第5話 焼豚チャーシューと海鮮焼きそば

 

 

5(承前)

 

 食事を終えたリコは、さりげなくスマホを取り出して検索してみた。『ナカノサバク メシウマ』と入力するのも癪な気がしたが、気になるのだから仕方ない。彼らの配信にコメントを入力できるようなら、せいぜいクレームでも書き込んでやるつもりだった。

「じゃ、ごちそうさまでした。おいしかったです!」

 席を立ち、黒木さんに声をかける。レジ打ちを待ちながら厨房に目をやると、野上さんがにこりと笑って会釈してくれた。

「ちょっとうるさくなっちゃってごめんなさいね」黒木さんが小声で言った。「もし気が向いたら、別の機会にまた寄ってください」

「はい、ぜひ!」

 リコも小声で返した。社交辞令じゃなく、本気でまた来るつもりだった。

 

 帰りの電車で検索画面を確認した。関連サイトがいくつも見つかった。

 まずは本人たちの動画チャンネル。都内各地の飲食店で撮影しては配信しているようだ。コンテンツ数は十数本、閲覧数はどれも三桁程度だが、それでも百回以上は見られているわけだ。

 ライブ配信は行っていないようで、天福飯店でのロケ映像もまだアップされていない。そのことにほっとした。天福のラーメンやチャーハンは気になるけれど、彼らの動画に興味があるわけじゃないのだ。とりあえず新作が更新されたら通知が届く設定にはしておいた。

 芸能プロダクションの公式サイトも出てきた。あの二人が事務所所属芸人というのが意外だったが、宣材写真などは載っていないから本気で売り出しているわけではないようだ。名目だけの所属なのかもしれない。プロフィールとして二人の名前や生年月日、定期的に出ているライブハウスやイベントの名称、それからネット上のコンテンツのリンク先が載っている。

 マサノリは二十六歳でアキトは二十五歳、どちらもリコより年下だった。お笑い系の養成所の在学中にコンビ結成と出ていたし、卒業年度から計算すると芸歴五年か六年くらいということになる。それなりにキャリアはあるわけだが、それであのトーク力や周囲への態度なのかと思うと見込みはなさそうな気がした。

 もっとも、リコ自身だって偉そうなことはいえない。もしも板垣リコのプロフィールというのが公開されていて、それをナカノサバクの二人が見たとしたら、たぶんネタにされて馬鹿にされることだろう。小さな制作会社のADでしかないし、今やっている仕事といえばチャーシューの写真百枚だ。もしもさっき、天福飯店でナカノサバクの態度に我慢できなくなり、文句をつけて喧嘩になったとしたら――口論に勝つのは彼ら二人だったかもしれない。

 ドキュメンタリー映画を撮るのが夢だった。だから映像系の専門学校に通い、卒業後はドキュメンタリー系の番組を作る制作プロダクションに就職した。仕事はきついなりにやり甲斐のある職場だったが、コロナ禍で仕事が激減したあげくに倒産してしまった。なんとか再就職はできたものの、そこは主にバラエティー番組を手掛ける制作会社だった。

 そこでリコに与えられる仕事はグルメ企画や街歩き企画の下働きばかりで、撮影現場に出られないことも多い。百軒のチャーシューは撮影仕事とも言えるけれど、一人で回っているだけでは現場をこなしたという感覚は薄かった。

 そこで、ふと思い当たった。

 自分はさっき、ナカノサバクの二人に嫉妬していたのかもしれない。

 天福飯店のテーブルを、二人は撮影現場に変えていた。自分たちの好きな形で撮影を行えていたのだ。それが心の底では羨ましかった。

 なのに彼らは、その現場を真剣な仕事場にはしていなかった。大して面白くもないくせに、悪意のフィルターを通して馬鹿にしたような態度で臨んでいた。それで余計に腹が立ったのだ。

 せっかくの撮影現場、しかもあんないい店での撮影だ。もっとしっかり撮ればいいのに。

 そんな思いが浮かんでくる。だけどリコは、そこで小さく首を振った。

 スマホを切って目を閉じた。それから大好きなドキュメンタリー映画で聞いた言葉を思い浮かべた。

 腹が立ったら自分に当たれ。人に文句を言うエネルギーで自分を磨け。

 高校生の頃に見た映画だった。児童養護施設とそこで暮らす子供たちを撮ったドキュメンタリーだ。仲良くなった友達が一緒に見に行こうと誘ってくれたのだ。自分もその施設の出身だと打ち明けられて、特に興味のなかった分野の映画に付き合う気になった。

