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あの夜のことは忘れることができない。ぼくは一夜にして家族全員を失ったのだった。いまから五年前のことだ。
それを聞いたのは、陸上自衛隊習志野駐屯地の宿舎のなかだった。パイプベッドで寝ているときにスマートフォンが鳴った。早朝だった。
その前日まで、ぼくは第一空挺団の隊員として、二年に一度おこなわれる大規模な訓練検閲に参加していて、熟睡していたところを起こされてぼんやりしていた。
第一空挺団の訓練検閲とは、ふたつの大隊で二週間をかけておこなわれる大規模な演習だった。最初にパラシュート降下をし、そのあと三日三晩をかけて百キロを踏破する。全重量八十キロを超える荷物を持ち、寝ることなしに百キロ歩き続けるのだ。そのあとにようやく演習に入る。どんな猛者でもこの演習はきついものだった。
家族全員が死んだと電話の相手は伝えてきたが、すぐには意味がわからなかった。演習では、大勢の者が死んでいた。といっても、それは模擬演習で、コンピューターが敵弾の当たりを判定して、「死」の宣告をくだすのだ。幸い、ぼくは生き残っていたが、多くの仲間が「死んで」いた。そのため、ぼくは現実の死にすぐに対応ができなかったのだった。自衛隊ではバーチャルな「死」は日常だった。
「もう一度、いっていただけますか?」
「残念ですが、あなたのお父さん、お母さん、妹さんの三人がお亡くなりになりました」
相手は警察だった。こちらを慮る口調で話していたことを覚えている。
数秒、沈黙したあとでぼくは尋ねた。
「どうしてですか?」
「火事です」
そのときにはまだ火事の原因はわからなかった。放火だったとわかるのは、葬儀のあとのことだ。燃焼促進剤が使われていたと警察から聞いた。そのほかにもいくつか放火の証拠が見つかったらしいが、犯人は見つかっていなかった。
これまでも、火事で亡くなる人の報道を耳にしたことがあったが、火がそれほど恐ろしいものであるとはあまり考えてこなかった。実際に自分の家族を失って、その恐ろしさを知ることになった。
葬儀のあと、ぼくは大隊長から一週間の休みをもらい、駐屯地から出た。しかし、行き場がなかった。実家が燃えてしまったのだ。
物質的な意味においても、精神的な意味においても、ぼくは行き場を失っていた。
伯父からの誘いで、ぼくは実家の近くにある伯父の家で過ごした。
隊に復帰したぼくは、まったくの別人になっていた。結局、放火犯は見つからずじまいだった。正直、あのころのことはよく思いだせない。大隊長をはじめ先輩、同僚に励ましの言葉をかけてもらったことは覚えている。もう少し休暇をとってもいい、といわれたが、とらなかった。まだ訓練していたほうがましだった。何もしていない時間はあまりにもつらすぎた。きちんと最期の言葉を交わすことができずに家族を失うことが、これほどつらいものであるとは想像もしていなかった。ぼくが最後に母と交わした言葉は何だろうと思い返したが、はっきりとは思いだせなかった。前の休暇で実家に帰って家を出たときだから、「気をつけてね」だったろうか。
とくに妹が不憫でならなかった。ぼくとは五歳違う妹——まだ十八だった。人生のほとんどを知らずに彼女は逝ってしまった。彼女は、大学入試に向けて受験勉強しているところだった。歳が離れていたから、それほど仲がよかったというわけではないが、妹が努力家だったことは知っている。あの努力はどこへ消えてしまったのだろう。彼女が勉学に勤しんだ日々に何の意味があったのだろう。
妹がこういったのを覚えている。
「わたしが防衛大に入って、自衛隊の幹部になったら、お兄ちゃんを部下としてこき使うからね」
防衛大を志望していたのは一時期のことで、そのあと彼女は進路を変更したが、妹のような人間が自衛隊に入るのは、いいことかもしれない、と思った。妹の語る夢は青く、理想論が多かったが、現実を知らないからこそ語れるものがある。
いつか妹も現実を知るようになり、理想を曲げるときが来ると思っていたが、その機会は永遠に失われてしまった。彼女は理想的な世界を描いたまま、現実世界の舞台から退場してしまったのだった。
家族を失って半年後、ぼくは自衛隊を退職していた。多くの者に引き留められたが、どうにもできなかった。とくに直属の上官である中村からは、せっかく陸上自衛隊の精鋭部隊である第一空挺団に所属して、才能もあるのにもったいない、もう一度考えなおさないか、と何度もいわれた。しかし、そういう問題ではなかった。気力が完全になくなっていたのだ。愛する者たちを守るためにこの仕事についたが、その愛する者たちが突然いなくなってしまったのだ。
実家の近くで、ひとり暮らしをはじめて、エノモトと再会した。エノモトは相変わらずチンピラで、そのころにはすでに接点がなかったが、偶然近くのコンビニの前で会ったのだった。
そのとき、エノモトは実家の火事について、いろいろ話してくれた。放火犯のことも。
「お前んとこの親父さんは、いろいろあったからな」
「いろいろって、どういう意味だ」
父親は自宅で鍵屋をしていた。ぼくが物心ついたころからずっとそうだった。昔気質の寡黙な人で、友人付き合いもほとんどなく、休みの日でも鍵をいじっているような人だった。
「盗みだよ」エノモトはこともなげにいった。
一瞬おいたあと、ぼくはエノモトの胸倉を掴んでいた。
「てめぇ、何いってんだ」
エノモトはお道化た顔をつくった。
「おいおい、やめてくれよ。知らなかったのか?」
呆れた顔をしていた。
「親父は、そんなことはしてない!」ぼくはエノモトを突き飛ばした。
エノモトはジーンズの汚れを払って立ちあがった。そこには笑顔はなかった。
「……そうか、ほんとうに知らなかったのか。そりゃ、ショックを受けるよな」
慰めるような口調でいうエノモトを無性に殴りたかった。
「まあ、何かあったらいってくれ。いつでも力になるから」そういうと、エノモトはぼくから離れていった。
——親父が盗み……。放火も親父の盗みと関係しているのか?
