第4話 閉じ込められて

 

 

 

 頭の痛みで目がさめた。ずきずきと鋭いようでありながら、巨人に両手で握り込まれているみたいに鈍くもある、怪我なのか、内側からくるものなのか、その両方が混ざっているのか判然としない痛み。

 確かめるため、手を頭にやろうとしたが、痺れていて持ち上がらない。右腕を下にして寝ていたようだ。

 反対の手を支えにからだを起こすと、目の前にごつい木格子があった。

 そうだ。私はさらわれ、閉じ込められたのだ。

 しばらく呆然としていたが、右手の痺れがひいたので、そっと持ち上げ頭をさぐった。乾いた血のざらざらとした感触があった。量はわずかで、傷口は小さいようだ。

 身を起こしてから、頭痛はかなりおさまっていた。頭にやった手を真上にのばすと、肘がまっすぐになる前に土の天井に触れた。右と左にのばした結果も同様だった。この洞窟は、かなり狭い。

 正確に言うと、狭いのは私が閉じ込められている場所のみだ。格子の向こうは横にも上にも広がって、人が頭を高くして悠々と歩けそうな洞穴となり、薄明かりのさす出口らしきところまで続いている。長さは、おとなの足で十数歩ほどか。

 たった十数歩。その先にはきっと、空がある。

 外界のにおいをかぎたくて、私は深く息を吸った。湿った土のにおいがしただけなのに、胃がよじれた。わずかな刺激でもそうなるほど空腹なことに気づいたとたん、喉までひりついた。水をくれと誰かに向かって叫びたかったが、大声をあげてやってくるのは、私をここに閉じ込めた人間だけだろう。

 私は静かに木格子を揺さぶった。しっかりとはめこまれていて壊せそうにない。中央に扉があったが、向こう側から錠で閉ざされていた。このかたそうな土を掘れば逃げ道をつくれるだろうかと膝下の地面を見つめていたら、物音がして影が差した。顔を上げると、木格子の向こうに人がいた。

 洞窟に入ってくる明かりはその背後からのものなので、顔の造作や表情はおろか、衣服の色さえわかりにくいが、細身で怒り肩の男のようだ。左右に垂らした両手は空で、水か食料を持ってきてくれたわけでないことだけは明白に見てとれた。

 そちらから漂ってくる、汗と煤と一度胃の中に入った酒と、白粉おしろいか何かの甘い香りが混じりあった臭いにおぼえがあった。この男は、私を閉じ込めた人物のようだ。

「どうだ。答えは出たか」

 朝の挨拶もなしに、そう問われた。

「おはようございます」

 私のほうは礼儀正しくふるまった。閉じ込められているときには、閉じ込めた相手と少しでも良好な関係を築くのが得策だ。それに、眠る前より男の背後は明るいが、いまが朝か昼かはわからない。それをさぐるためでもあった。

 朝か昼かが判明しても事態が好転するわけではないが、こう何もかもわからない状態では、つかめることはつかんでおきたい。

「俺がゆうべ訊ねたことの、答えは出たかと訊いているんだ」

「それは、無理です」

「なぜだ」

 男は格子をがつんと蹴った。頭上から砂がぱらぱら落ちてきた。この男は気が短い。生き埋めになりたくなかったら、慎重に対応したほうがよさそうだ。

「おまえは、〈太陽の街〉で知恵の石板を授かったんだろう。そのおかげで、数々の難事件を解決したんだろう。隠しても無駄だぞ」

 言い返したいことはいろいろあった。石板は、英邁なる〈太陽の君〉が旅芸人一座の巡業を認めたことを示す認可板だ。貴重なものではあるが、知恵の湧き出る魔法の道具などではない。私一人にでなく、八人からなる我が一座全体に授けられたものであり、その代償にわれわれは、地元の役場に任せられない犯罪が起きたとき、事件あらためをおこなって、ときには裁きまで下すというやっかいな任務を負わされている。

 かつて私たちは〈太陽の街〉で、この仕事のための教えを受けたが、その内容は手続きや心構えといったものばかりで、謎解きの知恵とはほど遠かった。また、たしかに我が一座では、事件あらための必要が生じたとき、私がひとりで引き受けることになっているが、扱ってきたのは、人の感情がからまりあっていただけの、他愛のないものばかりだ。数もそれほど多くない。

