第5話 窓布のある家
一
「その村へは、馬を走らせて半日かかるっていうんだ。行って帰ってくるだけで、まる一日。事件あらために三日かかれば、四日も留守ってことになる」
座長のカイラス・ダマが、私に目をやり眉根を寄せた。
男女八人、珍獣一頭、荷車二台とそれをひく驢馬二頭で構成される我らが小さな芸人一座は、中規模な町で興行を始めたばかりだった。客の入りはほどほどで、今後も増える見込みはないが、実はこれくらいがいちばん好ましい。忙しすぎてへとへとになることも、不入りを嘆くこともなく、気楽に過ごしていられるからだ。
気楽に、私は木戸銭集めと裏方仕事にいそしみ、座長が前口上で客の心をつかむ。楽士のパクシの胡弓とララト・アンの歌声が幕内を魅惑の色に染め、レンガ・ニイとオルド・ニイの双子の姉弟が、息の合った踊りで人々にさらなる笑顔をもたらす。ホイニー・トッツが軽快な軽業で歓声と拍手を浴び、珍獣使いのフィッツ・ローが〈翼のある虎〉を披露して、観客を驚かせる。
旅芸人の暮らしは楽ではない。蓄えができるほど儲かることはめったにないので、客の入りの悪い日が続くと、食うに事欠くこともある。巡業の旅路では、悪天候や虫の大軍や、ときには獣に悩まされる。
それでも、まったく収入にならない巡業先は存在せず、居所が変わりつづける旅暮らしでは、悪い時も長続きしない。そのうえ、私たちには金銭とは別の報酬がある。客の楽しげな顔と笑い声だ。ほどほどの日々もその味付けで、極上と思えるものになる。
ところが先ほど、付近の村で事件あらための必要が生じたという知らせが届いた。ここでの予定の期間が終わるまで気楽な日々が続くと思っていたのに、私はしばし、この安逸をはなれなくてはならないようだ。
英邁なる〈太陽の君〉の威光が及ぶ大地においては、地元の役場で扱いかねる事件を調べて事の経緯を解明する役割が、旅芸人一座に負わされている。他国の人たちの目には奇異にうつる制度のようだが、地域の利害にとらわれず、旅する者の豊かな経験と知恵で良いあらためができていると、評判はまずまずだ。なにより、巡業への認可を示す石板と引き換えにこの仕事を任せることで、〈太陽の街〉は我々に、事件あらために関わる報酬を払わずにすんでいる。それは結局、人々が納める税の軽減につながるのだから、文句を言うべきではないのだろうが――。
「こうしょっちゅうじゃあ、かなわないなあ。どんなに立派に謎を解いても、何の儲けにもならないのに」
他人の耳がないのをいいことに、フィッツ・ローが遠慮なく不平をこぼした。
「そう、しょっちゅうでもないよ。この前の事件から、もうひと月はたってるもの」
レンガ・ニイが、ほどいた髪をとかしながら気楽な声をあげた。
もうひと月。
レンガにとっては、そうなのだろう。だが私にとってひと月は、前の事件で受けた心身の疲労から回復するのにじゅうぶんな時間ではなかった。ひと月前のその件は、事件あらためだったわけではないが、謎解きを強いられ、からだに直接の害を受け、死をも覚悟させられた。できたらしばらく謎や事件とは関わらずにいたかったが、事件あらためを断ったりしたら、認可の石板が取り上げられる。
「裏方の私が四日くらいいなくても、興行はとどこおりなく続けられる。みんなに穴埋めを頼むことになるけど、行ってくるよ」
内心を押し殺しての殊勝なせりふに、座長はふんと鼻を鳴らした。
「おまえが留守にするのは、いいんだ。だが、前回の件で〈星辰の臣〉に叱られたのだ。おまえが何日も一座の者とはなれていたのは、けしからんと」
八人が思い思いに寝そべったり座ったりしていた宿の部屋を、沈黙が覆った。いつもの気ままな無言ではない。この件に口をはさみたくないという意思をもった沈黙だった。
「私のせいじゃない。もちろん、座長のせいでも、一座の誰のせいでもない。私はさらわれたんだから」
その結果、町の人々を悩ませていた盗賊団を壊滅させることができたのだから、誉められてもいいはずだ。
「それはそれ、これはこれ。とにかく、もう二度とおまえを、一日を超えて野放しにしないと約束させられた」
野放し。〈星辰の臣〉はそんな雑な言葉は使わなかったと思うが、誰の目も届かないところにおいてはいけないという意味のことは言ったのだろう。
