初めまして。是恒さくらと言います。一九八六年の二月二十五日に広島で生まれました。私が生まれた日、広島は数十年ぶりの歴史的な寒波に襲われたらしく、大雪の中、父が母を車に乗せて病院まで連れて行ったそうです。「病院に着いた時ちょうどラジオからはアリスの『冬の稲妻』が流れていたんだ」という話を父から何度も聞かされました。生まれた時の私の体温は異常に低かったそうです。
私の名前を決める際に父は、冬に生まれているし歴史的寒波の日だし「冬の稲妻」が流れていたし体温も低かったので、『冬子』とつけたがったそうですが、それは親戚一同の猛反対にあって却下されたそうです。母が春に咲く桜のように明るく華やかな子になってほしいという意味を込めて、『さくら』と付けてくれました。
今の話でもわかると思いますが、父は悪く言えば適当、良く言えば自由な人でした。
父の性格は年を取った親戚からは理解されがたかったらしく、本人がいない席ではよく悪口を耳にしました。母も父には色々と苦労させられていたようでしたが、「国際結婚してるつもりでいる」とよく言っていました。なんだかんだ仲は良かったんだと思います。
八歳の頃、父親の仕事の関係で埼玉県の熊谷市に引っ越しました。熊谷で過ごした十数年間は決して忘れられないものになりました。
小学校六年生の頃、母が病気で他界しました。涙ってこんなに出るんだと思うくらい泣きました。いつもTシャツとズボンにサンダルのだらしない格好をした父しか見たことがなかったので、喪服姿で髪をセットした父を見て、母が好きになった気持ちが初めて理解できました。
お葬式の夜、私は一人で寝るのが嫌でした。でも父と寝るのもなんだか恥ずかしかったので、我慢して一人で寝ようとしていたら、父が枕を持って私の部屋を訪ねてきました。
私は一瞬むすっとしたふりをしましたが、本当はとても嬉しかったんです。その夜何年かぶりに父と一緒に寝ました。母なしで二人きりで寝たのはその時が初めてだったかもしれません。父は私の横で私より泣きました。大泣きする父を見て私も泣きました。
父は仕事で忙しく、私と過ごす時間はあまりありませんでした。仕事をたくさんすることで母がいない寂しさを紛らわせようとしていると私はわかっていたので、一人でいることの寂しさは我慢できました。
中学二年の冬、私の誕生日に父は突然子犬を連れて帰ってきました。私が一人でいるのが、かわいそうに思ったのでしょう。新しい家族ができて嬉しかったのですが、来年受験を控えた私にこのタイミングで犬をプレゼントする父の無神経さが少し引っかかりました。確かに今は子犬です。でも犬にあまり詳しくない私でも、この子はとても大きくなる種類の犬だ、というのは見た目でなんとなくわかりました。父は子犬を渡す時に「冬子だ、かわいがってな」と言いました。一番の楽しみである名付けをすでに済ませていたことも信じられませんでした。しかも私に付ける予定だった名前を付けたんです。
私と冬子の生活が始まりました。
冬子は雄のシベリアン・ハスキーでした。そうです、雄だったんです。冬子はどんどん大きくなり、町でも有名な暴れん坊になりました。名前が雌なので近所で何か問題を起こしても、おてんばな子だねぇ、でみなさん済ませてくれました。もし雄だということがバレたらお役所様に訴えられるんじゃないかと私はビクビクしていました。なるべく人に見られないようにお散歩は早朝か深夜にするようにし、冬子がおしっこをする時は雄だということがバレないように、片足を上げるさまをなんとか隠そうと必死でした。
初めての夏に事件が起きました。
『あの子が故郷に帰るとき』は全3回で連日公開予定