翼虎よくこのはばたき

 

 

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 翌日の朝、私はひとりで袋職人を捜しに出かけた。倉庫からの帰途、ギャンとテンに袋の実物を見たいと頼んだのだが、案内を断られたのだ。

「もう、忘れたのか。袋は全部、商人が持っていった」

 ギャンが私の記憶力を非難し、テンは、もうじゅうぶんに協力してもらったから、さらなる調査には及ばないと、まわりくどく辞退した。それでも私はねばってみた。

「中身のない空袋なら、袋を作る職人の手元にありはしませんか。職人が仕事をしているところに案内していただけると、ありがたいのですが」

「俺たちは、畑仕事で朝が早いんだ。昼過ぎまでは、からだがあかない」

 村の住人のほとんどは畑作で生計を立てている。酒の造り手の十四人も、本業は芋や野菜の栽培だ。この地域は昼間の日差しが強いので、早朝から正午くらいまでが忙しいらしい。

 昼からは興行の準備があるため、私のほうがからだがあかない。公式な事件あらためであれば、仕事を抜けてもいいと座長は言うだろうが、今回はそういうわけにはいかないし、私もそこまでしたくない。

「では、興行の終わったあと、今日おふたりがいらっしゃった時間に、袋職人にお会いするのは無理でしょうか」

「無理だな。あの連中は早寝なんだ。夜が更けてから訪ねるなんて無作法はできない」

 そんなわけで、私はギャンとテンに頼ることなく出かけたのだ。

 

「工房に行けば、誰かいるよ。いなかったら、ここに戻ってくればいい。カイラ・ドンバの家を教えてやる」

 朝から開いていた食堂で訊ねると、店主が袋工房の場所を教えてくれた。カイラ・ドンバというのは、最年長の職人だそうだ。

 工房は、倉庫とは別方面の村はずれにあった。杉らしき板壁に切妻屋根の小屋で、さして大きくない屋根の奥側に、三本もの煙突が立っていた。

 中から物音がするので扉を叩いた。返事はなく、物音は同じ調子で続いている。

 私はもう一度扉を叩いてから、挨拶をして名乗り、用件を話した。物音がやんで、少ししてから扉が横にがたんと動き、地面すれすれまで下がっている暖簾のれんが割れて、浅黒くて皺だらけの老いた顔が現れた。

「ギャン・チュカンとテン・ハングリが、旅芸人に相談に行くと言っていた。あんたがその芸人か」

 物言いはぶっきらぼうながら、子どものようにくりくりした目で私を見つめる。

「どんな芸ができるんだ。歌は得意か」

「いいえ。私は裏方なんです」

 老人はがっかりしたように首を垂れると外に出て、板戸を素早く閉ざすと、カイラ・ドンバと名を告げた。

「工房は、職人以外、誰も足を踏み入れてはならないんだ。話はここで」

 小屋の外壁沿いに横たえてある丸太に腰を下ろした。小柄で腰が曲がっているので、座っても、頭の高さがほとんど変わらなかった。私も、少しはなれたところに腰を下ろした。

「で、何が知りたい」

 私のほうでなく、まっすぐ前を向いてカイラ・ドンバが訊ねた。その横顔を見て、私は最初の質問を変更した。

「ビク酒が水に変わったとわかったとき、あなたはどう思いましたか」

 老職人はさっと私に顔を向け、「ふむ」とうなった。私は黙って返事を待った。

「天罰が下った。この村は、太陽様の機嫌をそこねた。そう、みんなは言っている」

 テンとギャンが倉庫で私に口にしてほしかったのは、この見解だったのだろう。商売ものはすべて水に変わったのに、〈太陽の街〉に、つまりは太陽神に捧げるものは酒のままだった。そこから思いつくのは、だいたいそういうことになる。私やフィッツのような、世の中を斜めに見ている人間をのぞいては。

 もしかしたら、私の横に座る老人もそのひとりなのかもしれない。〈みんな〉とは違う意見をもっているという顔をしていた。

「私がここに来たのは、あなた方が、酒がすっかり水に変わったと判断したときの状況が、ギャンさんとテンさんのご説明を聞いても、よくわからなかったからです。なにしろ、倉庫にはビク酒の現物がありませんでしたから」

