ある将校の死をめぐる戦争ミステリーの傑作『いくさの底』で毎日出版文化賞と日本推理作家協会賞をダブルで射止めた古処誠二氏。同じく第二次世界大戦下のビルマを舞台にした『ビルマに見た夢』がこの度文庫化された。本作は一転、戦場を舞台にした文化人類学小説とも呼べる短編集だ。

 飛行機に取り憑いた精霊のお告げを信じる老婆。一見動きにくそうな民族衣装で労務にあたるビルマ人の男たち。これら文化の違いに戸惑う日本軍が至った境地とは、果たして――。

 現代に生きる私たちの心の壁を突き崩す、鮮烈な5編。

「小説推理」2020年6月号に掲載された書評家・日下三蔵さんのレビューで『ビルマに見た夢』の読みどころをご紹介する。

 

ビルマに見た夢

 

■『ビルマに見た夢』古処誠二  /日下三蔵[評]

 

ビルマに駐屯する日本軍の将校が遭遇する事件の数々。戦争という極限状況と文化の違いから必然的に生み出される軋轢を解消することはできるのか?

 

 古処誠二のデビュー作は、2000年に第14回メフィスト賞を受賞した『UNKNOWN』(文春文庫版で『アンノウン』と改題)である。この作品は、鉄壁の密室と言える自衛隊のレーダー基地内で盗聴器が発見される、という謎を扱った完成度の高い本格ミステリであった。

 密室テーマの力作を着実なペースで発表するが、第4作『ルール』で本格的な戦争小説を手がけ、以後は主に戦記文学のジャンルで活躍を続けている。

 といっても推理小説から離れてしまった訳ではなく、戦時下ならではの謎を解き明かす戦争ミステリも多い。2017年の長篇『いくさの底』では、翌年の第71回日本推理作家協会賞を受賞している。

 「小説推理」に発表された5篇を収めた最新作『ビルマに見た夢』も、第二次大戦中のビルマ(現在のミャンマー)を舞台にした連作短篇集である。

 西隈軍曹は軍務遂行のために現地の人々との折衝を受け持っている。だが、文化の違いによって想像を絶した障害が発生し、原因究明とその対策に奔走することになる。

 牛車の運転手兼通訳として雇っている少年モンネイは、まだ10歳だが頭のいい子だ。前任の部隊の隊長に可愛がられて日本語を覚えたため、セリフがすべて軍人口調であるのが面白い。

 渡辺曹長は観察眼が鋭く、トラブルへの対処も的確で、西隈は渡辺こそがこの部隊の陰の所長だと考えている。

 フラウル部落から土木作業員が来なくなった原因を調べに行った西隈は、村で最高齢の老婆から、飛行機の精霊のお告げで危険だから、と言われ困惑する……。(「精霊は告げる」

 モンネイがよりによって蒋介石を尊敬していると知った西隈は、それを口外しないように諭すが、反発したモンネイは姿を消してしまう。(「敵を敬えば」

 ペストを予防するためにネズミの駆除を行おうとする日本軍に対して、長老はむやみな殺生は仏の道に反すると抵抗する。(「仏道に反して」

 昭和の戦争ミステリでは軍隊の理不尽さが強調されがちだったが、西隈は現地の文化にも可能な限り理解を示そうとする理性的な人物として描かれている。謎が解明されて終わり、というミステリの定形を外して、原因は分かっても戦争(極限状態)は続く、という構成になっているのが上手い。まさに、いま読むべき小説である。