●登場人物●
・桧山光希……広島県廿日市市から家出してきた17歳の少年。かつては強い霊感を備えていた
・頭島丈……足場工事会社、須田SAFETY STEPの従業員。寡黙で異常に勘が鋭い
・奥隼斗……須田SAFETY STEPの従業員。金髪で見た目ヤンキー
・岩崎綾……ユンボ(油圧ショベル)のオペレーター。奥の恋人
・須田要平……須田SAFETY STEPの社長

 



 十月十九日、朝九時に須田社長につきそわれて区役所へ分籍届を提出しに行った。
 七月二十日の一学期の終業式直後に家出をしてからずっと待ち焦がれていた瞬間だった。さぞや感動するだろうと思っていたけれど、終わってみたら呆気ないものだった。窓口の担当者に必要事項を記入して署名捺印した用紙を渡した、それで完了だったからだ。
「俺と嫁さんが結婚届を出したときは、窓口の人がおめでとうございます、って言ってくれたけれど、これはおめでとうって話でもねぇし、こんなもんなんだろうな」
 僕の表情から察したのだろう、どこかなぐさめるような社長の言葉に、「そうですよね」とだけ、なんとか返した。素っ気ない返事をしてしまったことに、あわてて「でも、これで一段落です」と付け加える。
 分籍届が受理されたところで親子関係を完全に解消することはできない。でも、独立できた満足感は得られた。加えて住民票の閲覧制限もかけた。これで簡単に住所の特定はできない。ただ、私立探偵でも雇えばみつけられる可能性は高い。だとしても、依頼料はそこそこかかるはずだ。強欲な母親にわずかでもダメージを負わせられるのなら、それだけでもすっとする。
 つきまとい禁止仮処分命令の申し立ても考えた。でも、今のところは被害に遭っていないから、申し立てても受理されない可能性が高い。なので今回は見合わせた。もちろん一度でもつきまとわれたら、ただちに申し立てをする。
「良かったな」と言って、社長が口の端だけ上げて笑った。
 それが社長の笑い方だ。目鼻立ちのはっきりした彫りの深い男前だから、それが様になっていてとても格好良い。格好良いのは容姿だけではない。言動、いや生き様が格好良いのだ。だから社員は皆、社長を尊敬している。その筆頭の奥さんに至っては、持ち物や仕草までまねをしている。とうぜん笑い方もまねようとした。でも細い垂れ目もあって、どうやっても不敵とか不気味な笑みにしか見えなくて諦めた。
 社長の男前スマイルを独り占めしてしみじみしている場合ではなかった。きちんとお礼を言わなくてはと、口を開く。
「今日を無事に迎えられたのも、すべて社長や職場の皆さんのおかげです。ありがとうございます」
 そう言って、深くお辞儀をした。
 格安の漫画喫茶に寝泊まりして可能な限り節約して、分籍届を出してから公的な補助を受けつつ職探しをする。これが家出前に僕が立てた計画だった。
 今なら分かる。経済的にはなんとか誕生日を迎えることができただろう。でも日々、寝食の不安を抱え、頼る人どころか言葉を交わす人もほとんどいない状態では、精神的にも肉体的にもそうとう参っていたはずだ。それに誕生日後も、経済、精神、肉体の三つともすぐには安定することは出来なかったと思う。
 けれど今の僕は、奥さんに格安でアパートに住まわせて貰い、所持金もアルバイト代で増えている。さらに今日からは須田SAFETY STEPの正社員になる。不安におびえることのない生活が約束されているのだ。何よりも安心して話し、笑いあえる人たちができた。もう一人ではないのだ。
 すべては須田社長のおかげだ。家出十一日目の七月三十日の朝、コンビニエンスストアの前ですれ違った一瞬で、社長は僕が家出少年だと見抜き、食べ物や飲み物を買ってくれ、さらにはアルバイトをしないかと誘ってくれた。あのとき社長と出会っていなかったらと思うと、本当にぞっとする。
「頭を下げられるようなことはしてねぇよ。どころか、光希はしっかりしているから、一人でどうにか出来ただろうに、今まで安い日当なのに良く働いて貰っちまったから、得をしたのはこっちの方だ。こっちこそ、ありがとうだ」