「そんなもの、ここにもないぞ」

「空の袋くらいは、ありませんか。ビクの皮で出来た、三人の職人しか作れないという袋を見てみたいのです」

「待っていろ」

 老人は立ち上がって工房に入り、またあれこれと物音をたてた。それが長引き、もう出てこないつもりかと心配になったころ、灰色の畳んだものを手に戻ってきた。

「大切に扱ってくれ。来年の酒を容れる袋だ」

 手渡されたそれは、ごわごわしていて、分厚くて、衣服や鞄の材料には向いていないとわかる皮だった。鼻を近づけても倉庫でかいだような匂いはせず、ほとんど無臭だ。皮と芋焼酎が時間をかけて反応し、あの独特の香りを生みだすのだろうか。

 両端を持って広げると、腕をしっかりのばせるほどの大きさがあり、この中を酒で満たせば、けっこうな量になるなと思った。

 形は、まさに動物の皮だ。首は切り取られてなくなっているが、それ以外すべてそろった、命の抜け殻。

 表面に毛穴がびっしり並んでいるが、毛の痕跡はどこにもない。剃ったのでも焼き切ったのでもなく、皮の内側にあったはずのもの――肉や骨や腱や内臓や筋や血などと同じく、きれいさっぱり消え去っているのだ。

 指をはわせながら全体を見て、尻のあたりに巾着のようにすぼめられた箇所があるのがわかった。首の穴から中をのぞくと、三か所ほど内側から糸で縫われている。こいつは雌で、大を出す少し大きい穴と、股のところに隣接する小さな二つの穴を、中から糸でふさいでいるのだ。それ以外には、縫ったり貼ったりした箇所はいっさいない。刃物の痕も、首まわりだけだ。

「これは大した作品ですね。作り方を秘密にしなければならないのも道理だな」

 私は、座ったまま顔を上斜め後ろに向けて、そこからでは見えない煙突を目で示した。

「特別な薬につけて、皮以外を全部溶かしているんだろうくらいのことは、誰でもすぐに見当をつける。この工房には、二年に一度は泥棒が入る。だがな、我々の留守に工房をのぞいたくらいで、作り方がわかるようにはなっていない」

「その秘密をさぐりたいわけではないのです」私は皮袋に視線を戻して言った。「それにしても、この尻と股の穴、とてもぴったり閉ざしてありますね。ここに管を突っ込んだりしたら、糸は切れてしまうでしょうね」

 中身が入れ替えられたとしたら、怪しいのはこの場所だと思って訊いてみた。もっとも、これだけの量をすべて入れ替えるには時間がかかる。これまで聞いた話では、人に見られずにそんなことはできそうにない。

「もちろんだ。跡を残さずには、針一本通さない。そういう仕事を俺たちはしている」

「念のために訊いてみるのですが、袋の中に塗ることで、注いだ酒を時間とともに水に変える薬があったりはしないでしょうか」

 老職人は、喉を鳴らして短く笑った。

「そんな薬があるものか。あったとしても、俺たちは出来た袋をきちんと管理している。工房に泥棒が入っても手を出せない場所にな」

「酒を注ぎ入れる前に、袋の中はあらためているのですよね」

「もちろんだ。俺たち三人と酒の造り手たちで、しっかりと確認している。小さなほこりや虫の死骸なんかがあるだけで、ビク酒の味が変わってしまうかもしれないからな」

 私はまた袋の中を見た。皮の内側は、独特のざらついた質感をもっている。何かを塗ったら、きっとわかってしまうだろう。

「この、首のところはどうなるのです。ここから芋焼酎を注ぐんですよね」

「そうだ。いっぱいになるまで注いで、そこからが俺たちの腕のみせどころだ。中身をこぼさず、あっという間に、糸を使って絞ってじる。袋をぎゅうぎゅう押しても一滴も漏れ出ないほど、しっかりとな。これができるのは、俺たちだけなんだ」