 しかし、そんな説明をしても、頭上から砂が降るだけだろう。それを覚悟で言いたいことは、ひとつだけ。

「教えてください。いまの話は、誰から聞いたのですか。もしかして、我が一座の軽業師からでしょうか」

 私がかどわかされたのは、ホイニー・トッツを捜しているときのことだった。まじめで気配り上手のホイニーが、前の晩から宿に戻っていなかった。興行がその日に始まることは知っているはずなのに、どうしたのかと、手分けして行方を追っていたところ、飲食街の路地裏で後ろから名前を呼ばれた。振り向くと同時に殴られて、気がつけばこの洞窟に押し込められていたのだ。

「あいつは軽業師だったのか。口は軽くなかったな。かなり痛めつけないと、おまえの名前を吐かなかった」

 ああ、ホイニー。おまえは痛めつけられたのか。しかし「軽業師だった」とはどういう意味だ。

 不吉な予感に、うなじの毛がさかだった。

「とにかく、答えをよこせ。一晩時間をやったんだ。謎が解けなかったとは言わせないぞ」

「その一晩を、私は気絶していました」

「何だと」

「あなたは昨夜、私の頭をひどく殴りましたよね。そのため、お話を聞くあいだ、頭がくらくらしていましたし、あなたが去ってすぐ、気絶してしまったようです。いまようやく、意識が戻ったところです。謎を解くどころではありませんでした」

 半分以上はほんとうのことだ。男は昨夜、いまと同じ場所に立ってしゃべりまくったが、大きな町の路地裏で殴られ、気がつけばこんな洞窟にいたのだ。どんな話も頭に入るはずがなかった。

「手元に太陽の石板がないから、だめなのか。取ってきたら、すぐに答えを出せるのか」

 そうだと言ったらこの男は、今度は座長を殴って認可板を奪いかねない。私は急いで打ち消しにかかった。

「石板は、知恵と関係ありません。ここにある私の頭で考えますから、もう一度、どんな謎なのか、ご面倒でも最初から聞かせてください」

 たしか、裏切り者が誰かを当てろという話だった気がする。命をねらわれたとか、殺されるところだったとか、そんなことも言っていた。

 男は腰を下ろして立て膝をした。光の当たる向きが変わったためか、顔立ちや表情がいくぶんわかるようになった。目は細く、鼻がするどく高い。口元は微笑んでいるようだが、なぜだろう、機嫌はよくないように見えた。

「俺には四人の手下がいる。そのうちのひとりが、俺の命を狙っている。それが誰かを知りたい」

 それだけでは、答えを出すなど、もちろん無理だ。けれども、詳細を知るために質問するのははばかられた。相手の事情を知れば知るほど、解放される望みは小さくなる。できれば聞かずにいたかった。昨夜聞いた断片を、記憶の奥から掘り出したくなかった。しかし男は、容赦なく続けた。

「おまえほどの知恵者なら、もう察しているだろうが、俺は盗賊だ」

 私は耳をふさぎたかったが、身動きをこらえた。心の動きもできるだけ抑えた。それでも、深い沼に沈んでいくような気持ちは消せなかった。

 こうまであけすけに話すということは、もう観念しなくてはならないようだ。この男に、私を生きて帰すつもりはない。

 

 このたび私たちが巡業に訪れたのは、英邁なる〈太陽の君〉がお治めになる広大な地の、端のほうにある町だった。端といえども〈太陽の君〉の威光の及ぶ地においては、他国のような暴力にうったえる賊はごく少なく、この世の果てまでいっても尽きることのない掏摸すりや詐欺師やかっぱらいはそれなりにいても、人々は身の危険を感じることなく暮らしている――はずだったのに、この町がその例外になりつつあると、到着してから聞かされた。一、二年前から、手口の凶暴な強盗が出没するようになったのだ。

 それも、手当たり次第の犯行でなく、財産のある家にさらに金が集まる日に押し入り、抵抗する者を容赦なく殺害するのだという。半年前からは、町に近い街道に追い剥ぎまで出るようになった。こちらも、金目のものを運搬する者にかぎって襲われ、多くは命まで奪われた。

 我々は、こうした粗暴事件を扱わない。町役場にも手に負えない犯罪として〈太陽の街〉に報告が上げられ、三か月ほど前に〈星辰せいしんおみ〉と兵士が派遣されてきた。いまも下手人どもをさがしているが、成果はまだ出ていないという。