「だから、パクシ。悪いが、こいつといっしょに行ってくれ」
我関せずの顔で胡弓の手入れをしていたパクシが、目を丸くした。もちろん、私も。
「ちょっと待ってくれ。一日を超えて一座の者とはなれてはいけないのは、パクシも、私と同じことだ」
私たち二人をその条件で引き受けることで、座長は認可板を得た。思い出そうとしても細部がかすんでしまうほど、遠い昔の話だが。
「そうだが、おまえとパクシがいっしょに行けば、おまえのことはパクシが、パクシのことはおまえが見ているわけで、おまえもパクシも一座の人間なのだから、何の問題もない」
それは屁理屈というもので、〈星辰の臣〉が知ったら再度の叱責となりそうだが、この地域にいま、彼らはいない。四日程度で事をすませれば、ばれることはないだろう。そもそも、私やパクシに、一座の目が届かない一日を悪用するつもりがないのだから、こんな制約は形式的なものにすぎない。
それをふまえて、私とともに事件あらために赴く座員を選ぶとしたら、パクシというのは妥当な解になるだろう。ララトの歌は伴奏なしでも観客を、ほどほどには魅了できる。軽業や踊りに添える音響も、パクシは胡弓を使いたがるが、ほんとうは太鼓や笛のほうがふさわしい。そして、宙返りに合わせて太鼓を打つのは座長でもこなせるし、フィッツの笛でレンガ姉弟は生き生きと踊ることができる。
そのうえ、一座の中で、馬を早駆けさせられるのは、私とパクシだけだ。他の者と行けば往復にかかる時間が倍になる。
「わかったよ。できるだけ早く事件を片付けて、できるだけ早く帰ってくる」
とはいえ、馬を走らせて半日かかる遠方の小さな村が、わざわざ旅芸人に事件あらためを要請したのだ。簡単にすむものではないだろう。
町役場の貸してくれた馬の鐙に足をかけたとき、私はぶるんと武者震いした。
二
パクシが胡弓を弾いている。馬の背に合わせて上下に動きながらの演奏なのに、器用なもので、音に不要な揺らぎはない。
馬を半日ずっと駆けどおしにさせるわけにはいかないから、ときどき速歩に落とす。するとパクシは、たづなをゆるくして腰紐にはさみ、脚のしめつけだけで馬を操りつつ、背中に負った胡弓を取り出し、弾きはじめるのだ。
規則正しい蹄の響きと風が気まぐれにたてる音に、パクシが繰り返す旋律が交じり合い、私の頭から、かつてパクシとこんなふうに馬を並べた思い出を追い払った。それが戻ってこないように、私は空っぽになった頭を、出発前に町の役場で聞いた話で満たしていった。
私たちの向かう村は、蔓の生産で有名なところだそうだ。村の山には上質な蔓が自生しており、それを刈って集めて、叩いたり水に晒したりして、籠などを編む材料に仕上げる。半分はそのまま売って、残りの半分は村の年寄りたちが、独特の複雑な編み方で籠にして、いい収入を得ているそうだ。もちろんそれらは村の共同作業による副業で、他の村と同じく個々人は、畑作や猟、炭焼きなどで生計を立てている。
また、この村には地主が一人と小作人が二人いるという。
地主というのは、我らの大地でなくなりつつある制度だ。先々代の〈太陽の君〉が、耕す者はすべからく、その土地の主であるべきとお決めになったのだ。ただし、いきなり小作料収入が皆無になったら地主の一家が困窮しかねないので、二代の猶予をお与えになった。いま地主である者の相続がおこなわれるとき、できれば小作人に土地を譲り渡す。それをしなかった場合、次の相続がおこなわれるときには、必ず小作人に土地を渡す。そういう沙汰となったのだ。
この定めに従って地主は徐々に減っていき、いまではほとんど残っていない。猶予の長さは二代の地主の寿命によるのだから、私たちが向かう村の地主は、おそらく高齢で、その親もかなりの長生きをしたのだろう。
到着してすぐ、その村には、すでに地主がいないとわかった。五日前に殺されたのだ。
「やったのは小作の一人に違いないってことで、捕まえて、先に弔いをすませたんだけど、そうじゃないかもしれないってことになって、それで、あんたらを呼んだんだ」
村の入り口で私たちを出迎えた男は、それだけ言うと、「あとは村長に訊いてくれ」と、私たちを村役場に案内した。
