第4話 閉じ込められて
三
私は、ずきずきと痛む頭に手をやりそうになったが、なんとかこらえた。ここからは、これまで以上によく考えてかからねばならない。口にする言葉だけでなく、身動きひとつ、瞬きひとつまで。
私の頭の中で、ホイニーが動き回っていた。新しい芸の練習をしているのだ。私たちはそれを見て、息を呑んだり、笑ったり、驚いたりした。
耳の中で、ポキっと音がした。
確かめなければならない。さらわれたあと、ホイニーに、実際のところ何が起こったのか。盗賊の頭領の言葉だけで、彼の死を信じるわけにはいかない。
「二回も話したんだ。謎はもう解けただろうな」
盗賊が木格子の向こうで立ち上がり、腕組みをした。
「それは、無理です」
「なぜだ。今度は気絶せずに、俺の話を聞いたんだろう」
「聞きました。しかし、あなたが教えてくださったことだけで、あなたを殺そうとしているのが誰か、解明することはできません」
「解明なんか、しなくていい。誰が裏切り者か、当てればいいだけの話だ」
「謎解きは、占いではありません。あなたは、裏切った手下だけを成敗して、残りの手下とこれまでどおり、仕事をしていきたいんですよね。つまりこれは、絶対にはずしてはいけない謎解きです。そして、正しい答えを見つけるためには、正しく理屈をたどらなくてはならないのです」
「だったら、俺の話から理屈をたどれ」
「おひとりの話からだけで、それはできません。たとえそのひとりが、聡明で、観察力に優れた人でも。私は、〈太陽の君〉から授与された石板の求めによって事件あらためをするとき、関係するすべての人に、何があったかを訊ねます。よく覚えていない人や、嘘をつく人、自分の言いたいことだけしゃべってこちらの質問にきちんと答えない人がいますが、そうしたことも、事実のひとつとなり、組み合わせることで、正しい答えへの道が示されるのです。また、関係する場所に出向いて、さまざまなものを見たり聞いたり触ったりもします。ですから、できたらあなたが刃物を持った男に襲われた広場や、せめて細道から山に入ってすぐだという場所に行きたいのですが」
「おまえをそこから出す気はない」
そうだろう。私も期待はしていなかった。しかし、ひとつ拒絶したあとに頼まれたことは、聞きいれたくなるのが人情だ。
「では、四人の手下をここに連れてきていただくことはできませんか。直接、話を聞くことで、理屈をたどれるようになります」
「だめだ」
男は荒々しく地面を踏みつけながら去っていった。
足音が聞こえなくなると、緊張の糸がぷつんと切れて、私はその場に倒れこんだ。手脚を伸ばせる広さはないから、虫のように丸まって。
そのまま虫になってしまいたいほど疲れていた。いや、疲労より、飢えと渇きが私を弱らせていたかもしれない。
だがすぐに、気力をふりしぼって身を起こした。休んでいる暇はない。少しは明かりがあり、あの男のいなくなった今のうちに、格子の向こうに行く方法がほんとうにないのか、確かめなければ。
木格子は、やはり緩みなくはめ込まれていて、動かすことも壊すこともできそうになかった。入り口の鍵も頑丈で、素手ではどうしようもない。あたりには、小指の先ほどの小石がいくつか落ちている以外、解錠の道具や穴掘りの助けになるものは見つからなかった。
素手で穴を掘ることにしたが、地面は漆喰のように固くて、指から血が出ただけに終わった。ほかにどんな方法があるか考えていると、物音が聞こえた。男が戻ってきたのだ。
たとえ人情がなくても、あれきりにはしないだろうとは思っていた。私に謎を解かせることを完全にあきらめたのなら、さっき私を殺しただろう。けれども、すでにふたりをさらい、三回同じことを説明するなど、ずいぶんな手間をかけている。簡単にあきらめるはずがない。怒りにまかせて立ち去っても、考え直して戻ってくる。私はそう読んでいた。ただし、その目的が、私の要求を容れるためとはかぎらないが。
男が来る前に、私は横にずれて、血を流してまでひっかいた結果ごくわずか乱れた地面のうえに座った。
男は格子の前までくると、腕組みをした。さっきよりあたりが明るくなり、表情がはっきりわかるようになっていた。私をにらみつけていたが、私の移動には、気づいていないか気にならないようだ。
