が正しいかもしれません。

 

──戦争を知らない世代が戦争小説を書く難しさはありますか。

 

古処:もちろん簡単ではありません。あくまで創作ですから、何を書いてもいいのは確かですが、ひたすら重い話を書いても、小説としてどうかと思いますし、そもそも多くの方が、自分の(戦争)体験を書いているわけで、その重さにかなうわけがない。戦争云々以前に、その時代を舞台にした小説と考えて、なるべく読者が手に取ってくれるよう工夫しているつもりです。時代小説に様々な作品があるように、戦争の時代を舞台にした小説にもいろいろあって良かろうと。

 

──戦争体験者の手記など読んでいると、結構辛いこともあったけど、楽しいこともあったよ、みたいなものがあります。

 

古処:実はそうなんですよね。当事者ゆえに楽しい場面もよく知っているし、語ることもできる。時代が進むほどに戦争全体のイメージが固定化されていったのだろうと思います。

 

──だから今、戦争小説を書くのは、すごく気を遣うのではないかと。

 

古処:窮屈なところはありますね。

 

──でも、その窮屈な中で、できることはまだまだ沢山ある。

 

古処:書こうと思えば何でも書けます。発表できるかとなればまた別でしょうけど。枷のようなものが外れていけば、もっともっと、いろんな方がいろんな作品を書くんじゃないでしょうか。

 

──『敵前の森で』は、インパール作戦での撤退を扱っています。悲惨な話になりそうなんですけど、そういう方向にはいきません。

 

古処:史実を踏まえはしても、何かを訴える、何かを伝えるといった意識は持たないよう努めています。なるべく読者の興味をそそるように書いたつもりです。

 

──ビルマ人が、重要な役割で出てきます。耳と目のいい兵補のモンテーウィン。

 

古処:ビルマ人の耳の良さも戦記にはよく出てきて、それで助かったという証言も多い。そうした事実も作品に活かしたいとの思いがかねてよりありました。ちょっと大袈裟ですが超能力というか、日本人から見れば特別な能力ですから。耳の良さゆえに兵補となった例は知りませんが。