 ひょこっと頭を下げると、僕の返事を待たずに「次は銀行だな、行こう」と言って、歩き出した。
 恩着せがましさなどかけらもない。それどころか、お礼まで言ってくれるだなんて、奥さんではないけれど、「いや、もう、マジでリスペクト!」だ。感謝と尊敬で胸をいっぱいにしながら、僕よりも少しだけ背の低い社長のあとをあわてて追った。

「そんじゃ、五時に迎えに来るから」 
 区役所に続いて銀行で新しく口座を開き、昼食を挟んで午後からは携帯電話の契約を終え、残るは須田SAFTY STEPとの雇用契約のみとなった。社に戻ってすぐに終わらせると思いきや、そうではなかった。
「せっかくだし、みんなが揃っている終業ミーティングでしよう。いったん送って、また迎えに来るから」
 わざわざ社長自ら送り迎えをして貰うだなんて申し訳ないので、「自力で行きます」と言う。でも「しなきゃなんねぇヤボ用終わりの帰り道だし、手間じゃねぇよ」と言われてしまった。
 厚意は素直に受け取る。その分、ほかの誰かに同じ、いやそれ以上の厚意を施す。社訓のペイ・フォワードの精神を損なうわけにはいかない。
「お言葉に甘えさせていただきます。ありがとうございます」と、すぐさま返した。
 アパートの自室に戻ったのは午後三時を回ったところだった。このあと迎えに来て貰う五時過ぎまでは、何の予定もない。ドアを開けて室内に入ると同時に、目を閉じて集中する。でも、今回も何も感じられない。失望しながらも「浩太朗」と、彼の名を呼ぶ。もちろん、返事はない。
 タベルナおぎわらのトラブルを解決した日からずっと、ことあるごとに僕は浩太朗の名を呼び、彼を捜し続けている。でも、十月九日の朝の一度を最後に、そのあとは会えていない。はじめは夢だったと思っていた。でも、この部屋に居続けて電気を消していたものの、頭島さんにボコられて一度は姿を消した秋定さんがまた現れた。晴らしたい心残りを僕に頼み、思いを叶えてここから去って行った。その気になればどこにでも行けると、浩太朗に教えて貰ったからに違いない。
 ベッドの上に腰掛けて、あの朝、浩太朗が体育座りをしていた壁の前を見つめる。量の多いくせっ毛、黒目がちの目、少しぽっちゃりとした体格、そのすべてが中学三年のときの浩太朗ままだった。
「久しぶり」「元気そう。って言うより、前よりずっと元気だ」「これ、夢だから」
 あの朝に浩太朗に言われた言葉だ。ことに最後の「これ、夢だから」は、どこか突き放したような言い方がもっとも彼らしくて、幾度となく頭の中で再現している。
 浩太朗のことは中学一年の頃から知っていた。一つは学校内でのお一人様の陣地取りだった。一人を好む僕たちは、休み時間ごとに一人になれる場所に移動していた。けれど校内にそういう場所はあまり多くない。なのでどちらかが先にいたら、もう片方は別なところに行くというを繰り返していた。もう一つは最速下校組だ。習い事や家庭の事情、学校からとにかく早く出たいなど、理由はさまざまだけれど、誰よりも早く下校する生徒たちがいて、そのメンバーは一年間ほとんど変わらない。僕も浩太朗のその中の一人だった。
 当時の僕の浩太朗への認識は、可能な限り一人でいたい、とにかく早く帰宅したいという二つの属性が一緒な奴がいるな、のみだった。
 体格のせいなのか、穏やかそうな見た目に加えて極端な人見知り、さらには苦手なこともけっこう多い浩太朗は、ぱっと見だと内気でおとなしそうに見える。でも、実際はとても芯というのか我が強い。そう僕が気づいたのは、中学二年で初めて同じクラスになった三日目のことだった。
 クラスの中心的な存在、僕と浩太朗に言わせればボス猿とその仲間たちみたいな男子生徒たちから、浩太朗はぽっちゃりした見た目をからかわれていた。その間ずっと、浩太朗は薄ら笑いをして受け流していた。強く嫌がっていないことに、ボス猿たちは図に乗った。白くてぽちゃぽちゃしていることから、あだ名は大福だと一方的に決めつけられた。すると、今までずっとシャイな笑顔でやり過ごしていた浩太朗が口を開いた。