 最初は施設で働く男性職員の発した言葉だった。インタビューの中、自戒の意味で思い出す言葉として語っていたのだ。でも多分、日頃から彼の口癖みたいになっていたのだろう。別の場面では施設で暮らす中学生がその言葉を使っていた。年下の子供同士の喧嘩の仲裁に入った時に口にしたのだ。それからカメラに向かって、照れ混じりの表情で繰り返していた。

 リコにとって印象的だったのは、そうやって言葉が伝わっていくことだった。子供たちの暮らしぶりは楽しそうなこともあれば辛そうなこともあったけれど、何かを表現して伝えていくということを形として目にできた気がした。――映画館を出る時、友達から、リコの方が感動しているみたいだとからかわれたのを覚えている。

 そして多分、今こそあの言葉を肝に銘じる時だろう。下手な配信者などに文句を言っている場合じゃない。

 この件を教訓に、自分を磨くとしたら。いったいどんなことができるだろう。

 駅に着くまでの間、そのことについて考えることにした。

 

6

 

 数日後、『ナカノサバクのメシウマ!』更新の通知が届いた。

 先日の天福飯店でのロケの回である。夜中のうちに届いた通知だったので、出勤する電車の中で眺めることにした。

 通勤時はワイヤレスイヤホンをつけるのが習慣で、気に入った音楽を流していることが多い。目ではぼんやりと窓の外や車内広告を見ながら音楽の世界に浸っているのだ。どこかで周りの現実と自分とを切り離している。

 今日はたまたま座席に座れた。おかげで落ち着いて動画を見ることができると思った。思ったのだが――結局は落ち着いてなどいられなかった。

 タイトル画面に重なってフリー音源風のBGMが流れ、天福飯店の外観が映る。そこまではよかった。意外とちゃんと編集しているんだなと感心したくらいだ。

 しかしその後がよくなかった。店の外観に合わせてアフレコの声が入ってきたのだ。それも「見た目、古い!」とか「絵面は汚いけど、いい感じのボロさですねー」などという毒舌である。もっともらしい口調で「これは安さに期待できますよ。俺らのような貧乏人にぴったりといえます」などと解説らしいことまで言っている。

 二人の口ぶりが半笑い風なのも不快だった。店では小さくなって撮影していたくせに、どの立場から物を言っているんだろうと思う。偉そうに店について語るのなら、まずは百軒くらい食べ歩いてみろと言いたくなった。

 画面はメニューのアップに切り替わった。アルバム型のメニュー帳を開いてページをめくっているところを撮ってあったらしい。その映像に合わせて、「おっと、メニューの書体が古臭い。これはポイント高いですよ」とか「やけに品数多いですね。これ本当に全部作れるんでしょうか?」などと内容の薄い実況が流れる。そうやって偉そうなことを言いながら、「ではいつものように、低予算オーダーでいってみます。ラーメン・チャーハン・ギョーザ!」というのだから、最初からメニューを見る必要もなかったじゃないかと言いたくなった。

 頼んだ料理が届くと大げさなファンファーレが流れ、観衆のどよめきのような効果音が入る。天福ではこそこそと陰気に撮影していたくせに、動画では明るい芸風をアピールしたいようだ。だったら店の人や常連さんと気さくに交流すればよかろうに、そういう撮り方は一切していなかったのが不思議だった。

 軽いコミュ障の類なのかもしれない。初対面の相手とのコミュニケーションを避けるタイプだ。中学や高校のクラスに何人かはそういうタイプの男子がいた気がする。――そういうタイプでも仲間内ではよく喋って毒舌も吐いたりするものだが、ナカノサバクにとっての動画というのは、その「仲間内」を拡大したものなのかもしれない。

 アクセス数だのお気に入り登録者だのはそう多くないから、視聴者も仲間内だったりするのだろうか。ライブの舞台に立っているのなら、そこでのお客をメインのターゲットにして動画制作を行っているのかもしれない。初めて見るリコが彼らの独特のノリに入り込めないのも、そんな「仲間内」に入れないからという気がした。

 画面はやがて彼らの食事風景に切り替わった。あの日、天福のテーブルでスマホ撮影していた動画だ。『ゲロうま!』とか『クッソいける』とか、行儀の悪い声をわざわざテロップにして表示している。彼らにとってはお馴染みの言い回しのようだった。