「手下どもの話を聞かずに謎を解くのは、どうしても無理なのか」
「無理です。私だけでなく、認可板をもつ他の芸人一座の誰にも、そんなことはできません。正しく理屈をたどるには、関係者の話を本人から直接聞くことは不可欠です」
「この場所は、飛脚しか知らない。ほかのやつらを連れてきたら、ここのことが三人にばれてしまう」
私は試されているのだろうか。それとも、この男は、私が気づくだろうことに気づいていないのか。
どちらにしても、先に進むには、指摘することが必要なようだ。
「大工の手下と飲み仲間の手下については、そうでしょう。けれども、元流れ者の四人目は、すでにこの場所を知っているのではありませんか。それどころか、この近くで暮らしている。すなわち、四人目の手下の隠れ家は、このあたりにあるのではないですか」
男はしばらく無言だった。やがて、胸の前で組んでいた手がだらりと両脇に垂れた。
「なぜ、わかった」
「あなたの話から、理屈をたどって、わかりました」
「俺は、この場所は飛脚の手下しか知らないと言った」
「はい。けれども、あなたは、四人目についてあやしんだあと、大工との連絡場所を四人目が知っているはずはないと思い直したとおっしゃいました。本来なら、『大工との連絡場所や飛脚との連絡場所を』と言うべきところを、飛脚については触れることなく。うっかりそうされたのか、私を試すためにわざとかはわかりませんが」
男の表情はぴくりとも動かなかった。にやりともしなかったところをみると、うっかりのほうだったのだろう。
「それに、私のいるこの場所は、手間暇かけて作られた、人を閉じ込めるための施設です。こんなところが、いくつもあるとは思えません。これまでにも使われたとしたら、誘拐して身代金をとるか、誰かに口を割らせるためです。そうしたことは、四人目の仕事ですよね。おそらく軽業師のホイニーも、ここに入れられていたのでしょう」
「あの後そこは、きれいに掃除させたんだがな」
「はい。ホイニーのいた痕跡は、まったくありません。すべてはあなたの話から、理屈をたどって推測したことです」
男は眉根を寄せて、考え込む顔つきになった。私は追い打ちをかけることにした。
「もうひとつ、推測していることがあります。あなたは近々、ここを引き払うつもりなのではありませんか。山の中の安全な場所とはいえ、あなたは首の折れた男の死体を崖の下に投げ捨てました。誰かがそれを見つけた場合、兵士らがこのあたりを捜索するかもしれません。大事をとるなら、引き払うのが得策でしょう。そして、近々引き払うのであれば、この場所を知らない手下を連れてきても、大きな問題はないのではありませんか」
「崖の下も山奥だ。人が来るとは思えない」
男は、引き払うことなど考えていなかったようだ。しかし、私の指摘で考えはじめたのだろう。ふたたび腕を組み、目をつぶった。私は静かに待った。ずいぶん待たされた。
「ひとりずつ、ここに連れてくればいいんだな」
「はい」
私は、ほっとした気持ちを顔にも声にも出さないように、慎重に答えた。
「俺は、おまえに見えないところで聞くことにするぞ。変な質問はするなよ」
「はい」
「俺が襲われたことは、あいつらには話していない。これからも、話すつもりはない。気づかれるようなことは、言うんじゃないぞ」
「はい。心得ました」
「ほかの手下について、少しでも漏らしたら、容赦しないからな」
「はい。いっさい漏らしません」
「俺の素性をさぐる質問もなしだぞ。そんなことをしたら、おまえの命は終わりだからな。やり直しも、言い訳も許さない」
「はい。わかりました。おっしゃったことはすべて守りますから、ひとつ、お願いをさせてください。正しく理屈をたどるために、必要なことです。四人をここに連れてくる順番は、あなたが紹介してくださったとおりにしていただけませんか」
「大工、飛脚、飲み仲間、流れ者の順ということだな。さて、どうするかな」
ひさしぶりに、男の顔に酷薄な笑みが浮かんだ。
男が去り、外は明るさを増したのに、洞窟内はさっきまでより暗くなった。おそらく、入り口が東を向いているのだろう。
私は、右手をさえぎる土の壁を引っかいてみた。地面と同じくらい固そうだ。粗皮製の靴の踵で蹴ってみたが、穴を掘れる見込みはなさそうだった。
