『だから僕は君をさらう』で第二回双葉文庫ルーキー大賞を受賞した斎藤千輪さんによる新刊『闇に堕ちる君をすくう僕の嘘』が発売された。多くの読者の涙を誘った前作と同様の世界観で「大切な人を救うための嘘と罪」を描いていることから、早くも好評を得ているという。

「小説推理」2023年1月号に掲載された書評家・大矢博子さんのレビューで『闇に堕ちる君をすくう僕の嘘』の読みどころをご紹介します。

 

人を想う気持ちが涙を誘う闇堕ちミステリー  元子役で「死に憑りつかれた」美少女と大切な家族を失った青年 傷ついた二人が選んだ壮絶な結末とは――?  「君を守るためなら、僕は嘘もつくし、罪も犯す――」

 

■『闇に堕ちる君をすくう僕の嘘』斎藤千輪  /大矢博子:評

 

花屋で働く青年が出会ったのは、美しい引きこもりの少女だった──。人が人をすくうとはどういうことかを切なくも苛烈に描く、青春ミステリの佳作。

 

 辛い思いが、悲しい体験が、一度どん底まで堕ちたあとで少しずつ浄化され、軽くなって、もとの高さかそれ以上にまで再び上がってくるのを、ただじっと見つめていたような気がした。斎藤千輪『闇に堕ちる君をすくう僕の嘘』を読み終わったときの気持ちである。

 幼い頃に両親を亡くした鏡太輝は、双子の弟と離れ離れに引き取られ、高校を卒業してからはひとりで暮らしていた。そんな彼がバイトに応募したのはダリア専門のフラワーショップ。ダリアは弟との思い出の花なのだ。

 ある日太輝は、配達に訪れたマンションで天原巫香という引きこもりの少女と出会う。ハウスキーパーの鈴女にも誘われ、巫香と少しずつ交流を持つことになったのだが、彼女は何か大きな傷を抱えているようで……。

 というのが本書の導入部だが、これだけの説明だと、純朴な青年が傷ついた少女の心を癒すという話に見えてしまうかもしれない。まあ、それも決して間違いではないのだが、実は太輝の側にも最初からある目的があり、表面通りではなかったことが第1章の最後で明かされる。それにより物語はがらりと様相を変えるのだ。

 巫香の不可解な態度や太輝に頼む妙な依頼、さらにその結果などを読むにつけ、彼女が何を考えているのか、その真意はどこにあるのかという謎が膨らむ。そんなミステリとしての仕掛けやサプライズも充分。終盤は驚きの連続でページをめくる手が止まらなくなった。

 だがやはり本書の白眉は太輝がどうやって巫香をすくうのかという点にある。彼女を守りたい、すくいたいという思いが痛いほどに伝わってくる。特に本書で注目願いたいのは、太輝と巫香だけの話ではないということ。タイトルにある「闇に堕ちる」とは巫香ひとりのことではなく、他にも「闇に堕ちた」人が本書には登場する。それぞれの人が誰かに助けられ、闇から這い上がっていくのだ。闇を抱えた巫香が他の人をすくう場面もある。大人たちが若者を心配し、手を差し伸べる描写もいい。誰かが誰かのために動く。だからきっと大丈夫だと思えるのである。

 生きていくのは辛いことも多いけれど、それでもあなたを守ろうとする人はいるし、すくいあげてくれる人もいるのだと、そんなメッセージが伝わる一冊である。

 なお本稿ではこの物語に倣って、ある漢字をあえてひらがなにした。本書でもそこに気をつけてお読みいただきたい。最後の一文で意味がわかるはずだ。