役場は、小ぶりで簡素な建物だったが、玄関の装飾だけは立派だった。〈太陽の街〉の邸宅の前面によく見られる漆喰飾りのようなものが、正面扉を取り巻いているのだ。
近くに寄って、彩色された蔓編みを貼り付けたものとわかった。なるほど、これが独特の複雑な編み方かと、しげしげながめていたら、早く入れとパクシに後ろから突っつかれた。パクシは胡弓にしか興味がないのだ。
通された部屋の片隅に、同じ編み方の籠が置かれていたので、観察しそこねた「複雑な編み方」を、私はしっかり見ることができた。ふつうの籠は、羊毛の糸で衣服を編むときと似たやり方で形をつくっていくのだが、この籠はおそらく四本以上の蔓を絡み合わせて、巧みにさまざまな模様を浮かびあがらせている。
「あんな立派な人を絞め殺すなんて、むごいことだ」
村長の話が、型どおりの挨拶から事件のことに移ったので、私は注意をそちらに戻した。
とはいえ「あんな立派な人」が誰か、すぐにわかったわけではない。こうした小さな集落に暮らす人たちは、村の代表者であろうとも、物事を順序立てて話すのが不得手なことが多い。そのため事件あらためでは、何が、いつ、どのように起こったのかを知るのに、まず苦労する。
「お歳を召しておられても、お元気だった。まだ十年や二十年は、ボタンガシを作ってくれると思っていたのに」
私は、ボタンガシとは何かと訊ねなかった。こういう語りに口を挟んでも、話が混乱するだけだ。いまはまだ軽く相槌を打つだけにして、あっちに飛びこっちに飛びする話に神妙な顔で耳を傾けているべきだ。
「この村で、こんな恐ろしいことがおこるなんて、いったい何の祟りなのか。私たちは、まじめに信心深く暮らしているのに。どうか少しでも早く、事の次第をはっきりさせてくれ。悪人を罰して、この村の平穏を立て直さなくてはならないのだから」
村長の嘆きと憤慨の語りはそれで終わったようなので、私は必要な質問をしていった。
「亡くなった方のお名前は? お歳は?」
「それはいつの出来事ですか」
「その女性を最後に見たのは誰で、いつのことですか」
そうしてようやく、事件の概要がわかった。
五日前の夕刻のことだ。村の男たち数人が、地主のパーキレー・カワのところに薪を運んでいった。翌日に予定されている宴会用の菓子を焼くための薪だった。
パーキレーは高齢の女性で、村で唯一、牡丹菓子の作れる人物だった。栗の粉と卵と山羊の乳を混ぜて練った生地を紐状にしてから編んで牡丹の花のようにする菓子なのだが、その編み方は籠作りのものよりさらに複雑で、しかも天火で焼きあげるため、出来上がりを見ても、どう編めばそんな形に仕上がるのか、わからないのだ。
薪を運んできた男たちは、声をかけても返事がないのをいぶかしく思い、扉を開けた。パーキレーが、作業台の傍らに倒れていた。首には紐がきつく巻かれており、すでに息はなかった。
一人が村役場に知らせに走り、パーキレーの一人息子のトンラト・カワと鉢合わせした。トンラトは、村長に頼まれた用事で朝から隣村に出かけており、ちょうど戻ったところだった。
居合わせた全員がパーキレーの家に駆けつけて、そこに残っていた者たちと、彼女が確かに死んでいること、その死が紐で首を絞められた結果であることを確認した。みんなで部屋の中央に弔い台を設えて、故人を寝かせ、固く結ばれていた紐をほどいた。
生前のパーキレーを最後に見たのは、早朝に山羊の乳を届けた村の娘とわかった。パーキレーは、戸口で山羊の乳を受け取ると、笑いながら娘を追い出すしぐさをしたという。
「これから牡丹菓子を作るんだから、のぞいたらだめよ。私が弱って生地を練る力がなくなるまでは、この秘伝を人に教えるつもりはないからね」と言って。
この日は朝から、〈川晒し〉という共同作業がおこなわれていた。刈り集めて下処理を終えた蔓を、村を横断する川に晒して叩いた後、梳いたり形を整えたりして、売りに出せるものに仕上げるのだ。村の住人のほとんどは、朝から夕刻までそこにいた。いなかったのは、ささいな力仕事もできないほどの年寄りと子供、病気で寝付いている者と、あとはパーキレーの小作人の一人であるオッタ・サルマだけだった。