 これを聞いても、私たちは特に心配しなかった。町は大きく、にぎやかで、繁盛していそうな商店がいくつも目についた。隣国からの珍しい品が入ってくる場所であり、周辺には深い山並みがあれば、畑や牧場が点在する平原もある。さまざまな農産物が集まる景気のいい町のようだ。そして、〈太陽の街〉ははるかに遠い。こんな町なら、そうした事件が起きることもあるのだろうと考えたのだ。

 狙われるのが金持ちや値打ち物を運ぶ人間だけなら、私たちには関係ない。旅芸人が、どんなに景気のいいときでも、盗むに値する財産をもたないことは、誰だって知っているのだから。

 町役場での打ち合わせでこの話が出たのも、軽口としてだった。「興行で儲けすぎたら、危ないぞ」と忠告をするまじめな顔は、言い終えたとたんに崩れて笑みとなり、もちろん聞く我々も破顔して、声を合わせて笑った。

 宿に落ち着いてからも、誰も気にとめたりはせず、いつものようにそれぞれ勝手に外出し、ホイニーがさらわれるという事態になったのだ。次いで、ホイニーを捜していた私までが。

 

「盗賊というのは、町で人家を襲う強盗ですか。それとも、街道に出る追い剥ぎですか」

 相手のことを知らないでいれば帰してもらえるという希望が絶たれたからには、質問を控えることはない。できるだけ知って、打開の道を見つけなければ。それに、ホイニーに何があったのか、いまからでも助ける方法はないのかを、探れるだけ探りたかった。

「追い剥ぎって言い方は、好きじゃない」

「では、訊ね方を変えます。この地方には、他人の家に出没する盗賊と、町の外の道に出没する盗賊がいると聞きました。どちらの盗賊ですか」

「なるほど。知恵者らしい言い回しだな」男は思わせぶりな間をおいてから答えた。「両方だ」

「つまりあなたは、強盗で……野盗なのですか」

「野盗か。追い剥ぎより響きがいいな」男は立て膝する脚を替えた。顔の向きが少し変わって、下半分が影に沈んだ。「俺は盗賊。強盗も野盗も手がけている。もっとも、俺は命令するだけだ。実際に人を襲うのは、手下ども。しかも、強盗と野盗で違う手下だ」

 私は目をぎゅっと閉ざしたかった。そうすれば、目の前の木格子も悪人も消えてなくなるとでもいうように。子供のころにはよくそうやって、一瞬だけ、すべての不都合から遠ざかった。

 しかし、私はもう子供ではない。この状況に立ち向かわなければならないのだ。

「つまり、あなたは、街道で人を襲う野盗と、町に出没する強盗の両方に指示を出しているのですね」

「そのとおり。これは、この世で俺と、いま俺から聞いたおまえしか知らない、とっておきの秘密だ」

 ごくりと唾を飲み込みたかったが、口の中は目ざめたとき以上にからからだった。

「ということは、ホイニーにも、つまり、最初にあなたがさらった我が一座の軽業師にも、いまの秘密は打ち明けていないのですね」

「打ち明けたに決まってるだろ。俺があいつをさらったのは、どの手下が俺を殺そうとしているか、知りたいからだ。その謎解きをさせるには、こちらの事情は話さなきゃならない」

 ホイニーは、この秘密を聞かされた。けれども、いまこれを知るのは、この世で盗賊の頭領本人と私だけ。それは、すなわち――。

 意思を裏切り、私のまぶたは閉じてしまった。闇の中に泣き顔が見えた。ララト・アンの顔だった。長くいっしょに旅してきたが、我が一座の歌姫の泣き顔を、私は一度しか見たことがない。

 目を開けて、大きく息を吸って、吐いた。

「ホイニーは、あなたの事情を聞いたけれど、謎解きができなかった。そして、一座の中で謎解きをするのは、自分ではないと言ったのですね」

「さんざん痛めつけてからな」

「それから、ホイニーは殺されたのですか。お願いですから、教えてください。彼は、どんなふうに死んだのです。何か言葉を遺しませんでしたか」

「間違えるな」男の声は、これまで以上に低くて、冷たいものだった。「訊ねるのは俺で、おまえはそれに答えればいいんだ。関係のないことで時間を無駄にするな」

「しかし、謎がうまく解けたら、私は仲間のもとに帰してもらえるのですよね」私は無邪気を装って、そう言った。「だとしたら、ホイニーの遺された妻に、彼の最期を伝えなければなりません。簡単にでいいですから、教えていただけませんか」