左手の壁と奥を試してから、天井をそっと触った。地面よりは脆そうだ。ここを崩していくことで、外に出られる見込みはあるだろうか。
この洞窟は、新しく掘られたものではなく、長くここにあったようにみえる。だとしたら、上部も堅固なはずだ。いくら表面が脆くても、少し掘ったら固い層に突きあたるだろう。
それでも、やってみるべきだろうか。
私は、やってみたときの危険について考えた。まず、上に向かって掘る場合、人が出られるほどの穴をあけようとしていたら、落ちてきた土で生き埋めになるかもしれない。
それに、ごまかしようのない痕が残る。途中で男が戻ってきたら、逃げようとしたことがばれて、私はきっと殺される。男を説得してお膳立てしたことがすべて無駄になる。
しかし、このまま座してここで待ち、四人の手下に話を聞いて、私に助かる道はあるのだろうか。答えを正しく出しても、出さなくても、あの男は私を殺す気でいるのに。
ただ一度だけ見たことのあるララトの泣き顔がまた、私の脳裏に現れた。ポキっと音をたてて折れたホイニーの首。男の話を聞いて私が推測したこと。計画したこと。その結果がもたらすもの。そして、すべての希望が消えても残りうる、小さな希望。
天井を掘るのはやめた。
四
一人目の手下の大工は、角張った顎に太い腕、がっちりとした体躯の持ち主だった。目鼻が小さく、ぼんやりした顔に見えるが、盗賊の頭領が言っていたように、頭の切れる人物のようだ。私のどの質問にも要領よく答えていった。
大したことは訊ねていない。頭領の条件に従えば、意味のあることはほとんど何も訊くことができない。
私はまず、この町の地理について質問した。大通りは何本あるか。どこからどこに通じているのか。町役場の場所とその外見。広場は全部でいくつあるのか。それぞれの広さや形、植生はどんなものか。誰でも知っていることだが、どう答えるかは人による。
それから、ふだんの生活。何時に起きるか。朝食はとるのか。とるとしたら、何を食べるか。昼食は。夕食は。酒は飲むのか。
頭領は何も言っていなかったが、家族や住居について訊ねるのは、素性を詮索しているように聞こえそうなので、やめておいた。
つづいて、待ち合わせの広場まで、どんな気持ちで出かけているかを訊ねた。どの入り口から入るのか。それはいつも同じなのか。特定の日について訊ねるわけにはいかないので、どうしてもそんな訊き方になる。途中で気になる人物を見たり、おかしなことが起こったことはないか。好きな食べ物は何か。頭領と話すとき、気をつけていることはあるか。腕のいい大工にとって、いちばん大切なことは何か。
あえて難解な用語を使ったり、まどろこしい表現を組み入れたりして、こうしたことを訊ねていった。大工はほとんど問い返さず、きちんとした答えを返した。
質問はこれで終わりだと言うと、大工は小さくうなずいた。それから、木格子の扉と本体を軽く揺すったり叩いたりと、職人の目で頑丈さを確認して、去っていった。
私が、このやりとりを頭の中で総点検していると、頭領が現れた。
「謎は解けたか」
私の答えがわかっていて、わざと訊いているのだろうか。
「いいえ。四人全員に話を聞かなければ、何もわかりません」
「さっきの男が俺を裏切っているかどうかだけでも、わからないのか」
「はい。理屈をたどるには、物事を多方面から見ないといけません。前後左右、違う面を見ることで、謎の正体は明らかになるのです」
頭領は舌打ちしたが、ようやく私に水と食べ物をくれた。
二人目の手下の飛脚が木格子の向こうにやってきたのは、翌日の朝のことだった。飛脚というのは概してそうだが、筋肉質だが痩せている、少し気の弱そうな男だった。
私は、大工に対してとまったく同じ質問をしていった。飛脚は、待ち合わせの場所までの行き方をくどくど語り、町を出るときは人におかしく思われないかばかりを気にしていると小声で付け加えた。私が口をつぐんで間をおくと、あたりをきょろきょろ見回して、落ち着かない様子でいた。山の隠れ家を訪れ慣れていても、この洞窟は初めてなのかもしれない。
飛脚は口数が多かった。しゃべっているうちに何が言いたかったかわからなくなる質のようだ。話はしょっちゅう脱線したが、私は軌道修正することなく聞きつづけた。ネタの報告に来たとき、短気な頭領に何度も怒鳴られただろうなと想像すると、死への恐怖を一時でもまぎらわせることができた。
