第2回双葉文庫ルーキー大賞受賞作『だから僕は君をさらう』では、大切な人を守るために、あえて罪を犯す純愛を描いた斎藤千輪さん。今作では、その流れを踏襲したうえで、より踏み込んだ形で闇を抱える少女を救う物語を仕立て上げた。新作『闇に堕ちる君をすくう僕の嘘』の刊行を記念して、斎藤さんにお話をうかがった。

 

■「頑張ろう」ではなく「逃げてもいいんだよ」と、伝えたい

 

──今作『闇に堕ちる君をすくう僕の嘘』は家族を失った青年が、ある目的のために元人気子役で“引きこもり”の少女に近づく物語です。少女の隠された過去と、青年の目的を追う長編で読み応え抜群と早くも評判になっています。また、前作『だから僕は君をさらう』の系譜を継ぐ「ボクキミ」シリーズ最新作ですが、執筆にあたって一番意識したことはなんですか?

 

斎藤千輪(以下=斎藤):実は、デビュー作(『窓がない部屋のミス・マーシュ』)にも引きこもりの女の子が出てくるんです。彼女が窓を塞いで開けないという設定があって、その理由を明かさず窓が開かないまま完結してしまったので、「窓が開くまでの物語をもう一度書きたい」という想いが根底にありました。そのうえで、前作の『だから僕は君をさらう』は“世間という敵から逃げずに立ち向かう”話でしたが、今回は“逃げちゃってもいい”という方向で物語を作りました。

 

──それこそ、イジメを受けて学校に行けなくなっちゃった子達に、ちょっと前までは、「頑張って学校に行こうよ」ってエールを送る大人が多かったですが、今は「逃げてもいいんだよ」っていう励まし方が主流になりつつありますから、その違いですかね。

 

斎藤:それもありますね。ルールを守ろうとしたのが『だから僕は君をさらう』の主人公・モリオだとすれば、そんなルールいらなくない? というのが今回の主人公・太輝なんです。

 

──2作に共通する部分として、前作が誘拐やSNSでの誹謗中傷で、今回は不登校や引きこもりが題材です。そういった社会的なテーマへの関心から物語を作られるんですか?

 

斎藤:正直なところを言いますと、前作も本作も自分の体験がヒントになっている部分があるんです。誘拐もされかかってるんですよね、小学生のときに。知らない男性から「道案内して」と声をかけられて、遠くへ連れていかれそうになったんです。幸い、親と待ち合わせの約束があって途中で引き返したので無事だったのですが、その時点では良い行いをしたと思ってました。でも、親に話したらすごく怒られて……。幼心に、“弱者を狙う社会悪”というものを意識した瞬間でしたね。そんな体験もあって、前作『だから僕は君をさらう』では未成年者の誘拐をテーマに選んだんです。

 

──今作は、引きこもりの少女が主人公ですが。

 

斎藤:引きこもりも実体験です。十代後半の頃、人生に絶望して家から出られなくなって。どうしたら楽に命を絶てるのか、真剣に考えていた時期があったんです。自殺の名所と呼ばれる場所を何度も調べたり、まさに闇に堕ちていたというか。

 

──差し支えなければ、何が原因だったか教えていただけますか?

 

斎藤:人との距離感や、つき合い方がよくわからなかった。いわゆる“コミュ障”だったんですよね。中学時代は吹奏楽部にいたので、言葉のコミュニケーションがなくても音楽でつながれる仲間がいたんですけど、高校で帰宅部になってからは孤立してイジメに遭うことが多くなり、徐々に他人や生きること自体が怖くなってしまったんです。

 

──お辛い経験ですね。物語では、過去に辛い経験をしているヒロイン・巫香を救う存在として太輝が出てきます。実体験がベースだったとおっしゃっていましたが、斎藤さんにもそういう存在がいたということでしょうか。

 

斎藤:いました。引きこもっていた私を、なかば無理やり外に連れ出してくれた年上の友人がいたんです。しかも近所などではなく、いきなり海外(笑)。1カ月くらいタイやマレーシアを貧乏旅行して回ったんですよ。言語も文化もまったく違う国で、現地の人たちと触れ合えたおかげで、「ああ、自分の世界は小さかったんだな」と実感できました。小さな水槽の中にいたから周りの魚が怖かっただけで、大海原に出たら自由に泳げるんだって、そこで気づけたんです。

 

──そんな経験が今回の作品につながったわけですね。ただ、そういう過去のご自身の辛い体験を思い出しながら小説を書くのはキツイ作業ではないですか?

 

斎藤:いえ、むしろ楽しいです。「こうやったら辛い状況から抜け出せるよね」「あ、こんな方法もあるんじゃない?」とか、想像しながら書くのが面白い。もしかしたら、闇堕ちしていた過去の自分へのリハビリとして書いた部分もあるのかもしれないけど、純粋に“楽しい”という気持ちのほうが強いですね。

 

〈後編〉イジメ、引きこもり、失語症、自殺願望……自身の体験を小説に落とし込み「救い」を描く──に続きます。

 

斎藤千輪(サイトウ・チワ)プロフィール
映像制作会社、ライター、放送作家を経て、2016年『窓がない部屋のミス・マーシュ』で第2回角川文庫キャラクター小説大賞優秀賞を受賞し作家デビュー。18年に刊行した『ビストロ三軒亭の謎めく晩餐』がシリーズ化している。20年『だから僕は君をさらう』で第2回双葉文庫ルーキー大賞を受賞した。
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