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 試合が再開されてからも、傷口に塩をすり込むようなスコルピウスの執拗な攻めは続いた。エストレージャのディフェンス陣は荒く肩で呼吸し、大半が膝に手を当ててプレーしていたが、ラフィは虎視眈々とチャンスを窺っていた。
 相手が調べ上げた僕たちを演じて油断させるんだ。できればアディショナルタイムがいい。圧倒していながら前半終了間際に失点するという精神的なダメージを与えられれば勝機が見えてくる。
 敵がピッチに隠した秘密に僕は気づいた。そのことを悟られてはならない。前半に攻めるこの方向でしか使えない作戦なんだ。
 そして思惑通り、アディショナルタイムにチャンスが訪れた。
 ラフィはインターセプトを成功させ、完璧なタッチでボールを足下に沈める。
 いまだ!
 仕掛けのポイントまではドリブルで運ぶ必要がある。タックルを避けながら、必死に顔を上げてハルを捜した。
 シャツを絞るように掴まれたが、それでもパスを送る。
「お前のパーソナルベストを更新してみせろ!」
 柄にも無く怒鳴った。
 このピッチには、あるエリアからボールひとつ分だけゴールに向かうレーンがある。それをさっきハルとギンガーに教えた。速いボール回しが得意なエストレージャ対策としてボールスピードを三割殺すピッチだが、そのコースだけは芝目がまったく違う。逆にボールを超高速で走らせられる。
「任せろ!」
 ハルはシャツを掴む敵の手を手刀で叩き切って駆け出す。
 敵は足をからめ、ハルの膝に全体重をかけて倒れ込もうとするが間一髪ですり抜ける。
 ハルはぐんぐんスピードを上げてボールに追いついた。アタッキングサードを目前にしたハルに岩のような大男と虎のようにいかめしい二人が二人掛かりのタックルを仕掛ける。
 だが、ハルはカニばさみでボールをホールドしたまま高くジャンプして、空中で右ウイングのピアネッタにラストパスを出した。
「ピアネッタ、お前なら決められる!」
 ピアネッタは完全にフリーだった。軽視されていたに違いない。三日前に来たばかりで、ジャアジャアがいれば出番はなかったはずだ。敵に削られることもなく、体力にも余裕があった。彼こそジョーカーだ。
「決めてくれ! それ以上は君に何も望まない」
 ラフィは居心地の悪いスタジアムで、初めて胸が高鳴るのを感じた。
 ピアネッタは「やあっ!」と叫んでフルパワーでシュートを放った。ボールはレーン上でグングンとスピードを増した。
 いいぞ!
 だが、シュートはGKアンタレスの指先に弾かれてしまった。
 あのゴールキーパーの指先は鋼鉄製か。
 ラフィはため息をついた。ハルは天を仰ぎ、ピアネッタは顔を覆ってうずくまっている。
 やはり敵のゴールキーパーはレーンの位置を正確に把握していたようだ。当然か。完全な決定機だったから決めておきたかった。 
 審判はコーナーキックをエストレージャに与える前に前半を終わらせた。
 束の間の休息を求めてドレスルームへ引き揚げる仲間達の足取りは、膝まで泥につかっているように重かった。
 一方、スコルピウスの選手達はシャワーを浴びればデートにだって出掛けられそうだ。
 後半はどうなるのやら。
 ラフィはふとどこからか感じた視線の正体を探した。
 あれか。
 ドームの天井にプラネタリウムの赤い星があった。蠍座の中心にあるアンタレス。ラフィにはそれが災いと呪いを浴びせかける赤い瞳のように思えて疎ましかった。