次にやってきたのは、四人目の手下である流れ者だった。飛脚が中身のあることをほとんど話さないまま帰ったあとのことだった。
私の頼んだ順番とは違うが、三人目として語られた手下は、独立大工でも飛脚でもない町住みの人間のようだ。山まで出てくる調整に時間がかかるのだろう。あるいは、あの頭領は私に言われたとおりにするのがいやで、わざと四人目を先にした。
そういうことも予測して頼んだ順番だったので問題ない。
流れ者は、頭領の話から思い描いたとおりの人物だった。首が太くて胸板が厚く、乱れた長髪に無精ひげ。瞳が小さいために目立つ白眼は濁った色で、しゃべるたびに歪む口元から欠けた黄色い歯がのぞく。手はことあるごとに拳を握り、私はここに閉じ込められて初めて、木格子の存在をありがたく感じた。
臆する気持ちを表に出さないように気をつけながら、私はこれまでと同じ質問を同じ文言で繰り返した。ただし、この男は頭領と待ち合わせての打ち合わせをおこなわない。そこに出向くときのくだりは省くことになった。
それでも、これで三回目の聞き取りだ。答えは一人ひとり違っており、ことにこの流れ者は、うなり声しか返さないことも多かったが、頭領にとってはよく知った反応だ。隠れて聞いているぞと脅しはしても、あの気短な男がずっとそうしているとは思えなかった。もしかしたら、最初から盗み聞きなどしていなかったかもしれないし、二人目から飽きてやめたかもしれない。とはいえ、気まぐれにもどってきて、いまこのときに聞き耳を立てていないとはかぎらないが、私は覚悟を決めて質問した。我が一座の軽業師、ホイニー・トッツは、ここに連れてこられてからどうなったかと。
流れ者は喜悦の笑みを浮かべたが、口を閉ざしたまま、自分の頭の中だけで楽しい思い出にひたっていた。
「頭から、すでにあらましは聞いています。あなたが殴り、ホイニーの首が折れた。死体を崖から投げ捨てた」
流れ者は、小さな眼球を上に寄せて考えこむ顔つきになったが、私がこれだけ知っているならしゃべってもいいと判断したらしい。嘲るような笑みを浮かべて、ホイニーをどのように殴り、どう投げ捨てたかを語った。頭領の語ったことと相違はなく、細部がより鮮明になった。
流れ者がにたにた笑いで話をしめくくっても、頭領は現れなかった。このやりとりを聞いていないか、聞いていたとしても止め立てする気はないのだろう。私は、さらなる危険に歩を進めた。
「あなたは頭に、ずいぶん信頼されているのですね」
流れ者は、当然だという顔で胸を張った。
「しかし、その信頼を少しでも裏切ったら、あるいは、裏切ったかもと疑われたら、頭は即座にあなたを殺すことでしょうね。弁明する暇も与えずに。あの人は、そういう度胸をもっている」
すぐには意味がわからなかったようで、流れ者は目をぱちくりさせた。私はひたすら耳をすませていた。足音は聞こえない。荒々しいものも、かすかなものも。
私は思わせぶりにうなずくと、他のふたりにもした質問に戻った。流れ者はほとんど答えなかったが、私は最後まで訊ね終え、もう帰ってもいいですと告げた。
流れ者が去ってからも、頭領は洞窟に入ってこなかった。
不安に苛まれて一夜を過ごした。やはり天井を掘るべきかと何度も考えた。中腰になって、頭上を覆う土の表に手を這わせたりもした。その中に指を突っ込み、引っかきたかったが、その衝動を押し殺した。静かに朝を待つのが、生きてここを出られる最善の道。生きて出られないときにも、ひとつの希望が残る道。私はその道を進むと決めたのだ。
洞窟の外が明るくなった。空気が温んできたせいか、洞内の異臭が強まった。私自身の排泄物の臭いだ。
私が我慢の限界を越えるまで、この手の臭いはしなかったから、ホイニーは、ここに閉じ込められたとしても、長い時間ではなかったのだろう。失禁もしていないようだから、ここでホイニーは死んではいない。そもそもこの洞窟には、ふっとぶほどの空間がないから、殴られたのは外でのことかもしれないが。
しばらくして、頭領が水だけを持ってきた。もうすぐ殺す男に食べ物はいらないからかと思ったが、そこに怒りや恐怖は感じなかった。
