斜め上から見下ろすような図法で銭湯を描く『銭湯図解』で話題となった、画家の塩谷歩波さん。『情熱大陸』などのドキュメンタリー番組にも取り上げられた彼女の肩書きは、設計事務所のデザイナーから「番頭兼イラストレーター」に、さらに「画家」へと進化を続けている。そんな塩谷さんの最新作は、本サイトでの連載「40℃のぬるま湯につかって」をまとめたエッセイ集『湯あがりみたいに、ホッとして』だ。この作品が生まれた経緯は? 塩谷さんお気に入りのエピソードは? 塩谷さんにお話を伺った。
(取材・文=三田ゆき 撮影=後藤利江)
この本を読んで、ホッとして、ちょっと前を向けるような気持ちになってもらえたらうれしい
──銭湯の番頭業務、フィンランドサウナ紀行についてのエッセイなど、楽しく拝読しました。そもそも、「40℃のぬるま湯につかって」の連載はどのようにはじまったのですか?
塩谷歩波(以下=塩谷):本作の編集担当者さんが、サウナ仲間なんです(笑)。もともと交流があったのですが、noteに建築学科時代のことを書いたエッセイを見た彼女が、「塩谷さん、連載やらない?」って声をかけてくれて。
最初は「銭湯やサウナを軸に、銭湯の癒しについての話だったり、サウナで出会ったおもしろい人の話だったり、ふんわりゆるい雰囲気のエッセイにしよう」という企画で、タイトルも「40℃のぬるま湯につかって」としていました。ところが、この連載がはじまったころに体調を崩しはじめ、それから2ヶ月後に番頭として働いていた小杉湯を辞めることになり……思いもよらない激動のタイミングと、連載時期が重なってしまいました。激動の時期に書いていたエッセイなので、いざまとめるために読み返すと、どう考えてもぬるま湯じゃなくて(笑)。どちらかというと、100度のお湯に入って0度の水風呂に入る、みたいな日々の記録になりましたね。
──なるほど(笑)。笑いあり、涙ありのエッセイで、ほっこりした読後感が残りました。
塩谷:ありがとうございます。連載しているときは本当に必死で、食らいつくような気持ちだったんですけどね(笑)。でも、そもそも私が「番頭兼イラストレーター」としてメディアでお話をさせていただいたのは、私と同じように休職したり、人生の節目で「どうしたらいいんだろう」って悩んだりしている方が、「ああ、こんな人もいるんだ。だったら大丈夫かも」と思ってくださるといいなと考えていたからです。このエッセイを書いているときに意識はしていませんでしたが、無意識に、そういう目的を考えて書いていたんだろうなと思います。
このエッセイを読んでくれた友だちから、「塩谷さんの書く話って、情景の描写がよくわかる」という感想をもらったことがあります。一緒にフィンランドのサウナに行ったこばやしあやなさん(※)も、フィンランドサウナ紀行のエッセイを読んで、「私、こんなの覚えてないよ。よく覚えてるね」と言ってくれて。私は記憶が映像で残るタイプなのですが、それは絵を描いているからかもしれませんし、「伝えたい」という気持ちが、自分の中で大きいからかもしれません。
(※)フィンランド在住。『公衆サウナの国フィンランド』などの著書があるサウナ研究家
──文章はもちろん、各エッセイの最後に添えられた、ゆるっとかわいいイラストにもほっこりします。
塩谷:今回、書籍に合わせて描き下ろしました! エッセイ本文も、連載したものにかなり加筆しているので、連載を読んでくださった人も楽しめるんじゃないかなと思います。
──本書の中で、お気に入りのエピソードやイラストはありますか?
塩谷:どれだろう……意外と好きなのが、高円寺での暮らしについてのエピソードですね。住んでいたアパートでは騒音に悩まされましたが(笑)、私が「番頭兼イラストレーター」として活動していた中で、「温かなカオス」・高円寺での暮らしは、すごく大きな部分を占めている。その思い出がギュッと詰まっていて、今、読み返しても「好きだな」と思います。それから、銭湯での思い出はやっぱりおもしろい! アイスピックを持ち込んで氷を砕き、マテ茶に浮かべて飲むおばさんとか……最高でしたねえ。
小杉湯にいたときって、毎日銭湯に入る生活だったのですが、そこではほぼ毎日、なにかしらすごいことが起きていたんですよ。ネタには事欠きませんね。ほっこりできるミニエピソードもたくさんあるのですが、ふくらませるには短いものもあったので、そういうものは今回、ボツにしています。ボツにしたネタは、またどこかで書いてみたいですね。
イラストは、ひと口にどれが好きと言うのは難しいけれど、この作品のために描いたイラストって、『銭湯図解』とはまた違う描き方なんですよ。ほっこりした雰囲気で描くのは、自分としてははじめての試みでもある。「私、こういう絵も描けるんやなあ」なんて思えて、楽しかったです。
このエッセイを書きはじめたのは、今から1年半くらい前。退職、独立などの動きはありましたが、気持ち的にはどんどん落ち着いている感じです。『銭湯図解』を出したときのほうが、よっぽど激動の日々でしたね(笑)。エッセイにも書きましたが、昨年の1月に体調を崩したときは、「体調を崩して今までの生活を考え直さなきゃいけない」という、設計事務所を辞めたときとよく似た状況だったんですよ。でも、今回、体調を崩して以降、小杉湯を辞めて独立する、画家になるという動きは、以前と比べて自分で決めたことがすごく多かった。自分で今の環境を作り上げてこられた気がして、心持ちとしては、どんどん自由になっている気がします。
──これからやってみたいことを教えてください。
塩谷:絵については、自分の表現をもう少し考えていきたいなという気持ちがあります。文章に関しては、今回の本に絶対入れたいと思っていたんだけれど、ボツになったエピソードがたくさんあって(笑)。それを形にしたいなと思っています。それが実現するときは、銭湯やサウナ以外にも、建築の話だったり、自分の絵のことだったり、いろいろなことを書けたらおもしろいんじゃないかなと思いますね。
──本書は、どんな人に読んでもらいたいと思われますか。
塩谷:銭湯が好きな方、サウナが好きな方、建築をやっている方はもちろん、私が休職して具合が悪かったときみたいに、「この先どうしたらいいかわかんない」「心が苦しい」っていう人に読んでもらいたいですね。うまくいかないことがあっても、この本を読んで「くだらない」って笑ったり、「こういう生き方もあるんだ」みたいに感じたり……ホッとして、ちょっと前を向けるような気持ちになってもらえたらうれしいです。
塩谷歩波(えんや・ほなみ)プロフィール
1990年東京都生まれ。2015年に早稲田大学大学院(建築専攻)を修了。16年より銭湯の建物内部を俯瞰で描く「銭湯図解」シリーズをSNS上で発表、19年にこれらをまとめた『銭湯図解』(中央公論新社)を刊行し話題を集める。設計事務所、高円寺の銭湯・小杉湯での勤務を経て、現在はフリーの画家・文筆家として活動中。銭湯業界のみならず、建築業界からも注目を浴びている。2022年2月、半生をモデルにしたドラマ「湯あがりスケッチ」がひかりTVにて放映された。すきな水風呂の温度は16度。
塩谷歩波ツイッター:https://twitter.com/enyahonami