 その技術が、工房の第二の秘密というわけか。

「その綴じ目も、針一本通さないものなんですね」

「ああ。それに、首の綴じ目にだけは、三人で紙を貼る」

「紙?」

「端にまで気をつけて、絶対にはげない特別な糊で貼りつけ、三人が署名をする」

「そうした作業は、三人だけでおこなうのですか。それとも、酒の造り手の方々が見ているところで?」

「酒を詰めるのはやつらの仕事だ。十四人全員がその場にいるさ」

 芋焼酎を袋に注ぐときに水と入れ替えるのも、無理なようだ。

「袋職人は三人。酒造りは十四人。きっちり人数が決まっているのですね」

「村にとって、だいじな仕事だからな」

「欠員が出たら、どうやって新しい人を決めるのですか」

 カイラ・ドンバは、私に顔を向けて目をすがめた。

「なんだってそんなことを訊く。この村に住みついて、ビク酒造りの仲間入りをしようとでも考えているのか」

「いいえ、ご心配なく。裏方にすぎなくても、一座を去る気はありません」

「だったら、どうして、人決めのことなんかを知りたがる」

「酒が水に変わった謎に、関わりがあるかもしれないと思いまして」

 カイラは、目を大きく見開いてから顔を正面に戻し、鼻をすすってため息をついた。

「袋職人に欠員が出たら――一年ほど前にそうなったが――、見込みのありそうな若者を新しく工房に入れる。選ぶのは古参の職人、すなわち俺ともう一人だ。それから、時間をかけて育てる。このあたりは、ほかの手仕事と変わりない。職人の数が三より多くならないことをのぞいては」

 きっと、秘密を守るために人数を制限しているのだろう。

「一年前に修業をはじめた若者は、まじめに励んでいますか」

 老人は、正面に向かって唾を吐いた。

「あいつを疑っているなら、とんだ見当違いだぞ。その理由は百くらいあげられるが、あいつを知らないあんたにも、これを言えばわかるだろう。あいつはまだ半人前だ。酒を容れる本物の袋を一人で作ることはできない。だから、いつでも俺かもう一人のそばにいる。こっそり何かの細工をするなど、できはしないんだ」

 このせりふには気になる点があったので、老職人の気分を害した話題を転じるためにも、訊ねてみた。

「新人は、本物の袋を一人で作れないとおっしゃいましたが、わざわざ本物とことわりを入れたのは、なぜですか」

「そりゃあ、出来損ないなら、山ほど作るからだ。でないと技を身につけられないだろう。猟師がビクの死体を持ってくる。その段階で頭以外に傷があったら、使い物にならないから引き取らないんだが、新人のいるときだけは、練習に使えそうなやつをいくつかもらっておくんだ」

 そこでカイラ・ドンバは、膝を打ってひとりで笑った。

「半年ほど前に、いつもの猟師が変わったビクを持ち込んだんだ。こいつには傷がないから、正規の金をくれっていうんだが、見れば、脚が三本しかない。右の肩がただ丸くって、そこから先にあるはずの前脚が見当たらないんだ。それなのに、折り取られたり切り取られたりした痕は見当たらない。猟師の言うとおり、傷はまったくなかったんだ。子どものころに食いちぎられるかなんかして、その痕がすっかり治ってしまったか、生まれつき脚が一本足りなかったってところだろう。三本脚でよくもまあ、おとなになるまで生きていられたもんだ。まあ、結局、猟師に狩られてしまったんだが」

 よほど楽しい思い出らしく、老人は愉快そうな笑顔を私に向けて語りをつづけた。

「珍しいから、あいつの初めての練習用に、正規の半値で買ったんだ。それをまた、あいつは見事に袋にした。あんたにさっき袋を見たいといわれたとき、これから使うものを汚されずにすむよう、まずはそいつを捜したんだ。記念にしまってあったからな。脚が一本足りなくても、あれなら袋の仕組みはわかる」

 私は、脚が四本そろった皮袋を畳んで、カイラ・ドンバに差し出した。

「汚さないうちに、お返しします」

 カイラ・ドンバは、少し気まずそうな顔で袋を受け取った。

「いや、そういう意味じゃなくて、練習で作った袋のほうが、あんたが遠慮なく見られていいと思ったんだ。残念なことに、いくら捜しても見つからなかったが。使う予定のないものだから、誰かが捨てたのかもしれないな」

 あるいは、二年に一度は入るという泥棒が持っていったか。

 老職人は、立ち上がって、曲がった背中をぐいとのばした。

「さて、そろそろ仕事に戻るか」

「最後にひとつだけ、教えてください」私も立ち上がった。「ビクの袋に注ぎ口を突き刺す場所は、どこかに決まっているのですか」

「ああ」と、ふたたび背を丸めたカイラ・ドンバは、さらに気まずそうになって答えた。「決まっている。右の前脚の先だ」

 

 

 それから三日間、午前と興行後にこの件を調べてまわった。

 袋職人のカイラ・ドンバに聞きそびれた十四人の酒の造り手については、関係者に訊ねてまわって、どういう存在か知ることができた。酒造りといっても、芋の収穫や焼酎の仕込みといった手間のかかる作業は誰が加わってもよく、大勢を集めて日当を払ってやっている。十四人に決められている者たちは、村の名家から一人ずつ選ばれる、袋詰めと出荷の見届け人なのだ。