 答えは、拳が木格子にぶつかる音と、頭上から降る砂粒だった。

「わかりました。どうぞ、あなたの謎をお話しください」

はなからおまえの許しなど、いらないんだ」

 私が無言で歯を食いしばっていると、男の口の両端が、影の中で見てとれるほど大きく上がった。

「俺とおまえの立場がどういうものか、わかったのなら、軽業師の最期を教えてやろう。おまえに頼まれたからじゃない。謎が解けなかったらどうなるかを教えるためだ。おまえの名前を吐いたあと、俺の手下があいつを、ふっとぶほど強くぶんなぐった。そうしたら、ポキっと派手な音がして、首が折れた。たしかめてみると息をしていなかったんで、変な具合に首が曲がった死体を、手下が近くの崖から投げ捨てた。高い崖だ。下に落ちるまでにけっこうな間があった。そのぶん、腹に響くような物音がしたぞ」

 目だけが光り、鼻から下が薄暗がりに沈む顔が、酷薄に笑っていた。

 

 

 俺には四人の手下がいる。この四人は、ほかの三人を知らない。俺の名前や住処すみかも知らない。手下の誰かが捕まっても、俺や他の手下にたどりつけないようになっているんだ。

 このうちのひとりが、俺を殺そうとしている。

 四人は互いを知らないから、手を組んでいるわけはない。ひとりだけ、俺を裏切ったやつがいる。

 俺が知りたいのは、それが誰かということだ。どうしてなのかは、まあ、想像がつく。俺の代わりにこの盗賊組織を牛耳ぎゆうじろうって腹なんだろう。

 四人がどんな〈人物〉か、それを話さなきゃいけないな。でないと謎が解けないことくらい、俺だってわかっている。だからもう二度と、質問はするな。話すのは俺。おまえは聞いて、答えを出せば、それでいいんだ。

 

 一人目の手下は、独立大工だ。親方の組に入ってるんじゃなくて、声のかかった現場に助っ人に行く。だから、ひとりでふらりとどこかに出かけても気づかれにくい。ときどき俺に会っていることを、誰も知らない。

 独立大工を助っ人に呼ぶような工事を頼むのは、金持ちばかりだ。そういう現場にいると、いろんな話が耳に入る。大工仲間からもそうだが、家の人間や使用人、客との話なんかもまる聞こえだ。そういう連中は、壁の向こうに大工がいて、そいつには耳があることを考えもしないからな。

 で、いい話をつかむと、俺に知らせる。つまりこの手下は、強盗稼業のネタ元だ。

 こいつとは、十日に一度、決まった場所で会うことにしてある。東の広場。町に三つある広場のいちばん東側のやつだ。中に、太いくすのきが何本も立っていて、見通しがよくないんで、使いやすいんだ。

 あいつは、南の入り口から入って五本目の木の北側に寄りかかって俺を待つ。俺はあとから行って、東側に寄りかかる。あいつは周りに人がいないのを確かめて、いいネタがあれば、手短に話す。なければ「ない」とだけ言う。俺のほうは、あいつからのネタで実入りがあれば、その分け前を渡す。

 顔を見合うこともない。ほんの短い時間の会合だ。

 ところが、この前そこに向かっていて、三本目の木の横まできたとき、くしゃみが出た。くしゃみってのは、前兆がある。うっと息がつまるから、俺は思わず足をとめた。そのとたん、木の陰から光る何かが飛び出した。それが刃物だとわかる前に、俺は「くしょん」とやりながらのけぞった。同時に、片手を伸ばして、刃物を握る腕をつかんだ。

 残念ながら、すぐ振り払われて逃げられた。だが、そのとき顔が見えた。目の大きい、口元の引き締まった、若い女に騒がれそうなつらだった。

 くしゃみが出てなきゃ刺されてた。そう思ったが、さほど気には留めなかった。俺は、過ぎたことをくよくよ悩むたちじゃないんだ。刃物を使う強盗が、俺の手下しかいないってわけもない。よほど切羽詰まった奴が、がむしゃらに通行人から金を奪おうとしたんだろうと思ったんだ。

 

 二人目の手下は、大きな飛脚屋に雇われている平凡な男だ。

 飛脚は、手紙だけじゃなく、金目のものも運ぶから、街道の物の流れをいちばん知っているのは、あいつらだ。自分の店のことだけじゃなく、よその店のことだって。飛脚の噂話は、脚と同じくらいよく走るからな。