 さらに、店員の黒木さんが注意したところでは、音声抜きでテロップだけ表示された。

『どこにでもいるよね。口うるさいおばさん』

『いや悪いのはこっちだから!』

 画面の右から毒を吐くテロップが流れてきた思ったら、左からはツッコミのテロップが流れてくるという趣向だった。そうやって内心の声を言葉にするというのが彼らのスタイルらしい。

 きっと本人たちはボケとツッコミのつもりなのだろう。しかし現場を見ていたリコには不快なやりとりだった。周りにいたリコたちはもちろん、張本人の二人にも気をつかっていた黒木さんを、わざわざ揶揄するようなネタなんて笑う気にもなれない。あんな風に注意されたらその場面はカットするのが礼儀だろうと言いたくなった。

 二人で料理を分け合って食べ、餃子が一つ余った時とか最後の一口となった時にはジャンケンで取り合うのが彼らのやり方らしい。店内では大して盛り上がっているようにも見えなかったが、動画ではうまいこと編集してテンポを出し、テロップで細かな笑いをとりにいっている。その言葉選びで店や料理への敬意が感じられないのが問題なのだが、動画編集の技術だけはそこそこ高いようだった。

 しかし本業が芸人だったら、もうちょっと流暢に喋ったってよさそうなものだ。――だいたい彼らは、舞台でどんなネタを演じているのだろう?

 動画やテロップで喋りにこだわっているあたり、漫才師なのかなとも思うが、その割にトーク技術は高くない。コント芸なのか、あるいは歌ネタとか物真似とかの形をとったりするのだろうか。動画にはそのあたりの自己紹介が入ってないあたりも、妙に素人くさかった。

 これじゃあライブの舞台でも大してウケてないんじゃなかろうか――などと考え、ちょっと興味を抱き始めている自分に気がついた。それが彼らの戦略なのかもしれないが、そこまで知恵が回るタイプではなさそうな気もした。

 

7

 

 ナカノサバクの、本人たちにも動画にも感心しなかった。わざわざ彼らのライブに足を運ぼう、などという気は毛頭なかった。

 なのに成り行きで、彼らが出ているというライブハウスのある界隈に行くことになった。浅草の六区、かつては劇場街として栄え、今も観光客で賑わう一角だ。今度はラーメンについての取材で出向いた。

『いかにもラーメン、というイメージ通りのラーメンを出す店はどのくらいあるだろう?』

 次の企画はラーメンにまつわる素朴な疑問だった。あらかじめ出演者たちにアンケートをとって「この具が揃っていれば、いかにもラーメン!」というイメージを決め、それと同じ構成で具をのせている店が何パーセントあるか調べるのである。

 揃ってほしい具は、チャーシュー・メンマ・ナルト・ネギ・青菜の五種類となった。調理法まで調べる必要がなくなって楽になったが、やはり都内各地の店を百軒ほど調査しなくてはならない。例によって一週間で回れということで、さすがに今回はもう一人のADと分担することになった。一人あたり五十軒でいいわけだ。

 それにしても一日平均で十軒も回らなくてはならない。手早く撮影したいところだし、もちろん胃袋になるべく負担をかけたくない。自分なりに取材方法を工夫する必要があった。

 昔ながらのラーメンを出す店をピックアップして、事前に撮影していいか確認をとった。覆面調査員のような形で撮影するので、店側には一切手間をかけないといって頼めば、大抵の店は断ったりしない。最近は食べる前にスマホで料理画像を撮る客も多いので、それと同様にラーメンを一杯頼んで写真を撮って帰っていくということで許可をもらった。

 そうやってリコが受け持つ範囲に浅草が含まれていた。日本のラーメン発祥の地の一つともいわれているので調査からは外せない地域だったのだ。浅草なら十軒のラーメン店を見つけるのも簡単で、店が密集しているので距離的にも回りやすそうなのがありがたかった。

 しかし頼んだラーメンを完食しよう思うと無理が出る。せめて一軒寄るごとに間をおいて、麺はなるべく食べるがスープは残すという形で十軒を回ることにした。

 まずは地下鉄出口に近い店で一杯食べた。あっさり系の醤油ラーメンだ。腹八分よりも軽めの七分目という感覚だったが、食後の休憩のつもりで街を歩いた。少しでもお腹を減らしてから二軒目にとりかかりたい。

 一軒目はバス通りに面していたが、その道よりも歩行者専用となっている小道の方が歩きやすい。足は自然とそちらに向き、観光客が行き交う通りを進む格好になった。すると、道の先の五差路でビラまきをしている男たちの声が聞こえてきた。