「相手にしたくないから、笑って受け流していたけれど、これはれっきとしたイジメだよ」
 それまでとは違うどこか突き放すような口調にボス猿たちは、最初は意味が分からなかったらしく、きょとんとしていた。
 すると浩太朗は、「やだやだやだ! そんなあだ名なんてやだ!」と、地団駄を踏みながら、びっくりするような大声で叫んだのだ。
 騒ぎに気づいた女子たちがあっという間に近づいてきた。中でもやはり人気者的な存在、こちらも僕と浩太朗に言わせれば女王蜂とその仲間たちが正義感を振りかざし、被害者である浩太朗を守ろうと、ボス猿たちを一斉攻撃したのだ。
 口達者な女子たちにいじめっ子だと悪者扱いされ、謝罪はもちろん、今後はしないと約束しないのなら、教師にチクると言われてボス猿たちは従うしかなかった。
 こうして浩太朗は、望まないあだ名を回避するだけでなく、ボス猿たちから二度とからかわれない日々を手に入れた。
 すべて見ていた僕の感想は賢いな、だった。でも一方で、今後は女子たちの弟分、あるいはペットのような立場に甘んじることになるのだろうとも思った。
 けれど、そうはならなかった。頼んでもいないのに庇護しようとする女子たちに、浩太朗ははっきりと断りの言葉を伝えていた。しかも言い方がとても上手い。最初にかならず、「心配してくれてありがとう」「気を遣わせてごめんね」などの感謝か謝罪を言う。続けて「でも自分でするから」「大丈夫だから」と、自分の意思を伝える。反感は買わないうえに、自分の要望も叶えるという見事な対処だった。想像していた以上の賢さに、畏敬の念すら僕は抱いた。
 浩太朗と僕が仲良くなったのは四月末のことだった。お気に入りの図書館の最奥の角に行ったら、すでに彼がいた。今日は取られたなと、科学準備室に移動しようとすると、「よかったら、一緒にどう?」と声をかけられたのだ。そして二度目からはそれが当たり前になった。
 最初のうちは話すこともなく、それぞれ本を読んだり、ただぼうっとしていた。でもやがてぽつぽつと会話をするようになった。天気だったり、そのときに読んでいる本だったり、授業の内容だったりと、そのときの共通の話題がほとんどで、互いのプライバシーに触れるようなことは一切話さなかった。それがとても心地よかった。やがて下校も一緒にするようになった。
 もとより下校時間は同じくらいだったから、校門で出くわしてはいた。でも、家の方向は違う。そんな僕らが一緒に下校していた理由は、二人とも家に直帰せずに、常に道を変えて大回りしたり、図書館や公園で時間を潰してから帰宅するという共通点があったせいだ。
 校内での休み時間と帰宅までの時間つぶし。それだけの長い時間を過ごしていれば、やはり徐々にお互いのプライベートに言及することもある。その口火を切ったのは浩太朗だった。
「弟がいてさ。僕と違って、明るくて運動が出来て頭も良くて。比べられるのが嫌なんだ。だから家にあまりいたくない」
 公園のベンチに腰掛けて、入道雲を見上げながらとつぜんそう言った。そうなんだと思いつつ、「君は?」と聞かれたら嫌だなと思っていた。けれど浩太朗は何も聞いてこなかった。一方的に浩太朗が自分のことを話し、僕がそれを聞く。それが二ヶ月ほど続いた六月末、いつもとは違う道を二人で開拓していて、ある家の前を通りかかった。二階の窓から老夫婦が僕たちを見下ろしているのに僕は気づいた。老夫婦も気づいたらしく、おばあさんが僕に手を振った。フレンドリーなおばあさんだなと、僕も手を振り返していると、「誰に手を振っているの?」と、浩太朗に訊かれた。
「おばあさんが」と、二階の窓を指さそうとして気づいた。家の鉄柵は錆びていて、庭には雑草が生い茂っていた。玄関脇の自転車も錆が浮いていてタイヤはパンクしていた。その家はどう見ても廃屋だったのだ。ならばあの老夫婦はこの世の者ではない。――しまった! と思ったときには遅かった。