 この手下は、いいネタをつかんだら、朝、町役場の裏の溝にひいらぎの葉を一枚落とす。

 あそこの溝には葉っぱがいくつも落ちてるんで、誰もそんなことには気づかない。あのあたりには柊の木なんてないから、よく見ればおかしいんだが、そもそもあんな溝、誰ものぞきこまないものな。

 俺は毎日あそこを通って、ちらりと溝に目をやる。柊の葉を見つけたら、次の日の昼にここに来る。この手下は、一人目の手下のようには賢くないから、しっかり話を聞かなきゃならない。誰にも見られずに会うのには、山の中がいちばんだ。飛脚は、しょっちゅう町を出てもおかしいと思われないしな。

 大工の手下がどう賢くて、飛脚がそうじゃないかというと、つかんだネタで俺が強盗を成功させたらどうなるか、大工にはわかる。この話は、自分しか知らないし、そのことに、この現場の親方は、何かあったら気づくだろう。こいつは使えないネタだ――そんなふうに見分けられるから、俺はあいつに詳しく聞かずに先に進める。

 飛脚の手下は、冗談と本気の区別もつかないほどの愚か者だ。耳にした話を間違えずにおぼえていられるのと、俺の言いつけをきちんと守るのだけが取り柄。あ、それから、家の前に柊の木が生えてることもだな。柊の葉は、てらてら光ってるから、足を止めなくても溝にあるのがすぐわかる。秘密の合図に便利なんだ。

 この町のどこの飛脚屋がいつ、どんな金目のものを運ぶかの報告をこの手下から受けたら俺は、それを聞いたときのことを根掘り葉掘り訊ねる。誰が言ったのか。その話が出たとき、そばに誰がいたか。ほかにどこの飛脚屋が知っているのか。

 で、使っていいネタかどうかを見極めて、礼金を払う。

 こんなふうにして俺は、ネタ元を気取けどられずに盗賊稼業を続けている。

 

 東の広場で知らない男に刺されそうになった四日後に、町役場の裏の溝で柊の葉を見つけた。俺は町を出て、山の隠れ家に向かった。つまり、ここだ。街道から細道に入って、最後はまるっきりの山の中を通ってやっとたどりつく、役人どもには絶対に見つけられない場所だ。

 細道から山に入るとき、俺はいつものように、あたりに人のいないことを確かめた。そこから先は、獣にだけ用心すればいい、俺と手下しか知らない秘密の道だ。人や獣の踏み跡さえないが、俺は慣れてるから、迷わずに進める。

 で、細道をそれて、山をのぼりはじめてすぐのことだ。俺の耳が何かをとらえた。音ともいえない、ただの気配みたいなものだったが、東の広場のことがあったから、自然に用心していたんだろうな。俺はとっさに身をかがめた。

 俺がかがみきる前に、岩の陰から刃物をもった男が飛び出した。俺はそいつの足を払った。やつは倒れたが、そのままくるりと転がって立ち上がった。そのとき一瞬、顔が見えた。間違いない。前と同じ男だ。

 俺は懐から短剣を出して鞘から抜いたが、その隙に、やつは背中を向けて走り出し、あっというまに見えなくなった。

 

 同じ男に、二回も殺されかけた。あいつはいったい、誰なんだ。

 それよりも、あいつはなぜ、俺を待ち伏せできたのか。

 俺があの日、あの場所を通ることを知っていたのは、飛脚だけだ。広場の大工との待ち合わせも、知っていたのは大工だけ。だが、飛脚は大工を、大工は飛脚を知らない。二人とも、俺の名前も住処も知らない。手を組めるはずはない。

 わけがわからなくて、いらいらした。

 

 三人目の手下は、強盗の元締めだ。いつ、どこを襲えと俺が命じたら、口のかたい腕自慢を四、五人雇って、きっちりやりおおせる。話の流れで三番目になったが、いちばん古くからの手下だ。盗んだ物は、ごまかさずに俺に全部差し出す。俺はそこから、あいつにじゅうぶんな分け前をやる。

 この手下とは、酒場で打ち合わせをしてきた。もともと飲み仲間だったから、ふたりで飲んでいても人目を引くことはない。あいつはほとんど毎日、その酒場のあたりで飲んでいるから、用があるときは、そこに行きさえすればいい。

 ただし、やつは俺の本名を知らない。住処も知らない。それは絶対、確かなことだ。あいつと飲んだあとの帰り道、俺はずいぶん用心してきた。

 二回も命を狙われたことで、俺はこいつと会う場所を変えようかと思った。その理由を告げて、今度のことを相談しようかとも。

 だが、やめた。大工と飛脚のどちらかが俺の命をねらっている。その話をしたら、俺がどうやっていいネタを仕入れているかわかってしまう。やつが俺の真似をして、俺なんかいらないと思うようになるかもしれない。