あり得なかった。真面目一辺倒の父親だ。母にしても、もし父がそんなことをしていたなら、結婚するはずがなかった。
しかし、アパートに帰って天井を見あげながら寝そべっていると、いろいろと思いだすことがあった。ずいぶん昔のことだが、親父はよく夜に出かけていた。そんなとき、母と意味ありげな視線を交わしているのを見たことがある。親父は、鍵を失くして家に入れなくなった客からの急な依頼だといっていたが、ほんとうにそうだったのだろうか?
不審な男からの電話もときどきかかっていた。深刻そうな顔をした親父が、受話器を耳にあてて、小声で話していたことを覚えている。
何度か、そういう電話を親父にとり次いだこともあった。電話の相手は、ぶっきらぼうに、「親父を出せ」とだけいって、親父の知り合いだろうが、いったいどういう関係なのだろう、と訝ったものだった。
翌日、伯父の家に行った。伯父はすでに仕事を退職し、庭での家庭菜園を趣味とする人だった。あとはゴルフくらいか。
「ああ、錠二、よく来たな」
伯父は夫婦で暮らしている。子供はふたりいるが、すでに家庭を持って別の場所で暮らしていた。
ぼくは伯父に、家に食事に来るようにと誘われていたが、いつも断っていた。家族の身内と会うことはまだつらかった。どうしても、父、母、そして妹のことを思いだしてしまう。
「まあ、入りなさい」
伯母は出かけているようだった。ぼくは居間にとおされ、座り心地のいいソファーに座った。向かいにテレビがあり、ゴルフの中継が流れていた。
「コーヒー、飲むか」伯父はいった。
「ええ、いただきます」
火事の直後に一週間泊まらせてもらって以来、ここへ来るのははじめてだった。
伯父がトレーに、コーヒーの入ったカップと菓子を載せて持ってきた。テーブルに置いて、ぼくの隣に座った。
「何か、用があったのか?」
ぼくは親父のことを尋ねた。父がほんとうは何をしていたのか、を。
伯父は覚悟を決めていたのだろう。その話しぶりには、いつか聞かれるかもしれないと思っていた節があった。
淡々と話してくれた。親父が若いときは、かなり素行が悪かったこと。盗みで刑務所に入ったことがあること。出たあともしばらく盗みをしていたこと。伯父も親父と一緒に盗みをしていたこと。
どれもはじめて聞く話ばかりだった。
やはり、親父の過去にはうしろ暗いものがあったのか……。
ショックと納得の入り交じった感情を覚えた。そうであってほしくないという気持ちと、そうだったのかもしれないという気持ちが、すでにぼくのなかに存在していたようだった。
伯父は、十年ほど前に、親父と伯父が盗みをやめたことも話してくれた。
「あいつは、生まれ変わったんだ」
「……あの放火は、親父の過去に何か関係があるんですか?」
これが一番聞きたいことだった。
伯父はしばらく黙りこんでいた。
「まあ、そうだな」コーヒーを口にする。カップをゆっくりと置いて、「弟は、ある仕事を頼まれてそれを断った。それが原因かもしれない」
「何の仕事ですか?」
「盗みだよ」
「それを父が断ったから、放火されたんですか?」
伯父は黙ってぼくを見つめた。
この沈黙がぼくの質問に答えていた。
「放火のことを警察にいいましたか?」
伯父は頷いた。
「ああ、いったよ。警察も調べてくれたが、証拠は見つからなかった」
「誰が父に仕事を頼んだのかわかっているんですか?」
ぼくをじっと見つめた。
「いまさら知ったところで仕方ないだろう」
「それでも知りたいんです」
伯父は迷っているようだった。
「教えてください!」ぼくは頭をさげた。「家族が死んだんです。真実を知らなければ、これから生きていけません」
「……わかった。だが、妙なことはするなよ」
ぼくは頷いた。
伯父は静かにいった。
「登美丘誠二郎。登美丘建設の社長だ」
——登美丘建設……。
その男なら知っている。正月にいつも家に来る男だった。子供のころはよくお年玉をもらっていた。そんなとき、親父があまりいい顔をしなかったのを覚えている。あの男?
