第5話 焼豚チャーシューと海鮮焼きそば
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その日の夜中までかけて企画書を書き上げた。――『クイズ・カウンターの人』という企画である。
出題者となるレポーターは、街歩きのグルメ番組の要領で飲食店に入る。お店の概要やおすすめメニューなどを簡単に紹介した後は、その店のカウンターにいるお客を見つけて話しかける。軽く名前や注文した品などを聞いた後、画面はストップモーションとなる。
『さて、ここで問題です。この人の職業は何でしょう?』
そこでスタジオゲストが回答、それぞれボケたり真面目に推理したり――というのが企画の概略だった。
回答例としては『歯科医』とか『漫才師』とか『ユーチューバー』などと書いておいた。実はそこまでの映像の中にヒントが隠れていて、それが正解発表の後で明かされる。「そういえば歯並びがよくてきれいに真っ白」とか「男二人でテンポよくしゃべっていた」とか「スマホで自撮りするための卓上用の三脚が置いてあった」とか、視聴者は既に見ていたはずの手掛かりを後から知るという趣向である。
最近のチャーシューやラーメンの取材のおかげで思いついたアイデアだった。企画書を書く間も頭の中で映像を想像できたし、司会者や回答者やレポーターの想定キャストも次々に名前が浮かんできた。これなら案外、会議を通って実現するんじゃないかと思えたくらいだ。
企画書に必要な内容を一通り盛り込んだ後、最後に企画者としての狙いを書き添えた。
『お店の魅力は、スタッフや提供される品だけではありません。そこに集う人々にも様々な魅力が隠れています。クイズを通して人々の背景にスポットを当てることで、単なるバラエティー番組を超えたノンフィクション作品ともなるのではないでしょうか?』
一通り書き終えてから何度も読み直し、PDFファイルにまとめた。今日の取材の報告と共にディレクター宛てのメールに添付し、CCでプロデューサーにも送信した。一通りやり終える頃には夜中になっていたが、神経が昂っていてしばらくは寝られないくらいだった。
スケジュールを確認すると、週明けには企画会議がある。採用か不採用か、その場で分かるかもしれない。――期待と不安のどちらも覚えたが、期待の方が大きいまま眠りに就くことができた。
だけど、さすがに甘くはなかった。
「悪くはないんだけど――ちょっと弱いんだよねえ」
ディレクターが、困ったような声で唸った。
「仕込みで用意しとくかどうかは別として、たまたま店に入ったらそこにいた人って設定でしょ? テレビで画的に視聴者を惹きつけるってわけにいかないのが困っちゃうよね。結局、どうしたってタレントさんのキャラクター頼りになっちゃうわけだから。この企画単体で、よし行こうってことは言いづらいな」
そこを突かれてしまっては反論できない。そこで視聴者を惹きつけるようなキャスティングを行う力はリコにはないのだ。
そういう認識は会議に出ている他のスタッフたちにも共通なのだろう。誰も援護射撃になるような発言はしてくれなかった。最後にプロデューサーが、助け船を出すように言ってくれた。
「まあ、経験浅い板垣が、これだけのもんが書けるってのが分かったのは収穫だよ。どういう方向のもんが作りたいかってのもなんとなく見えてきたし、この調子でどんどん出すのを習慣にしてくれりゃあいい。――こういうのは相互理解だから、何度も出してもらううちにお互いの感覚が通じてくるさ」
言葉こそ前向きではあるけれど、要はボツということだ。リコとしても前向きな返事で応じたいところだったが、なかなか明るい表情はできなかった。
それが伝わったのだろうか。プリントアウトした企画書を、プロデューサーはジャケットの内ポケットにしまってくれた。
「まあ、今回の企画は預かりってことにしとく。確かにこれ単体としては難しいけど、他の企画の中のワンコーナーとか、演者さんありきのプロジェクトで何かって時には使えるかもしれないから」
「……ありがとうございます」
ここで嬉しい顔をしていいのか、微妙なところかもしれない。――だけどリコの内心としては充分に嬉しかった。そりゃまあ、百点満点とはいかないが、少しだけでも前進できた。足跡を刻んだ、というほどではなくとも、自分の中での手応えはあった。
バラエティー企画であっても自分のやりたい方向を目指せると分かった。企画を書いて提出したことで見えてきたものもある。言われた通り、企画書を出すのを習慣にするいいきっかけかもしれない。
「じゃあ新企画の検討についてはこのへんで」プロデューサーが言った。「ちょっとスポンサー絡みで撮り足しが入りました。先々週に撮ったチャーシュー企画、明日中にも素材を撮り足して、明後日には編集を上げてもらわないと間に合わないんだけど、その仕事の割り振りは――」
スポンサーの中には冷凍食品メーカーがいる。そこが最近の物価高や物資不足を受けて新商品のラインナップを変えることになったらしい。単色のパッケージながら、チャーシューの大きさを売りにした冷凍チャーハンをプッシュしたいので、番組でもチャーシューの映像をもっと長く流したいということだった。
写真素材ももっと欲しいということで、当然その撮り足し仕事はリコにも回ってくる。――そこで、リコは手を挙げた。
「あの――どうせ撮り足すなら、昔ながらの焼豚を作ってもらって、その写真なり料理風景なりを撮るっていうのはどうでしょう?」
「そりゃまあ……」ディレクターが言った。「そういう素材があるなら使えるかもしれないけど」
「心当たり、あります!」リコは言った。「チャーシュー百軒で回ったお店の一つで、ご主人が言ってたんです。昔ながらの焼豚を、たまには作りたいって」
「じゃ、すぐ確認してみて」プロデューサーが言った。「今日の明日で、間に合うかな?」
「作るとなると半日がかりって話でした」
リコは携帯電話を取り出しながら言った。――半日がかりということは、半日あれば撮れるということではないだろうか。
胸が躍った。自分の取材、いや取材後に天福に行ったことが仕事に活かせるかもしれない。またあの店を撮ることができるかもしれない。
幸い、まだ営業時間だ。天福飯店の番号ダイアルしながら、「追加取材も予算は出ますよね?」と確認しておいた。プロデューサーは大きくうなずき、「店での値段に色付けて、特別料金をお支払いしますって言ってみろ」と言ってくれた。
通話はしばらくして繋がった。野上さんの声が聞こえてきた。
「はい、天福飯店です!」
「すみません野上さん、先日チャーシュー取材でうかがった板垣です!」
我ながら上ずった声が出た。電話の向こうから、お店の賑わいが聞こえてくる。
「実は、急なお願いで申し訳ないんですが――」
撮り足しの件を切り出した。昔ながらの焼豚という言葉に、野上さんが楽しそうに相槌を打つのが聞こえてきた。
(第5話・了)