「最後の手下は昼過ぎに来る」短く言ってから、木格子に顔を近づけた。「その前に訊くが、もう答えが出たってことは、ないんだよな」
「四人全員に話を聞かなければ、確かなことはわかりません」
「確かでないことで、いまわかっていることは、何だ」
「何も」
頭領の目が吊り上がった。けれども木格子を蹴ったり殴ったりはせず、静かに二歩あとずさって、皮肉げにつぶやいた。
「それなのに、あと一人に話を聞いたら、裏切り者が誰かわかるというんだな」
私への苛立ちを衝動的な行為で表さないのは、あと半日で私を殺すつもりだからか。
ぞっとしたが、ほっともした。昨日、私が流れ者に何を訊き、何を言ったか、すべて耳に入れていたなら、別の反応があったはずだ。この男は、私と流れ者とのやりとりを初めのうちしか聞いていなかったか、聞いていても飽きて上の空になっていた。あるいは、隠れて監視するという面倒なことは、最初からしていなかったのだ。
天井を掘り崩さなくてよかった。私が生き延びられる道と、そうでなかったときに残る希望は健在だ。最後の手下が来たら、この道と希望を広げるために、持てる力をふりしぼろう。
「ご安心ください。四人全員から話を聞きおわったら、散らばったたくさんの点がひとつにつながるという手応えはあります。そうなったら、あなたの欲しがっておられる答えを、お示しすることができるでしょう」
私は、巡業で出会った占い師らの口調を真似てそう言った。
最後の手下である強盗の元締めが到着するのを待ちながら、私は、これからすべきことを頭の中でおさらいした。
盗賊の頭領を殺そうとしている人物は誰か。その答えは、とっくに出ていた。
確信はない。こんなところに閉じ込められて、話を聞ける相手は頭領とその手下の四人だけ。そのうえ、質問していい事柄がこんなに限られているのでは、まともな謎解きなどできるわけがない。
頭領は、それがわからないほど愚かだが、盗賊稼業を成功させられる程度には賢い。
そこから考えを進めた。
あの男は、にらんだ先のことには知恵がまわるが、その周辺には気が向かない。そしてときどき、驚くほど単純に直感に頼る。
たとえば、二度目に殺されかけたとき、四人の手下の誰かの差し金だと決めつけた。
その誰かとは、一人目の大工なのか。
二人目の飛脚なのか。
三人目の飲み仲間なのか。
四人目の流れ者なのか。
その答えを出すよう、私に求めた。
しかし私が、話を聞いて最初に考えたのは、その誰でもないということだ。どうして同じ男に二回も襲撃されたのかへの最も単純な解答は、襲ってきた男自身が頭領に殺意をもっているということだ。頭領はそれを思いつかなかったか、思いついても切り捨てた。私生活では誰の恨みもかっていないというよほどの自信があったか、盗賊稼業と私生活での自分を区別して考えるのに慣れすぎていたせいだろう。そのうえ、本人も気づかない心の隅で、手下の裏切りをずっと恐れていたためかもしれない。
だが、頭領からは白粉の匂いがした。妻か恋人か愛人か、とにかく共に暮らす女性がいる。そして、男と女がいるところには、嫉妬だの横恋慕だので、知らないうちに強く恨まれることも起こりうる。
そうでなくても、盗賊をするような男のことだ。私生活でも誰かを平気で踏みつけているかもしれないし、この男が死ぬことで大きな利益を得る者がいるかもしれない。
素性をさぐるなと言われたので、こうしたことを何一つ調べることはできなかったが、私には、手下が刺客を雇ったとは思えなかった。
狙われた場所はどちらも、待ち合わせの帰りではなく、行く途中。その先で待っている手下ではなく、頭領の自宅から何度も後を尾けた人物が選びそうなところだ。特に山道での襲撃場所は、町から尾いていって何とか気づかれずにすむぎりぎりの場所のようだ。
だいたい、山の隠れ家を知っている飛脚や流れ者なら、頭領を殺したいと思った場合、ここでそうするだろう。そのほうが、相手は油断しているし、人に見られるおそれもない。飲み仲間の手下の場合は、酔っ払って帰る道で頭領を仕留めようと考えるだろう。
最初の晩に気づいたこうしたことを、私は口にしなかった。ホイニーの首がポキっと折れたと聞いたからだ。
首はふつう、そんな音をたてて折れたりしない。ポキっというのは、関節を鳴らしたときに出る音だ。