「もしかして、光希って見える人?」
 小学校時代、僕は幽霊が見えることを伏せていた。けれど六年生の夏休みに知り合いの知り合いが相談者だったという同級生が現れて、僕と母親が何をしているかが広まって平穏な日々は終わった。僕の知らないところで母親がしていた商売のせいで、クラスの女子は自分のアクセサリーやキーホルダーを祈ってくれと持ってきた。さらには、同級生どころか他学年の生徒まで心霊相談を持ちかけきただけでなく、珍しい奴を見てやろうと、休憩時間に見物にくるようになった。なかには能力を確かめようと試そうとする者もいた。
 一番多かったのは、亡くなった親族や知り合いを呼び出してくれ、だった。恐山のイタコ的な能力は僕にはない。だから断った。すると嘘つきだと言われた。自分も霊感があると言う生徒も何人か来た。その生徒たちが見えているというものが僕には見えなかった。だから正直に見えないと答えた。生徒と友人たちは僕には能力なんてない、ただの嘘つきだと吹聴した。卒業するまで僕は、クラスどころか学校中から孤立していた。勇気を振り絞って通学しつづけたのは、我ながらすごい根性だったと思う。
 それもあって、自宅に近い公立中学ではなく、少し離れた中高一貫の私立校に進学した。入学後は、自分の能力や母親のことをひた隠すだけでなく、個人的なことを知られたくないから、できるだけ人との距離を取っていた。だから僕には友達がいない。クラスでは浮いていたけれど、そうすることで僕は平穏な学校生活を維持していたのだ。
 でも、この話を浩太朗が誰かに話したら終わりだ。もちろん彼との仲もだ。
 だが口を開いた浩太朗が発したのは「なんか、大変そうだね」のひと言だった。しかもそれっきりだ。
 浩太朗はその後、ただの一度もこの話題を持ち出さなかった。そして僕と浩太朗の友情は続いた。お互いのパーソナルデータは、それぞれが自ら明かした一部だけしか知らない。でも、深いところで理解し合えていると思える関係は、僕にはとても心地よかった。
 僕が浩太朗にすべてを話すと決めたのは、中学二年の夏休み前だ。その日は、国道まで足を延ばすコースを選んでいた。国道にさしかかって、前方のガードレールに大きめのTシャツにジーンズ姿の男が腰掛けているのが見えた。ジーンズのポケットに両手を突っ込んだ体勢で、不愉快そうな顔で空を見上げている。
 長時間、一人でいる場所ではない気もした。でもあまりにはっきり見えていたので、実在していると僕は思ってしまった。僕の視線に気づいたらしく、男がこちらを向いた。そのとき僕は気づいた。男の少し先の歩道の片隅に花束が手向けられていたのだ。
 しまった! と思ったときには遅かった。男はガードレールから腰を上げると、僕に駆け寄ってきた。
 浩太朗がいるので無視を決め込んだのだが、男はしつこかった。「俺のこと見えてんだろ?」「無視すんなよ」と、僕にまとわりついたのだ。
 そんな状態では、浩太朗に話しかけられても何も聞こえない。微妙に会話が成立していないことで察したらしく、浩太朗は僕に話しかけてこなくなった。やりやすくなったとばかりに男がそれまで以上に僕に詰め寄ってきた。顔をしかめて無視しつづけていると、とつぜん浩太朗が「いい加減にしろよっ! 迷惑なんだよっ!」と、怒鳴った。
 話しかけても上の空で会話が成立しないのだから、そう怒鳴るのもとうぜんだ、と僕は思った。けれど、浩太朗が続けて叫んだのは僕の予想とは違ったものだった。
「もう死んでんだから、そっちでどうにかしろよっ! 僕の友達に迷惑かけるな!」
 浩太朗は叫ぶと、僕の周りで手を振り回して暴れ始めた。とつぜんのことに僕の横にいた男はよけきれなかった。浩太朗の振り下ろした腕が男の体を素通りする。
「なんだコイツ、怖っ!」
 そう言うなり男が消えた。それでも浩太朗は「えいっ!」とか「コイツめっ!」と言いながら暴れ続けている。