 この村でしか造られない、ただでさえ高価な酒を、さらに決まった商人に独占的に売り渡す約束を結んだことで、一滴たりとも盗ませない、盗み飲みもさせないことが重要になり、こんな体制になったのだろう。

 この十四人の中で、ギャン・チュカンとテン・ハングリが責任者に選ばれたのは、誰もはっきりとは言わなかったが、ふたりが不仲だったことが理由のようだ。

 彼らのこれみよがしないがみ合いを見て、私は当初、芝居を打っているのではと疑った。けれども人々に話を聞いて、本当に仲が悪いとわかった。ふたりは子どものころから反りが合わず、何かというと反目しあってきたのだそうだ。さすがにそんなに長く周囲のみんなをだましおおせはしないだろう。

 不仲で嫌い合っているから、ギャン・チュカンはテン・ハングリの粗探しをする。テン・ハングリはギャン・チュカンの不始末を見逃さない。ふたりの責任者がお互いを見張り合うことで、不正が防げるとの思惑だったようだ。

 かつて私も、別の地域で事件あらためをしたときに、似たようなことを考えた。ふたりの夜回りが気を許しあっていないのをみて、共謀して嘘をつくことはなさそうだと判断したのだ。その件はそれでうまく進んだが、いつでも無条件であてはめられる理屈ではない。

 なぜなら、人は、切羽詰まればなんだってする。親の仇と手を組むことだってあるだろう。そうなったとき、仲の悪さは格好の目くらましとなる。

 私は、ふたりが商人と手を組んだら、どんなことができたかを考えた。

 たとえば、注ぎ口を袋に突き刺すのは、テンの役目だった。どの袋にそうするかを決めるのも。

 注ぎ口について調べたところ、こちらは普通の職人が何の秘密も抱えずに作っていた。実物を見せてもらい、水を満たした布袋――表にろうがひいてある――に突き刺し、出口の栓を開け閉めしてみて、どういうものかがよくわかった。

 この管の中には、ふた啜り分くらいの水を仕込んでおくことができそうだ。そうしておけば、ビク袋に突き刺し栓を開いたとき、まず出てくるものは水になる。

 最初の袋は、何人もが味見をしている。椀に二、三杯ぶんくらいの水が出てきたようだから、この手は使えないが、ふた袋めからは、二人がひと啜りずつしただけだから、きっと可能だ。

 単純なやり方だが、最初の袋のことで動揺しているところに、テンとギャンが商人たちとどんどん話を進めていったようだから、疑ったり確認したりする間はろくになかったにちがいない。

 実際、話を聞いたひとりは言っていた。何もかもが急すぎて、気づけばすべてのビク袋が車に積み込まれていたと。

 

 幕内を埋める客は、初日の倍の人数だった。期待と熱気は三倍以上か。珍獣、翼虎の評判が、村で高まっているのだろう。

 ララト・アンの歌に拍手はあった。ホイニー・トッツの宙返りに、足を踏みならして喜ぶ人々もいた。けれども、フィッツが出てきて前口上を始めたときの観客は、馬で百日かかるという遠い異国から吹いてくる熱風を浴びてでもいるかのようだった。

 もしも、まったくの無傷なのに脚が三本しかないビクをここに連れてきたら、この人たちは珍しがるだろうかと、私は考えた。口上しだいで演し物にできないことはないだろうが、翼のある虎ほどの人気は博さないだろう。

 人は、翼が好きなのだ。翼は自由の象徴で、憧れの結晶。そこに虎という、美しさと恐ろしさを兼ね備えた獣を加えれば、美女に美声、鬼に金棒。芸人一座垂涎の人気の見世物が出来上がる。

 それだから、遠い国の珍しい獣を手に入れた者は、頭の後ろのあれを翼と称するのだ。

 翼虎は首が太いせいで、どこが肩でどこからが胴かがわかりにくい。そのため、頭の後方についている、長い毛に覆われた大きな耳が、翼のようにみえるのだ。左右いっしょに動かすと、毛がたなびいて、いかにもはばたきのようだし、顔の上には一対の三角の飾り毛があって、そちらがいかにも耳っぽい。

 人は、目に映るものを、よく知るもの、そこにあると期待するものだととらえてしまう。翼の生えた虎を見にきた者は、目の前ではためくものを翼と思う。疑いは、ほんとうに生きた獣かといったほうにばかり向く。ヨッコが口を開けてみせることで安心し、自分が見ていると信じるものに心を委ねて、楽しむ。フィッツの巧みな口上にのせられて。

 