「――お笑いライブやってまーす。よかったら!」

「そこの階段のぼった二階が劇場でーす」

「我々若手芸人が、生の舞台やってまーす」

 数人がビラの紙束を持って声を上げている。それぞれ間隔を空けて広がっているのは、五本の道を分担しているのだろうか。

 リコはその五差路の手前で立ち止まった。――男たちの中に見覚えのある顔がいる。この前見た、ナカノサバクの二人だった

 つい反射的に目を逸らした。彼らを避けるように道の端に寄っていた。

 だけど考えてみれば、彼らはリコのことなど知らない。たまたま同じ時に天福飯店に居合わせただけなのだ。まさか顔を覚えていることもないだろう。わざわざ避ける必要もなかった。

 思った通り、彼らの視線はリコを素通りした。無理に通行人に手渡すようなビラまきではないらしい。まずは道行く人に劇場の場所やライブ開催を宣伝するのが目的なのだろう。それで興味を持った人にだけチラシを手渡すようだ。

 外国人観光客が芸人の一人に声をかけた。地図を片手に道を尋ねたいらしい。あいにく言葉が通じないようだったが、そこでナカノサバクの一人、小柄で眉の太い方のアキトが進み出た。彼はその言語が喋れるらしく、何ごとか問い返して道順の説明を始めている。

 相方のマサノリは語学は不得手らしい。その場を離れて道の端に寄った。そして歩道の段差のところに落ちていたペットボトルを拾いあげている。

 二人それぞれの姿に、ふっと興味が涌いた。これからどう動くのか気になったのだ。――スマホを取り出して操作するふりをして立ち止まった。

 澄ました顔で二人の様子を観察した。どうせ顔を覚えられてはいないのなら、こっちがこそこそする必要はない。

 マサノリは拾ったペットボトルをジャケットのポケットに突っ込んだ。それからすこし離れたところに目を向け、落ちていた紙くずも拾い上げている。

 見れば、それは彼らが配っているチラシだった。誰かがもらった後で丸めて捨てたらしい。マサノリはチラシの束を小脇に挟み、丸められたチラシは丁寧に広げて畳み直した。――そのままビラまきに戻ったところを見ると、拾ったものは劇場に持ち帰って片付けるのだろう。

 アキトは道案内が済んだのか、ついでに劇場を指さして何やら説明している。チラシを手渡すついでに自分や相方の顔を指さして笑っているところを見ると、そのビラには芸人たちの似顔絵が印刷されているようだ。観光客もそれを見比べて笑い出し、チラシを一枚受け取ってポケットに入れている。

 どうやらビラまき芸人たちは、そうやってゴミを拾ったり道案内をしたりという形で地域貢献を心掛けているらしい。背負っている役割があるせいか、ナカノサバクの二人も天福の時より堂々として見えた。

 彼らも彼らの場所で頑張っている。反感を抱いて見下している場合じゃなかった。そんなエネルギーがあったら自分の仕事に向けるべきだろう。

 そこでふと、チラシを一枚もらっておこうかと思いついた。さすがに仕事中だから演芸観覧というわけにはいかないが、彼らがどんな似顔絵になっているのかくらいは確かめたい。天福飯店の時のように、後日またここに来る気になったらチラシが役立つかもしれない。

「――一枚いいですか?」

 近い位置にいたマサノリに、リコの方から声をかけてみた。振り向いた彼が「ありがとうございます!」と声を上げる。貰う側のこちらがお礼を言われるというのも変なものだった。

「そこの、看板の脇の細い階段を上がったところが劇場になってますんで、よろしくお願いします!」

 道案内までされてしまった。かといってそれ以上しつこくしてくることもなく、彼はまた五差路の方に戻っていく。

 リコも劇場には向かわず、次の取材先に向けて歩を進めた。――まだお腹は減っていないけれど、自分も仕事を頑張ろう、と思うことができた。

 

8

 

 嬉しいことに、浅草での仕事は意外と早く片付いた。

 十軒分のラーメン写真を撮るには十軒回らなくてはと思っていたが、もっと少なく済んだのだ。二軒目に入った店でオーストラリア人旅行者のカップルと知り合ったおかげだった。

 彼らも動画配信者だった。リコの前に入店していて、券売機で注文する自分たちを撮影していたのだ。しかしそのボタンに記された漢字が読めなくて困っていたので、リコはレンズの外から「タンタンメンですよ」と声をかけた。それでも通じなかったので、「辛め・ミソ味・ミートソース!」などと説明したら、どうにか通じた。