「ありがとう、もういなくなったから」と、あわてて止めた。浩太朗はぴたりと止まって、「だったらよかった」とだけ言って、ふにゃりと笑った。
 なぜそんなことをしたのか訊ねると、答えはこうだった。
「光希って、話の最中に困った顔して黙り込むときがけっこうあるんだよ。そういうときは必ず、うるさいとか、どっか行けよとか、しらないよとか、小さな声で僕以外の誰かに言っててさ。だから、ああ、なんかいるんだ、大変だなって思ってたんだよ。だって、見えているってだけで、まったく知らない人に話しかけられて、何かしてくれって一方的に頼まれて。しかも断ってもつきまとわれるなんて嫌だろうなって思ったんだ。僕なら絶対に嫌だし。それで、ムカついたんでやってみた」
 ユーチューバーのサムネイルみたいな言葉を最後に、浩太朗は口を結んだ。
 気づかれていたことに驚いたのと、何よりも「僕の友達に」という浩太朗の言葉に衝撃を受けて何も言い返せないままその場に立ち尽くしていた。そんな僕を見て浩太朗は「手応えはまったくなかったけど、役に立てたんならよかった」と言って、歩き出した。
 浩太朗には幽霊は見えない。でも僕の能力を信じてくれていた。それだけではない。特別視したり、面白がったりせずに、僕の立場になって考えてくれていた。何よりも、僕のことを友達だと思ってくれていた。
 これまでも、褒められたり、お礼を言われたり、何かを貰ったり、面白いテレビや漫画や本やちょっとした出来事や、おいしいものを食べたりなど、嬉しいとか楽しいとか感じてはきた。けれど、その時僕の体内で膨らんできたこれは違う。嬉しいと楽しいが合わさった、いやそれよりももっと大きくてもっと温かいこれまで知らない何かだ。そして僕は気づいた。これが幸せなのだと。
「あのさ」
 打ち明け話の口火を切る言葉にこれが適切かはわからないけれど、とにかく僕は話し始めた。能力に気づかずおびえて泣き騒いだ幼少期、そのせいで両親が不仲になった。幼稚園の年長のころに能力に気づいてから、母親が商売に使い始めた。さらに自らも能力があると嘘をついてスピリチュアルな商売を始めたことで、ついに父親が愛想をつかして離婚した。小学校高学年のころには母親が僕には内緒で、僕が祈ったとか念じたという塩とか天然石だとかを売っていた。それが学校でバレて小学校六年生の二学期以降は孤立し、だから地元でない私立中学に進学し、絶対に能力を悟られたくないから出来る限り一人でいた――。
 炎天下の国道横の歩道を延々と歩きながらすべてを話し終えて、ようやく僕は口をつぐんだ。それまで無言で横を歩き続けていた浩太朗が立ち止まって僕に振り向いた。
「暑いから、コンビニに入らない?」
 これが汗びっしょりの浩太朗の第一声だった。
 コンビニの店内の冷気で涼んで息を吹き返してから、冷たい飲み物を買っていつもの公園のベンチに移動する。六月末の夕方の公園には人影はほとんどなかった。二人でベンチに並んで腰かける。
「僕のこと、嫌じゃない?」
 とつぜん浩太朗に訊かれて面食らい、「なんで?」と、訊き返した。
「光希の人生って、僕が思ってた以上にハードモードでさ。それと比べたら、僕のはただの甘えとかわがままって思われても仕方ないかなって」
 眉毛をハの字にして申し訳なさそうに答えた浩太朗に、僕はこう返した。
「大変って、比べるものじゃないよ。人それぞれなんだから。浩太朗の大変が僕には大変じゃなくても、浩太朗が大変なら大変なんだから。大変なんだから優しくしろとか、何かしてくれって言ってもないんだし、思うのは自由だよ」
「――そっか。だよな。思うのは自由だよな」
 眉尻を戻した浩太朗は、そう言って笑った直後に、またハの字眉の困り顔で僕に訊ねる。
「あとさ、さっき友達って言っちゃったけど、これも嫌じゃない?」
「嫌じゃないよ。――嬉しかったよ」
 照れくさくて浩太朗の顔を見ずに前を向いたまま僕は答えた。そのとき以来、僕たちは友達、いや親友になった。それからはいつも一緒にいた。中学三年の一月のあの日が訪れるまで。

 

(つづく)