第12回創元SF短編賞受賞作を収めた『射手座の香る夏』でデビューを果たし、SF界の新鋭として注目を集める松樹凛。その最新作『ぼくらが夕闇を埋めた場所』(双葉社)は、第79回日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞した表題作をはじめ、多角的な趣向が凝らされたミステリ短編集だ。人気ラブコメ漫画からの着想や、海外文学から受けた影響まで、本作に込められた創作論を語ってもらった。
インタビュアー=若林踏
■発想元はあの青春ラブコメ漫画?
──『ぼくらが夕闇を埋めた場所』は双葉社の「WEB小説推理」に掲載された三編に書き下ろし一編を加えたミステリ短編集です。松樹さんは「射手座の香る夏」で第12回創元SF短編賞を受賞し、同作を表題作とする短編集でデビューされたため、SFの書き手というイメージがあったんですが、どのような経緯でミステリ中心の「WEB小説推理」に短編が掲載されたのでしょうか?
松樹凛(以下=松樹):「小説推理(現WEB小説推理)」の担当編集さんにお声がけいただいたのは、『射手座の香る夏』(東京創元社)の単行本を刊行した直後でした。最初は「デビュー短編集が非常に面白かったので、ぜひ短編を書いていただけますか?」というシンプルな依頼で、そこから対面で一度打ち合わせを行ったんです。そこで好きなミステリ小説の話をしていくうちに、「『WEB小説推理』はミステリの媒体なので、ミステリを書いていただけると嬉しいです」という話になりました。担当編集さんからは「ミステリの範疇に入るものであれば何でも構いません」と言われていましたが、「せっかくミステリを書くのであれば、自分の好きなものを詰め込んだど真ん中のミステリを書いてみよう」と思って執筆したのが、表題作の「ぼくらが夕闇を埋めた場所」だったんです。
──表題作は奇妙な謎かけをする同級生の女の子と、その謎を解こうとする主人公の男の子を描いた作品です。シチュエーションの妙が光る短編で、第79回日本推理作家協会賞短編部門を受賞しました。
松樹:本編の発想元は、山本崇一朗さんの『からかい上手の高木さん』(小学館)という漫画です。中学校のクラスで隣同士になった女の子から主人公が常にからかわれる、というラブコメ漫画で、非常に好きな作品だったんです。これをワンシチュエーションのミステリ小説として書くことが出来ないかな、と思って構想を練り始めました。
どういうシチュエーションが良いだろうか、と考えを進めていくうちに思い付いたのが「女の子がよく分からないものを穴に埋めようとしている場所に呼び出される」「呼び出された理由を三回の推理までで言い当てる」という設定です。推理が繰り返し行われることを物語の冒頭で明示しておき、推理の度に新たな情報が提示されていくという書き方をしました。謎解き小説としての濃度を上げつつ、主要登場人物二人の関係性を掘り下げていくように書きたかったんです。
■ミステリ読者の「読み方」を逆手に
──二編目の「カフェオレ色の恋をした」は、青春小説の本道を行くような幕開けから最初は「この話はどこでミステリになるのだろう」と思うのですが、途中で見事にミステリへと切り替わります。その部分が非常に鮮やかでした。本編は本格ミステリ作家クラブが編纂する年間アンソロジー『本格王2026』(講談社文庫)にも収録されました。
松樹:「WEB小説推理」で再び短編を書かせてもらうということで、「いずれは書いた短編が溜まって、一冊の短編集を刊行することになるのかな」と意識し始めました。そこで同じミステリでも、一編目とは異なる趣向のものに挑んでみようと思ったのです。前作では主人公が解くべき謎が予め読者に示されていましたが、「カフェオレ色の恋をした」ではそもそも謎がどこから出てくるのか、最初は分からない形で書きました。
──三編目の「幽霊は着替えない」と四編目の「わたしたちのエンドロール」も含め、本作はミステリとしての趣向はもちろん、登場人物の設定など物語全体の雰囲気も各編でそれぞれ異なっている点が良いですね。