 人は、目に映るものを、よく知るもの、そこにあると期待するものだととらえてしまう。ビクの右肩からのびる前脚を見たら、そのビクのものだと思う。縫い目が見当たらない皮袋は、すべて中でつながっていると考える。

 酒が水に変わった絡繰からくりの中心は、新人が練習で作ったという、三本脚のビク袋だろう。

 皮袋は、尻と股の三つの穴が内側からしっかり縫われていて、首の穴の綴じ目には紙が貼ってある。痕跡を残さずに中身を入れ替えることはできそうにない。

 けれども、三本脚のビクの袋に、別のビク袋から切り取った前脚部分を貼り付けたとしたら? 袋職人が言っていた、〝絶対にはげない特別な糊〟を使って。

 酒ではなく水を詰めた脚を、糸で綴じた部分が見えないように、丸まった肩に貼り付ければ、穴や傷、縫い痕ばかり探す目をくらますことができたのではないか。

 酒を注ぎ込むとき、みんなは首に注目している。たとえばギャン・チュカンが、盗み出しておいた三本脚の皮袋を、酒を注ぐ直前に本物の袋と入れ替える。テン・ハングリが大きなからだに隠して持ち込んだ水を満たした右前脚を、みんなが首ばかり見ている隙にくっつける。その袋をどこに置いたか覚えておいて、三か月後に利き酒をする唯一の袋に、それを選ぶ。そして右前脚の先に注ぎ口を突き刺せば、出てくるものは水ばかりだ。

 みんなは驚きあわてて、まともな判断ができないでいる。彼らが冷静さを取り戻す前にテンとギャンと商人らは話を進めて、袋はすべて端金はしたがねと引き換えに持ち去られる。商人らは、遠くはなれた地でビク酒を売って大儲けし、本来の値で買ったときとの差額の分け前を、テンとギャンに支払う。あるいはすでに支払われている。

 この推測を村の誰かに告げるかどうか、私はしばらく思案した。

 ふたりがいま、罪の意識にさいなまれているかどうかわからないが、事が露見するのを恐れておびえてはいるのだろう。わざわざ旅芸人一座を訪れて、事件を憂慮していることを村の人たちに印象づけようとした。私の口から「神罰」という言葉を引き出そうと、やっきになった。結果としては、やぶへびになったわけだが。

 この犯罪は、失敗する確率も高い大博打だ。子どものころから反りの合わない相手と手を組んで、場合によっては名誉も何も失う覚悟で、こんな博打に踏み切ったのなら、テンとギャンにはまとまった金が必要なよほどの理由があったのだろう。

 その理由を知らないまま同情することはできないが、このごまかしは繰り返しおこなえるものではない。来年のビク酒は水に変わったりしないだろう。認可板にともなう事件あらためではないのだから、彼らの事情を調べたり暴いたりする必要はないように思えた。

 とはいえ袋職人の老人は、私がものを訊ねたために、こうしたことに勘づいている。あの人には、私の考えをきちんと伝えたほうがいいだろう。

 真相は、おそらくこうであった。けれども、この犯行は繰り返せるものではないから、名家のふたりを追いつめる必要はないかもしれないと。

 ただし、いま契約している商人とは、これを機会に手を切るべきだ。そもそも、独占的に買い取るという取り決めが、いろいろなことをゆがめてきたのではないか。

 そういったことを告げて去ろうと思っている。

 あとは、この村の問題だ。私はこの件について、事の良し悪しを決める立場にないのだから。

 

「それでは、もう一度だけ、繰り返しますよ」

 客の期待の大波を受けてもよろめきもせず、フィッツは派手な身振りを交えて口上を続けた。

「翼虎が現れましたら、大きな声は出さないでくださいね。おとなしい動物ですが、神経質なところがあります。先ほどもお話ししたように、翼に鋏を入れてあるので、飛び立ってしまうことはありませんが、野生では、鳥や獣を喰らって生きていたものです。後ろの足に鎖はつけてありますが、暴れ出したら何が起こるかわかりません」

 これも真っ赤な嘘なのだ。翼にみえるものは耳だから、鋏を入れているわけがない。

 けれども、翼虎は足の速い動物らしい。だから、後ろ足の腱が切られている。走って逃げたり、人に飛びかかったりしないように。

 フィッツとヨッコが一座に加わったときにはすでにそうなっていたから、腱を切ったのがこの獣を狩って売りつけていた遠い異国の商人なのか、それともフィッツ自身なのかを、私も一座の面々も知らない。訊いてみようと思ったこともない。

 そうした事の良し悪しを決める立場にもまた、私はないのだから。

 

 

(つづく)