第3話 この子誰の子

 

 

 

「おまえのいちばん古い記憶は何だ」

 翌日の昼近く、青天井の住居に寝転んで、珍獣使いのフィッツに訊ねた。ヨッコは簀の子のない場所をのそのそ歩きまわり、時にレンガ・ニイにじゃれつかれていた。

 この朝おこなった珍獣翼虎の見世物は、ララトの歌ほど受けなかった。山の民にとって、変わった獣はそう珍しくないようだ。さまざまな生き物を見慣れた目に、ヨッコの翼と称する部分が実は耳にすぎないとばれるのを恐れて、フィッツは観客との距離をいつも以上にあけていた。そのせいもあったかもしれない。

「蛙の腹を割いたことだ」

 フィッツは、片手を枕に、顔を私の方に向けて横になっていた。

「やんちゃ坊主だったんだな」

「いや。俺んちでは、蛙を食べていた。お袋の手伝いをしてたんだと思う」

「何歳のときだ」

「さあ。五つくらいじゃないかな。親のそばで刃物を使わせてもらってたんだから」

「三つまでは神の子」座長が横から口を出した。「町にも村にも〈太陽の街〉にまで、そういういいがあるではないか」

 座長は、ホイニーが軽業に使うお手玉を三つ同時に宙に投げては受け取っていた。じっと座った状態なら、座長もこれくらいできるのだ。

「三つまでは、死を嘆いてはいけない。人の世になじめなかっただけだから。三つまでは、頭の中にあの世がある。思い出はすべて飲み込まれる」

 幕の端が動いて、平服で出かけていたララトが戻ってきた。機嫌の良さそうな顔で、知らない歌を口ずさんでいる。

 フィッツや座長に聞くまでもなく、ニーサがチェノだとしても、さらわれる前のことをまったくおぼえていないのは、おかしなことではない。私自身も、過去を振り返って思い出せるのは、四、五歳からのことだ。それに、人は環境が激変すると、新しい暮らしになじむのに必死なあまり、それ以前のことを頭から追いやるものだ。幼児期ではなく長じてからだが、かつての私がそうだったように。

 私は目をつぶって、この朝のことを思い起こした。ニーサとふたりで話をしたのだ。

 ヒンルンは同席しなかったが、完全にふたりきりにしてもらったわけではない。声の届かないはなれたところから、村長がじっと見守っていた。認可板を持った一座の者とはいえ、私はよそ者だ。村のおとなの目の届かないところで話をさせたくなかったのだろう。

 私より先にニーサが口を開いた。

「ぼくは山で生まれた」

「そういう記憶があるのか? つまり、よちよち歩きでいたころに、山にいたおぼえがあるのかい」

「ううん。よくわからない」

 声が力強さを失った。

「わからない?」

「ぼくはずっと、母さん、父さんと山で暮らしてる。大集合のときのほかは、家をはなれたことなんてない」

 自分に言い聞かせるようなしゃべり方だった。顔は困惑しているが、私に対して緊張しているふうではない。両親以外の人間とどう対応していいかわからなかった子供は、三年の間に、知らないおとなに率直にものを言う少年へと成長していた。

「おぼえていないくらい前に、村中に住んでいたって言われたら、そうかなって思うこともある。だから、ほんとうはどうなのか、よくわからない」

 この率直さは、おとなへの信頼感から来ているのだろう。プジャク夫妻が育てた幹に、年に二十日の祭りという、嘘や駆け引き、下心などの雑味が混じりにくい場で、多くの人と交わったことが、信頼の枝葉を育てた。

「どんなときに、『そうかな』と思うんだい」

 彼の率直さに希望を託した。

「ヨルガって人のことを考えるとき」

「あの人が、ほんとうのお母さんかもしれないという感じがするのかな」

「ううん。そうじゃない。あの人に連れて行かれた家が、すてきだったから、あんなところに住んでたのなら、よかったなと思って。それで、あの部屋のことを考えてたら、前にあそこにいた気がした。夢にも出てきた。でも、きっとぼくの空想だ」