オッタの畑は、その前の晩に獣に荒らされた。すぐにでも、畑を囲む柵の補修や作物の支柱の立て直し、傷んだ作物を他に害を及ぼす前に取り除くことを、やってしまわなければならなかった。通常は近隣の者が手伝うのだが、あいにく〈川晒し〉の日だ。人手は出せない。その代わり、オッタ自身の〈川晒し〉の労務は免除となって、一日ひとりで畑にいたのだ。
すなわち、その日、パーキレーの家を訪れることができたのは、オッタだけ。しかも彼にはパーキレーの死を願う理由がある。彼女は地主で、オッタは小作。地主解消令が出されたのはパーキレーの親の代のことだから、パーキレーが死ねば、土地はすぐさまオッタのものになる。
犯人はオッタに間違いないと思われた。
翌日の宴会は中止となり、犯行を認めないままオッタを拘束した。翌々日にパーキレーの弔いがおこなわれた。悔やみ客の中に、隣村の男がいた。その男は帰りがけに村役場に寄って村長と世間話をし、パーキレーが殺された日、彼女の息子のトンラトをこの村の入り口まで馬車で送ったという話をした。
村長は驚いた。トンラトはその日、朝早く出かけて夕方に帰村した。隣村に歩いて行ったのだから、帰りがその時間になるのは当然だと思っていた。けれども、馬車で送ってもらったのなら、もっと早くに帰ってきたはずだ。現に、隣村の男は、昼過ぎに、この村の近くでトンラトを降ろしたと明言した。では、それから夕方までどこで何をしていたのか。
トンラトに訊ねると、ひとりでぶらぶらと近くの森を歩いていたというが、誰もその姿を見ていない。
これで、パーキレーを殺したかもしれない人間は二人になった。トンラトと母親の折り合いが良くないことは、村で有名な話だった。トンラトは一度結婚したが、パーキレーの当たりの強さに、妻は幼子を連れて他村の実家に帰ってしまった。パーキレーが死んでも、トンラトが小作地を相続することはできないが、自分たちで耕している畑と家は彼ひとりのものになる。
パーキレーを殺したのは、小作人のオッタなのか、息子のトンラトなのか。まさか、二人が協力して手を下したのか。村の人間はすっかりわからなくなり、旅芸人一座に事件あらためを要請することとなったのだ。
三
私たちはまず、村役場から北に歩いたところにある墓地で、故人の墓に頭を垂れた。パクシは御霊に捧げると言って胡弓で静かな曲を奏で、案内役の村人を喜ばせた。
「こんなに立派な音楽を捧げてもらえるなんて、パーキレーさんもきっと喜んでるよ。いい供養に立ち会えた」
こうした村には、流しの歌唄いさえ立ち寄ることはめったにない。芸人の楽器の演奏は案内役を感激させたが、同時に憂いも呼び覚ましたようだ。
「だけど、いちばんの供養は、実の息子がここに来ることだ。あいつが母親を殺したりするわけがないのに、墓参りもできないなんて、ひどい話じゃないか。頼むから、なるべく早く、あいつを家に帰してやってくれ」
つまり、息子のトンラトが母親を殺していないと証明することを頼まれたわけだ。
「はい。なるべく早く真実が明らかになるよう努めます」
いつものように、私は結果を保証しなかった。
村役場に戻って、今度は殺人の起こった場所に向かうべく、東にのびる道を進んだ。ゆるい下り坂の先に川があり、石橋が架けられていた。川幅はさほどでないものの、河原は広く、特に橋の手前の上流側は幅のある砂地となっていて、そこに石囲いや木の台などが置かれている。〈川晒し〉のために人々が集まっていた場所だそうだ。
その情景をながめながら石橋を渡り、見通しのいいなだらかな丘をのぼっていくと、低い生け垣に囲まれた二階建ての家が見えてきた。村役場より大きくはあるが、地主の住居にしては質素な造りだ。
敷地はよく手入れされていた。生け垣の高さはそろい、あたりにごみや雑草は見当たらない。案内役によると、パーキレーはこの家に息子と二人で暮らしており、使用人はいなかった。几帳面な性格で、なんでも自分できっちりやっていたそうだ。
「地主の家にしては、貧相だな」
パクシも私と同じことを思ったようで、扉の前で独り言を漏らした。
「大きな町でたいそうなお屋敷を見てきたあんたらには、そう思えるんだろうな。これでも、村でいちばん立派な家だ」
案内役は明らかに気分を害していた。これだから、パクシを連れてくるのは嫌だったのだ。