ホイニーは、この音をたてるのが得意だった。そしてあるとき、新しい芸を編み出した。ひとりでこっそり練習して、まずは私だけに見せてくれた。
最初はいつもの宙返りを三回。それから、ひねりを入れた複雑なものをやると予告して飛び上がったが、その弧がいちばん高いところで絶ち切れて、ホイニーは頭を下にして落下した。からだが地面にぶつかるとき、ポキっと派手な音がした。
私は驚き、首が大きく曲がったかっこうで横たわったまま動かないホイニーに駆け寄った。ホイニーは息をせず、心臓もとまっているようにみえたが、私が肩を揺すろうとすると、吹き出した。彼の笑い声を聞いて、これが新しい芸だと理解した私は、感心しながらいっしょに笑った。
私の反応に気をよくして、ホイニーは一座のみんなを集めてこの芸を披露した。
落下。ポキっ。動かないホイニー。天を突き破るような悲鳴。私は初めて、ララト・アンの泣き顔を見た。
ララトにこれは新しい芸に過ぎないと理解させ、怒りを鎮めるのに、私たちはずいぶん苦労した。
そのあとようやく興行にかけたが、この芸は封印するしかないことが、すぐに判明した。騙しの技術の見事さに、客の半数は拍手喝采してくれたが、残りは本気で怒り出した。それはつまり、本気で心配してくれたということで、ありがたい話ではあるが、人々を楽しませる演目としては落第だ。
盗賊の頭領の話を聞いたとき、ホイニーは、磨きぬいたあげく二、三回披露しただけで終わったこの芸をやってみせたのだと思った。ただの願望かもしれない。だが、ありえないことではない。むしろ、おおいにありえる。ホイニーが盗賊などにやすやすと殺されるわけがないのだから。
だとしたら、崖から落とされたときホイニーは生きていた。彼ならきっと、途中で木の枝か何かにしがみつくことができただろう。そして素早く、周囲にある岩か土塊を代わりに落とす。下から地響きがするまでに時間がかかったのは、とてつもなく高かったからではなく、きっと、そのせいだ。頭領と流れ者は、〝しけた芸しかできない小さな一座〟の軽業師に、まんまとだまされたのだ。
ホイニーのため、ララトや一座のみんなのため、そして私自身のために、そうであってくれと祈った。それならば、ホイニーは生きていて、山の中を必死に歩いて町に戻ろうとしているはずだ。その場合、私にできる最善のことは、時間稼ぎだ。
町にはいま、〈星辰の臣〉と兵士たちがいる。ホイニーの道案内で、彼らは盗賊を捕まえるために、ここにやって来るだろう。それまでを持ちこたえるべく、私は、裏切り者を見つけ出せば頭領は私を解放してくれると信じたふりをした。天井を崩すのを我慢した。手下に話を聞く必要があると説得した。
だが、あとどのくらい引き延ばせるだろう。最後の手下への聞き取りを、盗み聞きする頭領が退屈するほど長引かせるつもりでいるが、限度がある。頭領に、ありもしない結論を示す前口上でも、多少の時間は稼げるだろうが、そのころには、あの男の忍耐は限界に達しそうだ。
私は死を、肩のすぐ後ろあたりに感じていた。
ホイニーは、ほんとうに殺されたのかもしれない。崖をおりたあとで町への道を見つけられず、いまも山中をさまよっているのかもしれない。ぶじに町にたどりつきはしたが、崖の上のこの場所にどうやったらやってこられるかわからず、兵士をひきつれて行きつ戻りつしているのかもしれない。
それでも私は、最後まで時間稼ぎを続ける。ただし、強盗の元締めとのやりとりでは、もしも頭領が聞いていたら、その場で殺されかねないことを口にするつもりだ。流れ者にはやんわりとそうしたが、今度はもっと踏み込んで、頭領への不信の念を植えつけるのだ。すなわち、この盗賊団に不和の種をまく。
そうすれば、たとえホイニーがすでに殺されており、次いで私が殺されても、希望が残る。この盗賊団が内輪揉めで潰れ、誰かがさらに殺されるのを防げるという希望が。
その可能性を少しでも大きくするために、どう言えば聞き手の胸に言葉の毒がうまく刺さるか、頭領をどう退屈させて盗み聞きをやめさせるか、懸命に考えていると、足音が聞こえた。こちらにのしのしと歩いてくるものではない、何人もが走り回る音だった。そのうえ、叫び声や雄叫びまでする。人が倒れたか押さえ込まれたかしたような音も。
やがて洞窟の入り口から、私を呼ぶホイニーの声がした。
(第4話・了)