「そいつが父を……母と妹を……」
伯父は頷いた。
「あいつは表向きは建設会社の社長だが、裏では強盗集団を率いている」
「強盗集団……。それならわざわざ父に頼まなくてもよかったんじゃないですか」
「お前の親父ほど腕の立つ奴はそうそういないからな。それだけ危険なヤマだったんだろう」
「だけど、それを断っただけで、放火までされるんですか?」
「口封じと見せしめのためだろうな。登美丘は昔から危険な男だった。だが、証拠を残してないから警察は何もできない」
それを聞いた日から、ぼくは決心した。
あいつに復讐してやる、と。
伯父には、妙なことはしないと約束したが、これはぼくの問題だった。ぼくの父と母と妹の命を奪っておきながら、警察にも捕まらないなんて、許されないことだった。
誰もできないなら、ぼくがするしかない。
まさか自衛隊を辞めて、その技術が役に立つときが来るとは思ってもみなかった。自衛隊もそんなことに利用されるために、ぼくを訓練したわけではないことはわかっていたが、これがぼくのするべきことだと思ったのだった。
秋葉原でナイフ、赤外線スコープ、盗聴器、GPS発信機を買ってきた。親父のスバルを運転して、登美丘誠二郎の自宅近くに張りこんだ。このスバルは火事になったあとも車庫に残っていたものだ。火事の熱でボンネットの色が変色していたが乗れないことはなかった。
ぼくには自信があった。陸上自衛隊の第一空挺団で一番得意だったのは斥候だ。斥候では、偵察する力と、いざとなったら味方の援護なしに相手を倒す力が求められる。
登美丘が家に戻ってきたのは夕方だった。それから高校生の娘、小学生の息子ふたりが帰ってくる。妻はずっと家にいた。
絵に描いたような幸せな家族に見えた。ぼくは赤外線スコープで家族の行動を偵察しながら、動揺していた。
ここにも家族があるのだ。当然のことだったが、ぼくは家族を失ったことで、すっかり家族の存在を忘れてしまっていた。
登美丘を殺せば、妻、娘、息子はどれだけの悲しみを覚えるだろう。ぼくにはそれが痛いほどわかっていた。誰かがぼくと同じ悲しみを味わうことなどしたくない。
——登美丘は殺せない……。
ぼくは家に引きこもって、数日考え続けた。
どうすれば復讐できるのか。
ふと頭に浮かんだ。
——そうだ。あいつの大切なものを盗もう。
あいつは父に何かを盗ませたかったのだ。だったら、ぼくがかわりに盗んでやる。ただし、あいつのものを。
あいつのものを盗んだところで、家族の命が返ってくるわけではなかったが、あいつを苦しめることができる。ぼくは、とにかくあいつを苦しめたかったのだ。
偵察する場所を登美丘建設に変えた。数日張りこんで、警備システムを把握した。防犯カメラを設置しているが、どこの警備会社とも契約してはいなかった。自分たちで守る自信があるのか、あるいは侵入する者などいないと思っているのかもしれなかった。
家のなかに侵入するのも金庫を見つけるのもそれを開錠するのも、驚くほど簡単だった。ぼくにはその素質があるのかもしれなかった。自分のこれまで知らなかった特性だった。
子供のころ、父が分解した錠を見るのが好きだった。暇なとき、父は、一つひとつの部品の役割を説明してくれたものだ。
——鍵はかならず開けられる。
それが父の口癖だった。
父が直接教えてくれることはなかったが、見よう見真似で、父がいないときによく錠を開けて遊んでいた。開錠の技術を学ぶつもりなどさらさらなく、ただ純粋に鍵を開けることが楽しかった。開けたあとはかならずもとの状態に戻しておく。
父のところには種々様々な錠が持ちこまれていた。ぼくは、新しい錠が入るたびに、どうやって開けるのかが気になり、父の仕事を盗み見た。父はそのことにはとくに何もいわなかった。ぼくが近くにいることを喜んでいるようにも見えた。
父と作業場で過ごした時間が、知らず知らずのうちに、ぼくにこの技術を身につけさせていたようだった。
登美丘建設には、社長室の壁に、隠された金庫があり、ぼくはその金庫から、三千四百万円を盗んだ。父と母と妹の命には比較にならないほど安い金額だったが、あいつにダメージを与えられればそれでよかった。その金は全額、火事で身寄りをなくした人を援助する団体に寄付をした。
そのときから、ぼくの生き方は変わった。
同じように誰かを苦しめている者を、ぼくの技術を使って、制裁しようと思ったのだ。そして、そいつらから奪った金を苦しんでいる者たちに還元する。
ぼくには、ぼくがこの世界に存在する目的が必要だった。
——これでまたぼくは生きていける。
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