「家のまわりに、事件の日と違っている点はありますか」
案内役は、あの日に薪を運んで来た男たちの一人だと聞いていたので、そう訊ねると、「ない」との短い答えが返ってきた。指さす先を見ると、軒下に細割りの薪が積まれている。それもそのままという意味だろう。
「中は、弔い台を設えるのに、一度いろいろ動かした。だが、いまは元通りにしてある」
そう言って案内役が扉を開けると、広々とした空間が現れた。
「中はまったく貧相じゃないな」と、パクシが目を見張った。
扉の先には、村役場の三部屋を合わせたより大きな空間が広がっており、壁の数カ所に取り付けられた燭台や、部屋の奥に据えられた家具類は、町の富豪の屋敷にありそうな品だった。
ただし、すべてが豪華なわけではない。部屋は、床の素材の違いで、手前と奧とに二分されていた。
手前は切石の床で、中央に細長い作業台が置かれ、壁際には、瓶や壺や小さな籠が整然と詰め込まれた飾りけのない戸棚が並んでいる。部屋の半分より奥は一段高くなっていて、床は磨き込まれて光沢を放つ木材。突き当たりには、中央に食器棚、左手には天火を兼ねた炉、右手に階段。そして床の真ん中には、脚に彫刻のほどこされた高級そうな食卓と、揃いの椅子が鎮座していた。卓上に置かれた水差しや香炉は銅製のようだ。
「ああいう立派な品は、長い年月をかけて、少しずつ買い集められたものなんだ。高価で見映えがするなら、なんでもいいってわけでなく、慎重に選んで、大切に手入れしておられた。なかでもいちばんのご自慢だったのが、あの、窓布だ」
部屋には入り口からみて左の壁と右の壁――北面と南面に窓があった。壁の中央にある横長の窓なので、作業台と食卓の両方に光が届くようになっている。方角からいくと、朝は作業台に、午後は食卓のほうに陽光が降り注ぎそうだ。午後も遅い時間のいまは食卓に、底辺だけが長い六角形の陽だまりが落ちている。窓の上辺に二箇所で巻き上げられている窓布が、左右に斜めに垂れているので、そんな形になっているのだ。
私は南側の窓に歩み寄り、窓布を見上げた。色は淡い黄色だが、水色も混じっているようだ。素材は、絹だろうか。
こうした村だけでなく、仲間がいま興行を続けている規模の町でも、人々が身につけている布は、その地域で採れる麻や綿の粗末な糸を自分たちで織ったものや、木の皮や粗皮製で、染色してあるものさえめったに見かけない。上等な布は富の象徴なのだ。同時に持ち主の美意識を示すものでもありえるので、故人をしっかり知るために、布を広げて見たくなった。
「この窓布を下ろしてもいいですか」
「やめてくれ」
案内役は叫んでから、困った顔で言い足した。
「事件あらためをするのに必要なら、そうしてもかまわない。ただ、その結び目、パーキレーさんにしかできない飾り結びなんだ。ほどいたら二度と元にもどせない。だから、そのままにしておきたいと、トンラトが言っていた。弔いの準備のときだ。まだ、あいつが昼過ぎに村の近くに戻ってきていたと、誰も知らなかったときの」
言われてみると、なるほど、窓布を巻き上げている紐は、蝶結びのようでありながら、ふつうなら二つある輪っかが三つある。
「亡くなったパーキレーさんは、牡丹菓子作りでも、誰にも真似のできないやり方で生地を成形したそうですね。それと同じ結び方がされているんでしょうか」
「いや、まったく違う。それに、牡丹菓子のほうは代々伝えられてきたものだが、窓布の紐は、たぶん、あの人が自分で工夫したものだ。だからこそ、トンラトにとって、大切なんだ」
「紐は、ほどかないでおきます」
もともと、どうしても広げて見なければならないものでもない。
「その布は、注文してから三年待って、やっと手に入れたものだそうだ。ずいぶん自慢していたな。客がくると、窓布を垂らして見せびらかしていた。それももう、十年以上前の話だが。金はあるんだから、もっと贅沢ができただろうに、この部屋を好きなように整えると、あとは慎ましく暮らしておられた」
こうした話から、故人の人柄はじゅうぶん伝わった。親からの相続のときに小作地を手放すほど利他の精神に富んではおらず、嫁を追い出すほどきつい性分ではあったが、地域の伝統を守る仕事をし、足るを知り、独自の美意識で暮らしを律していた老婦人。