「オー、ありがとう!」

 漢字こそ苦手なものの、彼女の方は日本語が話せるらしい。聞けば大学で日本語を勉強中ということだった。読むのは苦手でも会話はいけるというのは、リコの英語力とは反対かもしれない。

 そんな彼女に、彼氏はにこにことスマホのレンズを向けている。ちらりと見えた画面には英語らしき文字列が浮かんでいたから、撮影と翻訳を兼ねているのかもしれない。

「では、一番大きい肉のラーメン、これですか?」

 彼女から質問してきた。チャーシューメン(大)というボタンだった。

 肉が大きいという意味ではなかろうが、角煮とか肉団子の入ったメニューは見当たらない。肉がたくさん入っているのは間違いなかろうから、「はい。ローストポークラーメンです」と答えておいた。

 それは彼氏用の注文だったらしい。彼女はノーマルなラーメンを購入し、「お待たせしました」と券売機を離れた。リコもラーメンの食券を購入した。

 そんなやり取りがきっかけで仲良くなれた。混雑した店だったこともあり、カウンターで隣同士に座ってお喋りすることになったのだ。

 彼らにしてみれば旅先でのそういう会話も楽しいのだろう。リコにはレンズを向けないから、撮影を続けていいかと尋ねてきた。リコの方でもそういう展開を楽しむ気になれたのは、天福飯店での経験があったおかげかもしれない。

「実は――私も、撮影する仕事をしています」

 仕事用のデジカメを取り出して打ち明けた。二人は大げさに驚いて、それから笑い出している。ネット配信ではなくテレビの仕事だと告げると、それはすごいと感心までしてくれた。

「ワタシの彼氏は、日本のアニメのファンです」

 テレビの仕事ならアニメとも何か関係あると思われたのだろうか。あいにくそちらの分野には疎いが、彼氏はTシャツに描かれたアニメキャラを嬉しそうに指さしている。「これから、アキハバラに行きます」と、たどたどしい日本語で話してくれた。

 そして二人は日本式ラーメンのファンでもあって、日本滞在中は毎食のように食べているということだった。この一週間ほど西浅草のドミトリーに長期滞在して界隈のラーメン屋を回っている、と言ってタブレットの保存データを見せてくれた。「Ramen」というフォルダに店の外観や二人が食べたラーメンの画像が整然と並んでいた。彼氏はチャーシューメン系の肉の多いラーメンを頼み、彼女はノーマルなラーメンを頼むのが習慣らしい。

 どれもきちんと撮られていたし、どんな具がのっているかも確認できる。撮影データを確認したらリコの撮っているものより画素数も多かった。――そこでリコは、ちょっとした裏技を思いついたのだった。

「あの、この画像、うちの仕事で使わせてもらうことはできますか?」 

 ラーメンにまつわる調査仕事のことを大雑把に説明した。二人は二つ返事でOKしてくれた。一日十軒も回らなければならないと打ち明けたら同情までしてくれたし、番組内でちらりと映るかもしれないと話したら喜んでもくれた。

 早速SNSのアカウントを交換し、何軒分ものデータをその場でコピーさせてもらった。何ならこれから行く秋葉原のラーメン屋の画像も送るということで、「わたしたちの写真、テレビで使ってね!」というメッセージまで送ってくれた。画像データの使用許諾の問題も一気にクリアできたわけである。

 念のため、二人の写真も撮らせてもらった。会社への報告にもなるし、ひょっとしたら番組内でも使えるかもしれない。二人も乗り気で、ぜひ流してほしいと言ってくれた。

 そうして二人と仲良くなれたことが嬉しかった。これも今回のテーマがラーメンだったおかげだろう。チャーシューを焼いているかどうかという調査だったら、外国人旅行者から画像をもらって済ませるわけにはいかない。

 何より、期せずして一日にラーメンを十杯食べる苦行から解放されたことにほっとした。それだけでも大儲けの気分だったし、時間が大幅に節約できたのも嬉しかった。いっそのこと、さっきもらったチラシのお笑いライブに寄ってから帰ろうかと思ったくらいだ。

 だけどそこまで浮かれるのはやめておいた。せっかく仕事で時間ができたのだ。余った時間も仕事に活かすことにした。――以前プロデューサーから言ってもらった、「板垣もばんばん企画書出して、一度は自分の企画を通してみろ」というのを実行するチャンスだと考えることにした。

 多忙にかまけて実行できずにいたが、今なら書けそうな気がする。チャーシューやラーメンの取材を通して、自分なりのヒントを掴めたような気がしていた。

 

 

(つづく)