「空想。その言葉は、お母さんに教わったのかな」

 彼の語彙とは違う気がして、訊いてみた。

「ううん。モツラツ」

「モツラツとは、誰だい」

「えーと、家の名前は忘れた。住んでる場所も」

 どういうことか、少し考えてから理解した。

「モツラツは、大集合で会った子供のひとりなんだね」

「うん」

 空想だろうと、私も思った。初めて村中に出て、この村唯一の商家を見て驚き、そこで自分が生まれたかもしれないと聞かされる。部屋の様子が記憶に刻まれ、夢にも現れるのは自然なことだろう。だが、そうでないかもしれない。結局、これまでと同じ、どちらの証にもならない話だ。

「ところで、きみは最初にこう言ったね。『ぼくは山で生まれた』。どうして、そう言い切ったのかな」

「そうでないと、困るから」

「誰が」

「ぼく」

「どうして」

 一拍おいてから、ニーサはこれまでより肩に力を入れて答えた。

「ぼくがいっしょにいないと、母さんは死んでしまうから」

「きみのお母さんが、そう言ったのかい」

「ううん。母さんは、そんなこと言わない。でも、わかる」

 迷いのない、おとなびた顔をしていた。

「鳥とか、虫とか、捕まえたあと、こいつは死ぬなって思ったのは、どうやっても死んでしまう。野菜の苗や摘んできた草も、枯れてしまうのがどれか、ぼくにはわかる」

「そうだね。お母さんが死んだら、困るよね」つづいて私は、できるだけさりげない口調で次の質問を投じた。「では、きみのお母さんは、この件について何も言っていない?」

「ごめんね」

「え?」

「この件についてなのかな。よくわからない。でも、『ごめんね』って言った」

「いつのことかな」

「ぼくが寝てるとき」

 質問の趣旨とは違う答えだったが、私は黙って続きを待った。

「寝てたけど、起きたんだ。でも、目は開けないでおいた。母さんが泣いているのがわかったから。母さんは、めったに泣いたりしないのに」

「ほかに何か言っていたかい」

「ううん。『ごめんね』だけ。すごく小さくて、苦しそうな声で」

「きみが何歳くらいのときのことかな」

「初めては、最初の大集合のちょっとあとだった。だから、八歳のとき」

「つまり、そんなことが何回かあったんだね」

「たぶん、四回くらい」それからニーサは身を乗り出して、私の片袖をつかんだ。村長が、どうしたのかと腰を浮かした。「そんなことより、お願い。ぼくは山で生まれた。あなたがそう言えば、それがほんとうのことになるって、みんなが言ってる。だから、お願い。村長さんたちに、そう言って」

 この子は思っていたほど、嘘や駆け引きと無縁でなかったようだ。

 

 ニーサの話からはっきりしたのは、ひとつだけだ。あの子はほんとうに、三歳になる以前のことをおぼえていない。山か村中か、どちらかにかすかでも記憶があれば、あんなに悩みはしないだろう。

 ヨルガが詫びていたという証言は、ニーサがチェノであることを示唆してはいるが、「ごめんね」は、どんな意味にもとれる。疑いをかけられたせいで子供を穏やかな環境で育てられないことを、親として詫びていたのかもしれない。

 結局、確かな証はまだ得られていない。

 