「この作業台の横、このあたりに、パーキレーさんは倒れていたんですよね」私は石の床を指さしながら言った。「部屋の様子であの日と違っているところはありませんか」
「もちろん、作業台の上にいろいろあった」
「いろいろとは?」
「菓子を作ってたんだ。作りかけの菓子とか、道具とかにきまってるだろ」
親しかった人の死に様を、よそ者である旅芸人に説明するのが居心地悪いのかもしれない。案内人の物言いがとげとげしくなった。
出発前に村役場で、死体を見つけたときの様子を訊ねたときも、そうだった。倒れていたパーキレーの姿勢、からだは温かかったか、冷たかったか、棺台に載せたのは誰と誰か、そのとき、まっすぐ仰向けにするのに苦労はあったかなどの質問には、動揺していてよくおぼえていないとぶっきらぼうに答えるばかりだった。最初に駆け寄った者の名前や、パーキレーのからだに殴られたり打ち付けられたりした痕がなかったことは教えてもらえたが、ひどく嫌そうな顔をしていた。
道案内を始めてからは、口調も態度も穏やかになり、どうやらそちらが本来の性格のようだったが、ここにきて元に戻ってしまった。
それでも私としては、根気よく確認を進めていくしかない。
「作業台の上には、菓子を作る道具や、作りかけの菓子があったのですね」
「そうだ」
「どんな道具がありましたか」
「俺は料理に詳しくない。麺棒や粉の容器があったことくらいしか、おぼえていない。それどころじゃなかったことは、わかるだろう」
「作りかけの菓子のほうは、どうですか。どんな形のものが、どれくらい」
「ああ、それならよくおぼえている。作業台の上を片付けるとき確認したら、カチカチに乾いていたから、捨てるしかなかった。パーキレーさんの最後の牡丹菓子だったのに、残念なことだ」
「どんな形のものが、どれくらいありましたか」
重ねて訊くと、生地はすべて紐状にされ、その紐を編んで牡丹の形に整えられたものも二十くらいはあったとの答えがもらえた。
「つまり、作業はずいぶん進んでいたのですね」
「俺たちが到着したときには、あとは焼くだけの牡丹が、五、六十は並んでなきゃいけなかった」
案内役は、胸が空っぽになりそうなほど大きなため息をついた。
敷地の後方、丘の後ろ半分は、すっかり森に囲まれていた。密に生えた高木の間を茨や羊歯や、何だかよくわからない蔓草が埋める、壁のような森で、人が通り抜けるどころか、数歩踏み入ることさえ難しそうだ。そんな森が村境となっている街道端まで続いているため、村の中心からのびる道を通らないとこの丘に来ることはできないのだ。ただし、トンラトだけは――本人は否定しているが――、街道から家への抜け道を知っているという噂があり、それがトンラトが拘束されている理由だった。
丘にはほかに、左右のふもと付近にいくつかの畑と二軒の家があるという。そのうちのオッタ・サルマの家と畑を見るために、木戸の先にのびる岩場の道を下った。
道が三つに分かれた先に、小さく粗末な家が現れ、そこからさらに歩を進めたところに畑があった。豆や穀類、野菜など数種類が栽培されているようだ。獣に荒らされたという痕跡はすでに見られず、手入れがとどこおっている様子もない。聞けば、オッタが捕まったあと、別の小作人が畑の面倒をみているという。
「ほったらかしにするわけにはいかないからな。ドグレムもご苦労なこった」
「ドグレムというのは、もうひとりの小作人ですね」
「そうだ。あいつは〈川晒し〉でもずいぶん働いたし、弔いや埋葬でも、すすんで力仕事を買って出た。そのうえ、自分の畑もあるのに、オッタのぶんまで。まあ、オッタがパーキレーさんを殺したことがはっきりして、処罰のために連れて行かれたら、この畑の実りを自分のものにできると考えているんだろうが」
ドグレムの家と畑は、三叉路からのびる別の道の先にあるそうだ。小作のためか嫁の来手がなく、両親を亡くしたあとは一人暮らしをしているという。残りの道の先にはパーキレー家が自分で耕している畑があるが、さすがにドグレム一人では手がまわらないので、そちらは村の者が何人か交代で手入れをしているという。
トンラトが母親を殺したとわかった場合、その畑は誰のものになるのだろうか。
(つづく)