
針をよすがに己を磨き、敵に立ち向かう──元は広島藩の家士で、現在は江戸の神田鍛冶町で「針研ぎ かぐら」を営む糸原佐武郎が主人公の異色の時代小説シリーズ「針ざむらい」。
広島藩時代の亡き親友のかたき「七人みさき」を倒すべく、針を武器に敵と戦う佐武郎と、謎に包まれた「声聞師」の青、佐武郎行きつけの飲み屋「南番」女将のお羊、鉄問屋「備後屋」のひとり娘のお花といった個性的な仲間たちとの交流が、いきいきとした筆遣いで描かれている、いまもっとも読むべき時代小説シリーズだ。
そんな「針ざむらい」の世界をより深く味わうため、物語の重要なカギとなる「針」「たたら場」について担当編集が語る。
「針」と聞くと、ふつうは縫い針のような細くて短いものを想像してしまいますが、主人公の糸原佐武郎が仕事終わりに日課として研ぎ、そして武器としても使う長針は、ただの針ではありません。「箸ほどの長さがある、長い針だ」と作中に出てくることからもわかるように、長さおおよそ五寸(約十五センチメートル)ほど。現在の畳縫い針のような太くて長めの針になります。
針の歴史は古く、世界最古の針は約五万年前、旧石器時代の動物の骨や角を使って作られたものと言われています。主な用途は縫い物、編み物で、動物の皮などを糸で縫い合わせて、衣服を作っていたといいます。その後、金属加工技術の発展とともに、金属製の針が登場し、縫い物や刺繍の技術も一気に向上しました。日本でも、すでに石器時代には動物の骨角製の針が使われていて、飛鳥時代に渡来人から金属製の針が伝わりました。平安時代には播磨(兵庫県)の針が特産品として京で売られていたという記録もあり、室町時代には多くの地域で針が作られるようになりました。
江戸時代に入ると、広島、京都、浜坂(兵庫県)、氷見(富山県)などが針の生産地として知られるようになりました。広島といえば、佐武郎の出身地。広島が針の生産地になった理由として、広島藩主の浅野家が、下級武士の内職として針作りを奨励したこともありますが、そもそも広島は針作りに欠かせぬ砂鉄の産地だったことがいちばんに挙げられます。佐武郎が徒目付としてたびたび訪れていた加計は、広島藩のたたら製鉄の一大中心地であり、たたら場で出会ったたたら師〈煙〉との出会いが、その後の佐武郎の人生に大いに影響を与えているのは、読者ならご存じのことでしょう。
ここで、たたら製鉄について少し説明します。宮崎駿監督の映画『もののけ姫』で、物語の舞台としてたたら場が出てきたことを覚えている方も多いと思います。ちなみに『もののけ姫』のモデルとなったのは奥出雲のたたら場だと言われています。この時代、鉄の原料は砂鉄。小さいころに、砂場にU字磁石を突っ込んで、磁石に引っ付いてきたトゲのような砂鉄を集めて遊んだことがある方もいらっしゃることでしょう。なお、江戸時代には、砂鉄を多く含む岩石を水路に流し池に溜め、さらに水でかき回すことによって底に沈殿した砂鉄を取り出すという手順を何度か繰り返し、純度の高い砂鉄を採取する「鉄穴流し」という技術が確立されていて、砂鉄を大量に生産することができました。そうして採取した砂鉄を炉に入れ、木炭を燃やして火をおこし、砂鉄が溶けるほどの高温になるまで(おおよそ1400度)炉を熱して、鉄の塊を作り出します。その火力を高め、高温を維持するために、「たたら」と呼ばれるふいごを何人もで踏んで風を起こします。たたら製鉄は江戸時代には全盛を迎え、洋式製鉄が普及する明治中期くらいまでは、国内の鉄生産はたたら製鉄が中心でした。
たたら製鉄が出雲や広島で盛んになったのは、中国山地で良質な砂鉄が採れたからです。天平五年(733)に編纂された『出雲国風土記』にも、「この地で生産される鉄は堅く、いろんな道具を作るのに最適である」というような記述が見られることからも、この地で採れた鉄が昔から高品質で有名だったことがうかがえます。
このように、古来より日本の鉄生産を支えてきた広島が針の一大生産地になったのは、当然の流れでしょう。ただ、作中で佐武郎が「〈煙〉から、針の研ぎはとくに難しいと聞いていた」と述懐するように、針を研ぐのはとくに難しいと言われています。手になじむ細さ、長さで、曲がりにくく折れにくい針を作るには、高度な技術の取得が必須。佐武郎と青の最初の出会いの場面、青が佐武郎に「(魚が)たくさん釣れるようにまじないをかけた釣り針」を所望するが、それほど「針をよく研げる者」は引く手あまただったのです。
神話の話になりますが、『古事記』や『日本書紀』に出てくる「海幸彦と山幸彦」にも、山幸彦が兄の海幸彦に釣り針を借りて魚を釣ろうとするも、一匹も釣れないどころか、その大事な釣り針を海でなくしてしまうというエピソードが出てきます。海幸彦に責められた山幸彦は、自らの刀を溶かし、釣り針を千本作って海幸彦に渡そうとしますが、海幸彦は「自分が持っていた釣り針じゃないとだめだ」と言い張り、受け取ろうとしません。ここからもわかるように、いい針を持つか持たないかは、漁労民にとってはまさに死活問題でした。余談ながら、ご存じの方も多いと思いますが、山幸彦は釣り針を探しに海神の国へ行き、なくした釣り針を見つけ、さらには海神の娘の豊玉姫を娶り、海神の助けもあって最後は兄の海幸彦を服従させます。
それはともかく、針研ぎをきっかけに青の顧客である鉄問屋「備後屋」、さらには備後屋の伝手で勘定奉行の小栗忠順とも知己を得た佐武郎は、惨殺された広島時代の親友のかたきが「七人みさき」と言われる者たちであることを知ります。「七人みさき」とは、青が言うところの「はぐれの乱波」で、それぞれが「庖丁、鎌、鉈、鳶口、斧、鍬、鋸」といった得物を武器に、思いもかけない戦い方をする得体の知れない集団。暮らしの仕事のために使う鉄製の道具を使って戦う、という点では、佐武郎の針と共通します。
なお、佐武郎の投げ針のわざは、棒手裏剣を投げるのとほぼ同じで、懐から抜き放った長針を横投げで放ちます。肝要なのは、佐武郎が〈煙〉から教わった座右の銘でもある「力を抜け。すべては拍子だ」という言葉。まともな剣術で立ち合わない以上、いかに相手の動きを読んで、自らの動きを読まれないか、それが生き延びるか死ぬかの分かれ道となります。現代でも、ドライバーやフォークといった日用品を武器にできる傭兵がいるので、そういう方の動画を見ると、佐武郎の動きもますますわかりやすくなるかもしれません。
とりとめのない感じになってしまって恐縮ですが、知れば知るほど奥が深い「針」の世界。「針ざむらい」の物語世界も、これからもっともっと奥深く、そして意外な方向に広がっていきますので、今後もぜひとも佐武郎たちにお付き合い願えればと切に思います。