 フィッツはいつのまにか目を閉じていた。座長は、お手玉を放り投げる数を四つに増やして練習していたが、突然すっとんきょうな声をあげた。

「その、おかしな歌をやめてくれ、ララト。調子が狂う」

「ほんと、おかしいでしょ」ララトは上機嫌だった。「この村の人たちったら、こんな歌をたくさんもってるくせに、うちの村には歌がない、なんて言うのよ」

「また、しょうこりもなく、変なのをたっぷり集めてきたんだな」

 座長は口をへの字にすると、お手玉をひざの上にまとめて手を休めた。

「みんなで声を合わせて歌ったり、私みたいなのがお金をとって聴かせるのだけが歌だと思ってるのよ」

「まちがっても、いまみたいなのを、次の巡業先で披露しようなんて思うなよ」

 座長とララトのやりとりは、いつものように、噛み合っていないのに調子よくつづく。

「ところが、この村にはいっぱい歌があるの。山暮らしの人たちは、子供にものを教えるための数え歌をもっていて、それが、家ごとに違うの」

「ここの珍妙な数え歌を、長旅の途中で歌うのもやめてくれよ。足がもつれて、つんのめりそうだ」

「この村に子守歌やわらべ歌はありませんかって訊ねたら、『コモリウタって何だ』って返されちゃった。『コモリもオオモリも、歌なんてひとつも知らない』って。だけど、村中の人たちにも、包丁を使いながら口ずさむ歌とか、洗濯をしながらの鼻歌とか、みんなに自分の歌があるの。だって、私がいることを忘れてもらえるほど長くそばでじっとしていると、そのうち歌いはじめるのよ」

「この村に、子守歌はないのか」私は思わず口をはさんだ。「けれども、村中の女たちにも、家事をしながら口ずさむ独自の歌があるんだな。そして、おまえはそれを集めてきたんだな」

「うん」と笑みを浮かべたララトに、私はさらなる質問と頼み事をした。

 

 子供たちが口を大きく開けて歌っている。音程はそろっていないし、歌詞を間違えている子や、もごもごごまかしている子もいるけれど、中心にララト・アンのしっかりとした歌声があるので、なかなかりっぱな合唱に聞こえる。

 ララトが子供たち相手に開いた〈歌の会〉は、村役場の一階の集会室が会場だった。そう大きな部屋ではなく、一度に全員は入れないので、十数人ずつ三つの組に分けておこなわれることになっている。

 最初の組の子供たちは、奥の壁ぎわに、村の重鎮――すなわち怖そうなおとなたち――がずらりと座っているのを見て、緊張を隠せないでいた。けれども、パクシの奏でる胡弓に合わせてララトが歌い出すと、口をあんぐりと開けて聞き惚れた。ララトは子供たちにもいっしょに歌うよううながして、これまでの興行で披露できなかった素朴な小唄を繰り出した。歌詞は繰り返しが多く、旋律は単純。子供たちはすぐに聞き覚えて歌に参加した。そしてこの、がちゃがゃと楽しい大合唱となったのだ。

 窓の外には、待たされている子供たちの興味津々の顔が並んでいた。いっしょに口を動かしている子もいるのが、部屋の戸口に立つ私からよく見えた。

 一組目が終わり、交代で入ってきた次の組の子供たちは、会の様子をひととおり見たからだろう。壁際のおとなたちに臆することなく、最初から元気いっぱいに歌った。

 三組目にニーサがいた。わざと最後の組に入れたのだ。

 窓からのぞいたり壁の向こうで聞いたりで、子供たちはすでにたくさんの歌をおぼえていた。しかしララトは、みんなが気持ちよく歌える曲が終わると、新しい歌にうつった。子供たちはわずかのあいだとまどったが、すぐに耳を傾け、手足で拍子をとり、ララトが二回、三回と繰り返すと、覚えたところだけ声を合わせ、あとは口を閉ざしたり、でたらめをがなりたてたり。

 ニーサだけでなく、山の子供たちはみな、町の子よりものごとを無邪気に楽しむようだ。こうしていると、十歳を越えた子も幼げにみえる。けれどもきっと、山の事象と向き合うときには、町の子よりずっとおとなにみえるのだろう。

 自然への対処に長けているが、人付き合いの仕方は素朴。山の民とはそういうものだ。自然は豊かな面もみせるが、過酷で理不尽で、思いもよらない悲劇をもたらしもする。アディトの言っていたように、山の民はそれを受け止めるのに慣れている。悲しみが町の人間より浅いわけではない。ただ、じっと耐える胆力がある。その悲劇が、確定したものでさえあれば。

 ニーサはチェノなのか、そうではないのか。疑いがあるのに確かなことがわからないことが、三年間、関係する誰もを苦しめてきた。この〈歌の会〉がうまくいけば、それを終わらせることができるだろう。