松樹:一編目の「ぼくらが夕闇を埋めた場所」は中学生、二編目の「カフェオレ色の恋をした」は高校生、といった具合に主要登場人物の年齢を変えつつ、それに見合う物語を書いていきました。
ミステリとしての趣向に関しては、一編目は先ほども言った通り「ど真ん中のミステリを書こう」という意識が強かったのですが、二編目以降はミステリの形式にそれほど強く縛られず、比較的自由な気持ちで書きました。とはいえ「WEB小説推理」での掲載で、いずれミステリ短編集としてまとまるであろうことを考えると、やはりジャンル読者のことを念頭に置いて書く必要はあると思っていました。
その点で私が注力したのはミステリ読者の「読み方」を逆手に取ることでした。ジャンル小説のファン、特にミステリの愛好家は「この展開ならば、次はこう来るだろう」という期待をしながら小説を読むことが多いと思います。そうしたジャンルの約束みたいなものに対する期待を上手く裏切って、読者の想像を打ち破るような作品を書いてみたい、という思いが『ぼくらが夕闇を埋めた場所』には込められています。いっぽうでジャンルにそれほど詳しくない読者にも「えっ、こんな展開になるんだ」と驚いていただければ嬉しいと思っています。
■短編で重要なのは「どの順番で読者に伝えるべき情報を書くのか」
──そういう意味では、現代日本における青春ミステリの本道を行くようでいて、どこか違う雰囲気を纏った作品になっていると言えます。
松樹:おそらく自分の読書体験が反映されている部分が大きいのかもしれません。私は大学時代、推理小説同好会に所属していたのですが、その時は綾辻行人さんの『十角館の殺人』(講談社文庫)をはじめとする所謂“新本格推理”と呼ばれる作品群や、講談社のメフィスト賞からデビューした作家の作品を好んで読んでいました。ただ、社会人になってからは海外のヤングアダルト小説や児童文学をよく読むようになったんです。岩波書店の「STAMP BOOKS」シリーズなどが好きで、特に同シリーズ内で『ペーパータウン』(金原瑞人訳)と『さよならを待つふたりのために』(金原瑞人、竹内茜訳)『どこまでも亀』(金原瑞人訳)という三作が刊行されているジョン・グリーンという作家がお気に入りです。つまり日本のミステリと、海外のヤングアダルト小説の双方から影響を受けた中で『ぼくらが夕闇を埋めた場所』という本は生まれたのかな、と思っています。
──いっぽうでミステリに限らない非ジャンル文学における小説の技巧を感じさせる部分もあります。
松樹:短編における情報の出し方や埋め込み方については、ミステリだけではなく海外の文学作品から学んだところは大きいと思います。たとえば「新潮クレスト・ブックス」シリーズの作品も好きで読んでいるのですが、短編作品で言えばアリス・マンローの小説から技巧面で学ぶべきものが多いと感じました。短編では「どの場面から物語を切り出すのか」「どの順番で読者に伝えるべき情報を書くのか」といった点が重要になってくると思いますが、それは海外作家の短編小説から教わる機会が多かったかな、という気がしています。
──お話を伺っていると、翻訳ミステリや翻訳文学からの影響を非常に強く受けて創作に臨んでいるように見えます。
松樹:そうですね。表題作が『からかい上手の高木さん』から着想を得たという話を最初にしましたが、『ぼくらが夕闇を埋めた場所』は日本の青春ミステリやラブコメの要素を、海外ミステリや海外文学の文脈に近い物語の中に落とし込むような感覚で書いた短編集なんです。
『射手座の香る夏』に収められた「十五までは神のうち」や、今後ある版元で刊行予定の長編ホラーについても実は同じで、自分の中では勝手に「萌え萌え青春三部作」と名付けています(笑)。SF、ミステリ、ホラーとジャンルこそバラバラですが、いずれも日本の青春小説や漫画を思わせるシチュエーションや要素を入り口にしつつ、作品の質感としては海外の小説に近いものになっている気がします。作品のトーンが一貫している分、あまりジャンルに縛られることなく書いていきたいと思っています。