 それに気づいたら、急にあいつが疑わしくなった。俺は、あいつと会ったあと、家に帰るときは気をつけていたが、朝まで飲んだあとで、役場の溝を見に行ったことがあった。もしかしたら、東の広場に行ったこともあったかもしれない。

 俺はあいつに、近頃おかしな動きがあるから、仕事を少し休むことにしたとだけ告げた。

 実際、〈星辰の臣〉が兵士を引き連れて来て、盗賊を捕まえようとやっきになっている。いまだに、強盗と野盗を同じ人間が操っているのにも気づいていないようだから、放っておいても危険はないが、あいつはすんなり納得した。

 

 仕事を休んで、そのあいだに、この件をはっきりさせようと俺は考えた。でないとそのうち、あの目の大きい男に殺される。あいつはそうとうの腕利きだ。あいつが現れた二回とも、俺は偶然、助かった。三回目には仕留められるかもしれない。誰があいつを殺し屋として雇ったのか、それをつきとめて、やめさせなきゃならない。

 

 四人目の手下は、流れ者だ。

 こいつは根っからの乱暴者で、人を痛めつけるのが何より好きなんだ。痛めつけて、そのついでに金品を巻き上げたりと、まさに追い剥ぎをやりながら北の方から流れて来た。あのままだったら、返り討ちに遭うか、捕まって処刑されて、いまごろは土の下に眠っていただろう。

 だが、俺が拾って、捕まらずに人を襲う方法を教えてやった。山の中の隠れ家も与えてやった。町には住めないやつなんだ。

 俺は、飛脚が仕入れたネタをこの流れ者――四人目の手下に伝えて、いつ、どうやるかを教えてやる。ときにはついていって、終わるまで見守って、興奮しているあいつを隠れ家まで連れ帰る。おかげであいつは、捕まることなく、人を思う存分殴ったり、殺したりして金を稼いできた。

 四人目は、ときどき誰かを痛めつけないと、いらいらがたまって、どうしようもなくなるやつなんで、いまの暮らしをすこぶる気に入っている。金があるから、たまに町に出て豪遊し、いらいらがたまるころには、野盗の仕事が入る。

 四人目は俺にものすごく感謝していて、奪った金品を少しもごまかさずに俺に差し出す。俺はそこから、じゅうぶんな分け前を与える。

 つまり、俺とあいつは、うまくやってきたんだ。

 だが、仕事をしばらく休むとなると、四人目のいらいらがたまって、役人に捕まるような暴れ方をするかもしれない。そんな心配をしているうちに、こいつのことも怪しく思えてきた。

 四人目は、俺に感謝しすぎるくらい感謝しているが、それが芝居だったら?

 あいつにそんな器用なことができるとは思えないが、人はわからないものだ。

 四人目が、大工との連絡場所を知っているはずはない。だが、俺は何度かあいつの隠れ家で酔っ払った。ふだんは正体がなくなるほど飲むことはないんだが、山の中の秘密の場所だ。わけがわからなくなっても困ることはない。そんな油断があったんだろう。目がさめたとき、前の晩のことをさっぱり覚えていないことが、二、三回だか、あったと思う。そのときに、うっかり何か口走ったかもしれない。

 

 そんなことを考えていると、いっそ、四人とも始末したくなったが、せっかくうまくいっている商売を台無しにするのは惜しい。どう考えても、四人が結託しているはずがない。裏切り者は一人だけ。そいつを成敗すれば、野盗か強盗のどちらかはこれまでどおり続けられる。そのうち、成敗したやつの後釜を見つけて、もうひとつも元通りに立て直せる。

 問題は、どうやって裏切り者を見つけるかだと悩んでいたとき、噂を聞いた。町に、旅芸人一座がやってくる。しけた芸しかできない小さな一座らしいが、謎解きに関してはたいした腕をもっている。

 それで、決めたんだ。芸人をさらってきて、俺の知りたい答えを見つけさせようと。

 さらうのはもちろん、四人目だ。さらうとき好きに痛めつけていいと言えば、あいつのいらいら封じにもなる。

 ところが、最初にさらったやつは、謎解きなんかできないと言った。だからいま、お前に訊いているんだ。

 

 

(つづく)