 ララトが私にちらと視線をむけてから、ニーサの数え歌をうたいはじめた。

「一つ、暇猿、木から糞。二つ、踏み蛇、毒がある。三つ、三日月、怖い蛭」

 いっしょに歌えたのはニーサだけだったが、子供たちは軽快で単調な節回しに合わせてからだを上下させ、何人かは当てずっぽうでいっしょに歌った。彼らの陰のない笑顔と対照的に、壁際のおとなたちの笑みはひきつりはじめている。この歌の次がそれだと、事前に知らせてあるからだ。

 私の後ろの、ニーサから見えない位置に立つソブロ家の三人も、息を呑んで待ち受けている。

 私はふりかえって、ヨルガを見た。

 もしもニーサがチェノだとはっきりしたら、どういう裁きを下すつもりか、プジャク家の中ではヨルガにだけ、話してあった。最初は激しく拒絶されたが、繰り返しその利を説いた末に、承諾を得た。その気持ちが揺らいでいないか心配だったが、私と目が合うと、ヨルガは小さくうなずいた。顔色は蒼白で、いまにも卒倒するのではないかと心配になるほどだった。

 ララトは気軽な調子で、次の歌を始めた。

「アイ、アイ、アイ

 春、夏、秋、冬、いつが好き」

「おっまえっが、うっまれた、はっるが好き」

 ララトが途中で口を閉ざしたので、後半を歌ったのはニーサひとりだった。

 

 村中の女たちには、ほとんど無意識に口ずさむ自分だけの仕事歌があると聞いたとき、その歌には決まった歌詞があるのかと私は訊ねた。あると、ララトは答えた。ヨルガの仕事歌――大集合以前に村中にいたことがなかったというのが本当なら、ニーサが耳にする機会のなかったはずの歌――を、彼がいま、歌詞も拍子も正しく歌うのを、部屋にいる誰もが聞いた。窓のすぐ外では、アディト夫妻も聞いていた。

 私は認可板を抱えて部屋の奥まで歩み入った。ソブロ家の三人も入室して、村役らのそばに腰を下ろした。油断すると――まだ、そうしてはいけないとわかっているはずだから、おそらく本人の意思に反して――子供のほうに突進しそうなヨルガを、夫と息子のミドナが抱えるようにして押さえている。

 戸口には代わって、村役のひとりに付き添われたプジャク夫妻が現れた。ヒンルンは、まともに歩けないほど泣きじゃくっている。

「母さん」と叫んで駆け寄ろうとしたニーサ、すなわちチェノを、別の村役が押しとどめて、耳元で何か囁いた。チェノを含めて全員の視線が私に集まった。太陽の石板による演し物の始まりだ。私は認可板を頭上に掲げた。

「〈太陽の君〉の思し召しにより、チェノ・ソブロの失踪について、事件あらためをおこなった。その結果を、ここに宣する。ニーサ・プジャクとしてプジャク家が育てている子供は、チェノ・ソブロであることが、いま、判明した」

 村役らにも、〈歌の会〉の目的とヨルガの仕事歌の正解を伝えてあるから、これ以上の説明は必要ない。

 この方法が万全なものではないことも、彼らは承知していた。子供が歌の続きを口ずさめば白黒はっきりするけれど、そうならなかった場合、その逆が証明されるわけではない。謎はそのまま残ってしまう。だから、子供が少しでもおぼえのある歌をのびのびと口ずさめる環境を整えられるだけ整えて、おとなはみんな、祈るような気持ちで〈歌の会〉を見守った。ヒンルンだけは別の結果を祈っていただろうが。

「この事実から、次のことを、この尊き石板に依って申し渡す。まず、チェノとわかった少年を、実の母親、ヨルガ・ソブロのもとに返すこと」

 チェノが青ざめて目をむいたが、私はかまわず先に進めた。

「また、子供の連れ去りという重大な罪を犯したアディト・プジャクとヒンルン・プジャクには、次の罰を科す。炭をそれぞれ馬の背二十分、太陽の街に納めること、もしくは、唯一の家族である妻、あるいは夫とこれから十年間、別れて暮らすこと。このうちのいずれかを、五日以内に選ぶよう申しつける」

