沖縄本土復帰50年となる今年。時を同じくして2冊の小説が発表された。4月に発売された坂上泉氏の『渚の螢火』と5月19日に発売される滝沢志郎氏の『エクアドール』だ。時代こそ違え、同じ沖縄(琉球)を舞台にした歴史小説を上梓した二人は、奇しくも同じ文学賞(松本清張賞)出身の先輩と後輩にあたる。沖縄の歴史に精通する二人の対談を3日連続でお届けする。第1回は二人の出会い、そして同じ沖縄を舞台に小説を書いた際の裏話を聞いた。

 

滝沢氏が持参した資料本を坂上氏は興味深げに眺めていた

 

──本日はよろしくお願いします。お二人とも松本清張賞出身の小説家ですが、滝沢さんが2017年に受賞されて、坂上さんはその2年後、2019年に受賞されています。お二人が直接会うのはいつ以来ですか?

 

坂上泉(以下=坂上):私の松本清張賞贈呈式(2019年6月)以来だと思います。というのもそれ以降、コロナで授賞式や文学賞のパーティーがなくなってしまいましたから。滝沢さんとは個人的にお話ししたいことがたくさんあったので、今日お目にかかるのを楽しみにしていました。

 

──滝沢さんは2019年の坂上さんの授賞式のことを覚えていますか?

 

滝沢志郎(以下=滝沢):それが……すっごい覚えてるんですよ。あの贈呈式の時、歴代の清張賞受賞者たちとテーブルを囲んで喋っていたんですが、さっきまでステージにいた坂上さんが突然、テクテクテクと歩いてきて。しかも、満面の笑みで。すごいな、この人って思って。物怖じってものを全くしないんです(笑)。

 

坂上:いろんな方からご挨拶をいただいて、なかなか身体が空かなかったんですが、なんとか間隙を縫って皆さんにご挨拶にうかがいたいと思っていたものですから。

 

滝沢:坂上さん、覚えてます? 贈呈式の二次会でのスピーチで、僕が「今年一年、気を引き締めてとか言わないで、もう、思い切り浮かれた方がいいと思いますよ」みたいなことを言ったの。

 

坂上:はい、覚えてます。そういうことをおっしゃってましたよね。

 

滝沢:僕が受賞したときの挨拶で「受賞したからって、浮かれないで気を引き締めて頑張ります」みたいなことを言ったんですが、実はそれを後悔してて。デビュー1年目なんて、一生に一度しかないじゃないですか。だから、ちゃんと浮かれた方がいいって(笑)。

 

坂上:言ってました(笑)。

 

滝沢:そしたら、すぐにご結婚されて、浮かれるどころかいきなり落ち着かれちゃって。あらま、って思ったんですよ。

 

坂上:あはは(笑)。いやー、結婚に関しては、受賞が決まる前に、大阪で婚約していたので、ある意味浮かれていた時期ではあったんですけど。

 

滝沢:浮かれろとは言いましたけど、女遊びをしろという意味じゃないですからね。もちろん僕もしてないですし(笑)。

 

坂上:そうですよね(笑)。でも、いい意味で、浮かれさせてもらって、知人からも問い合わせがいっぱい来たりして、すごいなーって。そういう意味では、やっぱり浮かれさせてもらいましたね。あの年は。

 

滝沢:それならよかった。

 

──お二人はデビュー作がいずれも明治初期を舞台にした歴史小説でした。お互いに2作目を経て、今回3作目で同じ沖縄を舞台にした作品を書かれました。坂上さんは1972年の本土復帰直前の沖縄が舞台の『渚の螢火』。滝沢さんは16世紀の大航海時代の琉球が舞台の『エクアドール』です。沖縄の歴史を小説として描いてみていかがでしたか。

 

滝沢:琉球を描くことについては、琉球歴史研究家の上里隆史先生が当時の服装や町並みなどを研究していて、ビジュアルとして再現してくださっているので、そこまで苦労はしませんでしたが、大変だったのは主人公たちが旅をする東南アジアの描写でした。資料がなくて。日本語はもちろん英語でもないのでマレー語やタイ語の資料を翻訳ソフトを駆使して読み込んだり、マレーシアの歴史系Youtuberみたいな人が当時の城塞を紹介しているのを見ながら確認したり。とにかく苦労したのを覚えています。

 

「東南アジアに関する資料を探すのが難しかったですね」(滝沢氏)

 

──逆に坂上さんは50年前ということで滝沢さんに比べれば資料も豊富で、当時を知る人たちも多いですよね。

 

坂上:そうですね。写真資料がすごく豊富なので、当時の写真集とか見ていくと、こういうシーンもあるんだ、ああいうシーンもあるんだって、結構、よりどりみどりなんです。豊富な資料の中から取捨選択していくという大変さもあるので、一長一短って感じですね。

 

滝沢:資料がありすぎるのは僕もデビュー作と2作目で明治時代を書いていて痛感しました。『エクアドール』は中世が舞台なので、もうこれ以上資料が出てこない、ということで見極めがつきやすいというのはあります。

 

坂上:まだ存命の方がいるので下手な嘘をつけないのはありました。ただ、琉球警察のOBの方に取材したときに、「当時、米軍が雇っていたスパイのことを、“インフォーマー”と呼んでいて、米軍はそのインフォーマーへの金払いがよかったんだよ。我々は、情報料とか全然払えなかったから、やっぱりいい情報は米軍に集まってたんだよ」みたいな話とか聞けたので、そういうある一点において挿し込めるシーンを通して“らしさ”みたいなものを、自分の中で作れたのはよかったですね。

 

「琉球警察のOBから話が聞けたのは執筆に役立ちました」(坂上氏)

 

──沖縄、琉球について書かれたこのタイミングで、今年の5月15日、沖縄本土復帰50年という節目を迎えます。ここからは、お二人が考える沖縄についてお話をうかがえればと思います。

 

(第2回 本土出身の作家が語る「ウチナーンチュの誇り」と「沖縄独立」に続きます)

 

 

●プロフィール
滝沢志郎(たきざわ・しろう)
1977年島根県生まれ。東洋大学文学部史学科を卒業後、テクニカルライターを経て2017年『明治乙女物語』で第24回松本清張賞を受賞し作家デビュー。近著に『明治銀座異変』(文藝春秋)がある。

坂上泉(さかがみ・いずみ)
1990年、兵庫県生まれ。東京大学文学部日本史学研究室で近代史を専攻。卒業後、一般企業に勤務するかたわら、2019年「明治大阪へぼ侍 西南戦役遊撃壮兵実記」で第26回松本清張賞を受賞。同作を改題した『へぼ侍』(文藝春秋)でデビュー。2作目となる『インビジブル』は第164回直木三十五賞候補に。同作は、第23回大藪春彦賞、第74回日本推理作家協会賞【長編および連作短編集部門】を受賞した。