古処誠二のデビュー作は、二〇〇〇年に第十四回メフィスト賞を受賞した『UNKNOWN』(文春文庫版で『アンノウン』と改題)である。この作品は、鉄壁の密室と言える自衛隊のレーダー基地内で盗聴器が発見される、という謎を扱った完成度の高い本格ミステリであった。

 密室テーマの力作を着実なペースで発表するが、第四作『ルール』で本格的な戦争小説を手がけ、以後は主に戦記文学のジャンルで活躍を続けている。

 といっても推理小説から離れてしまった訳ではなく、戦時下ならではの謎を解き明かす戦争ミステリも多い。二〇一七年の長篇『いくさの底』では、翌年の第七十一回日本推理作家協会賞を受賞している。

 本誌に発表された五篇を収めた最新作『ビルマに見た夢』も、第二次大戦中のビルマ(現在のミャンマー)を舞台にした連作短篇集である。

 西隈軍曹は軍務遂行のために現地の人々との折衝を受け持っている。だが、文化の違いによって想像を絶した障害が発生し、原因究明とその対策に奔走することになる。

 牛車の運転手兼通訳として雇っている少年モンネイは、まだ十歳だが頭のいい子だ。前任の部隊の隊長に可愛がられて日本語を覚えたため、セリフがすべて軍人口調であるのが面白い。

 渡辺曹長は観察眼が鋭く、トラブルへの対処も的確で、西隈は渡辺こそがこの部隊の陰の所長だと考えている。
 フラウル部落から土木作業員が来なくなった原因を調べに行った西隈は、村で最高齢の老婆から、飛行機の精霊のお告げで危険だから、と言われ困惑する……。(「精霊は告げる」)

 モンネイがよりによって蒋介石を尊敬していると知った西隈は、それを口外しないように諭すが、反発したモンネイは姿を消してしまう。(「敵を敬えば」)

 ペストを予防するためにネズミの駆除を行おうとする日本軍に対して、長老はむやみな殺生は仏の道に反すると抵抗する。(「仏道に反して」)

 昭和の戦争ミステリでは軍隊の理不尽さが強調されがちだったが、西隈は現地の文化にも可能な限り理解を示そうとする理性的な人物として描かれている。謎が解明されて終わり、というミステリの定形を外して、原因は分かっても戦争(極限状態)は続く、という構成になっているのが上手い。まさに、いま読むべき小説である。