 震えながら泣いているヒンルンは、この罰の意味を理解できていないようだ。そもそも耳に入ってさえいないかもしれないが、あとで誰かに聞けばいい。

 アディトのほうは、下唇をかんで考え込む顔つきになった。この村の誰にとっても、暮らしに必要なぶん以外に炭二十荷もを用意するのは無理だと村長は言っていた。もうひとつの罰を選ぶしかないのだが、それがどういうことなのか思案しているのだろう。

「さらに、チェノ・ソブロの父親、ナトイ・ソブロにも罪がある。ニーサという名で現れた子供が我が子であると見抜けず、そう主張する妻を助けず、むしろ諫めた罪により、同じく炭二十荷か、家を出て妻と離れて暮らすことのいずれかを選ぶように」

 ナトイは顔をさっと赤くして立ち上がり、口を開けた。誘拐犯と同じ罰を科されることに憤慨したのだろう。けれども、何も言わないまま唇を引き結んだ。抗議したのはミドナだった。

「父さんがいなくなったら、うちの商売はやっていけない」

「おまえはもう、一人前だ。おまえの母さんも、商売のやり方をよく知っている。困ることはないはずだ。それでも人手が足りなければ、新しく誰か雇えばいい」

 村長がおごそかに告げた。

「でも」

 ミドナは絶句した。村中に住む人間は少ない。新たに雇うあてなどないと思ったのだろう。

「たとえば、夫と離れて暮らすために、家を出ることになった女とか」

 ヨルガの視線がヒンルンに向かったが、ヒンルンのほうはまだ、話のなりゆきをつかめていない。嗚咽の合間に、「ごめんなさい」とつぶやくばかりだ。

 村役にまた何かを囁かれたチェノの顔がぱっと輝いた。ヒンルンがこれから村中に住み、ヨルガの仕事を手伝うことを、この裁きは誘導していると理解できたのだろう。

 ヨルガにとって、ヒンルンが近くにいる日々は耐えがたいものだろうが、我が子を取り戻すという最大の願いは叶えられる。この方法をとらなければ、チェノに恨まれることになりかねないのだから、我慢してもらうことにした。

 チェノが歌以外の記憶のない実の母と少しでも早くなじむため、村中での新しい暮らしを少しでも楽なものにするために、このかたちが最善だと、村長らと協議のうえで決めたのだ。

 ナトイ・ソブロにとっても、悪い結末ではないはずだ。ナトイは、村中の暮らしが肌に合わず、息子の一人が商売を覚えたからには、山の暮らしに戻りたいと思っているのが、彼の熱弁から読みとれた。山が養える人数は限られており、新たに家を建てて住むことはできないが、ヒンルンが村中に出ると、アディト・プジャクはかつて五人のおとなを養っていた山に、ひとりで暮らすことになる。人手は必要だろうし、その人手が、山をよく知り、山を愛する人間のものなら、申し分ないはずだ。女手も必要なら、まあ、手伝いの者を雇うなりなんなり、自分たちでどうにかするだろう。

 アディトにとってだけは、真に罰になるかもしれない。チェノをさらったのはヒンルンひとりの行動で、アディトは事後に口裏を合わせただけだろうが、私はこの男こそ、事件の元凶だと思っている。アディトは子のない妻の寂しさを慰めることができなかった。彼自身は、〝豊かな〟山で働き、月に一度は村中に出る生活に満足していたようだが、ひとりで家を守る妻がどんな気持ちか考えず、良き話し相手になることができず、養子をとるとか人を雇うとかで家族を増やすこともしなかった。孤独に追いつめられてヒンルンは、子供をさらうという挙に出てしまった。

 そんなアディトが、ニーサを失ったヒンルンの支えになれるとは思えなかったのも、この処置を決めた理由のひとつだった。

 

 七日に訪れた大集合の最終日には、ヒンルン・プジャクとナトイ・ソブロの転居が決まっていた。ヒンルンは、罰の一方を選んだにもかかわらず、贖罪として炭二十荷もいずれ納めると言っているそうだ。一生かかっても無理かもしれないが、とめだてすることでもない。

 翌朝、私たちは村人みんなの見送りを受けて、この山深い村をあとにした。

 

 

(第3話・了)